まず最初に紹介されているのが、フランス・ニースのフランス象徴主義最後の画家と言われるギュスターヴ・アドルフ・モッサの「Elle(彼女)」。男を破滅させる「ファム・ファタール(運命の女)」をモチーフとした作品で、彼の全盛期だった20~20代の頃の作品です。同時期の代表作としては、下の「飽食のセイレーン」もあります。
彼はデッサン教室を経営していた叔父さんから絵画を教わり、以後ずっと地元ニースで暮らしながら作品を発表し、1905年頃から1918年頃まで退廃的な作風が脚光を浴び有名になりましたが、第一次世界大戦に従軍して負傷し、復員後は絵画製作から遠ざかり、地元ニースのためにポスターや山車を作ったり、ニース美術館の館長に就任したりと、画家というより「ニースの名士」として過ごしました。この二点も作品も彼が艦長を務めていたニース美術館に収蔵されています。
それにしても、パリ画壇から離れた地方にすらこんな素晴らしい絵画を描く画家がいるとは、才能は本当に人知れず埋もれているのだと思います。特に「Elle」、人を殺す武器であるこん棒、ナイフ、拳銃をアクセサリーとして身に着け、死の卵を孵す番のカラスを頭に乗せたファム・ファタールなんてどう見ても戦争のメタファーじゃないかと思いますが、それを描いた本人が第一次世界大戦で徴兵され心身ともにダメージを負い、その後ほとんど新作を描かなくなってしまった事実を考えると、もう二重にも三重にも怖くなってきます。
これは旧約聖書にある「ソドムとゴモラ」に天誅を与える天使をモチーフとしたギュスターヴ・モローの「ソドムの天使」。「ソドム」は「男色」「獣姦」を表す単語「ソドミー」の語源となった旧約聖書に登場する悪徳の町の名前で、神はこの町に二人の天使を遣わせて滅ぼそうとします。美しい人間の男に化けた天使たちはソドムでロトの家に泊めさせてもらいますが、ソドムの住人たちは天使(が化けた男)を自分たちに差し出せとロトに迫ります。それでもロトが天使をかばったため、これを良しとした神はロト一家だけは救い、町に硫黄の雨を降らせて地震を起こし
滅ぼしてしまいました。実際ソドムがあったとされる地域には古代に火山噴火やそれに伴う地震があった形跡が見られるとのことで、実際にあった出来事を基にした伝説なのでしょうが、象徴主義の画家だったモローは敢えて町も天使もはっきりとは描かず、ぼんやりと幻想的に描いています。しかし町との対比で分かる天使の巨大さ、その天使が正義の象徴である大剣を持っている姿、硫黄の雨が降って火の海となるソドムの光景が見て取れ、朧気な筆致だからこそより一層「怖さ」が増幅されているような気がします。