本日、東北生活文化大学生活美術学科教授である森敏美さんの退任展に行ってきました。

 

この展覧会を知ったきっかけは実に数奇なものでした。先月、以前もご紹介したNTTドコモ東北ビルの近所にあるギャラリー「SARP」に行った際、偶然そこにいた他の来場者の方たちと「最近観た映画の中で面白かったやつ」という話題で盛り上がり、その時いらした方の一人が森教授だったというわけです。帰り際に「今度展覧会をやるので」とこのフライヤーを頂いた時は驚きました。普通近所をフラフラ歩いていて大学教授に出会うなんてなかなかないでしょう。東京に住んでいた頃でさえそんな機会はありませんでした。これはそこそこ都市でそこそこ地方な、良くも悪くも狭い仙台ならではの現象かもしれません。

 

そんなまるっきり偶然の出会いから、初めて東北生活文化大学の構内を訪れたわけですが…

 

 

 

 

もう入った瞬間から最高オブ最高でした。ガラス!陶片!古木!古金属!これ以上にない最強の組み合わせです!このひび割れ具合に錆び具合。一つとして同じ姿のものがない素材が、通常ではあり得ない形状で組み合わさっている。まさに偶然の出会いを象徴するかのような作品たちでした。

 

 

会場には同大学の卒業生や現役学生と思しき人たちがたくさんいて非常に込んでいたのですが、皆普通にスマホで写真撮影していたので私も便乗して撮影。この金属板を真鍮の釘で打ち付けている感じも最高じゃないですが。

 

 

材料となっている金属板は新品のものは一つもなく、全てお菓子の缶や飲料の空き缶を平らに解体したもの。なのでもともと印刷されていたペイントや打ち出されていた商品名もばっちり見えているのですが、不思議とそれらもクールなテクスチャに見えてきます。これなんて、籠目の巻の模様がいい感じに蔵の鱗塀にあたるところに配置されていて、遠目からも「蔵かな?」と分かるんですよね。

 

 

 

 

このトルソーの渋いこと!これなんて欲しいと思うスチームパンカー相当いるんじゃないでしょうか?これも、使い古しのトルソーの表面に金属板を打ち付けたもので、頭部分も古い鉄瓶。こうした腐食した金属を使用した作品は、「完成」した後も実際には「完成」ではなく、経年によって徐々に表面が酸化し、色がくすみ、錆びが広がり、少しずつ姿を変えていきます。ある意味、年月と共に歳を取る「生きた」作品とも言えます。

 

 

廃材を使った家のオブジェもいいなあ…と思ってよ~く見たら…

 

 

なんとお雛様が中に入っていました。敢えて全体の姿が見えないよう、顔の一部しか見えないように入っているのがむしろ良い!

 

 

こちらは陶片のモザイクのオブジェ。青い部分は青磁の破片です。

 

 

 

 

 

 

ステンドグラス作品や色ガラスを使った作品は、敢えて窓に面した側に配置されていました。ガラスではない部分が逆光になってしまいますが、光によって常に変化するのがグラスアートの魅力。またガラスを通した光が床に映る光景それ自体も作品と言えます。

 

通常、大学教授の退任に於いては普段の授業で「最終講義」が開催されるそうですが、同大学・学科はアート系ということで誰でも参加可能な「退任展」と「ギャラリートーク」という形式になったとのこと。ちなみに参加はいずれも無料で、今日は現代美術についてのパネルトークまで無料という大盤振る舞いっぷりでした。作品を作ったアーティストご本人による解説付きで作品を鑑賞できる、それも大学で(しかも完全無料)。こんな贅沢はなかなかありません。

 

 

これは風の強い日に森教授の家に飛んできた木の枝を使った作品。森教授はこれを見つけた時、枝の付け根が犬の顔のようだと思い、そう思ったら捨てられなくなってしまったそうで、ちょうど嵐の日に飛んできた枝だからと箱舟をイメージした作品に仕上げたとのこと。それにしてもこの枝の隙間にピッタリ石をはめ込むなんて相当な労力です。

 

 
 
 
こちらはプリンタ(もしくはコピー機)内部の配線をそのままジョイントとして使用した作品。この作品に限らず、「まさかこれをこう使うとは!」という意外性のある材料とその使い方がたくさんありました。
 
 
これは滝をイメージした作品だそうですが、この空き缶の頭の丸いパーツが、まるで水しぶきの泡のように見えてきます。こうした作品を見ると、生活のあらゆる場所に材料が存在するし、どんなものも材料になるのだた目から鱗が落ちます。
 
これは東日本大震災の際に出た瓦礫の中から青磁の破片を拾い集めたモザイク画。森教授がこれを横浜の展覧会に出展した際、来場者は皆普通の抽象作品だと思っていたそうですが、これを東北で見せたら、普段アートに接していない人でさえ一目で津波を描いた作品であることを見抜いたとか。やはり作品の捉え方にも当事者意識と「温度差」があるのでしょう。
 
しかも陶片の隙間を埋めているのは土。確かに津波を経験した人なら分かるでしょうね。
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
先の津波の瓦礫から出た青磁の破片を使ったモザイク画を見てから、改めてこの作品を見ると、これが何を表しているのかはもはや言わずもがなでしょう。
 
会場にあった森教授のキャプションに「廃棄された物、瓦礫になったもの、それらは放置しておくとただのゴミですが、アートの領域に引き上げると全く違った見え方、価値観が逆転します。」とありましたが、こうした思想による廃材アート(Garbage art)は災害だらけの日本にこそ必要なのかもしれません。