またまた図書館で借りた本です。

 

写真家兼詩人の筆者が、偶然知った少年兵の境遇について居ても立ってもいられなくなり、思わず詩をしたためるも、そんなことでは到底彼らは救えない、と思い立ち、なんと実際に元少年兵たちが暮らすアフリカ・ウガンダの地方都市まで赴いた現地ルポです。

 

本書では、敢えて少年兵とは書かずに「子ども兵」と書いています。なぜなら彼らは本当に子供だから。長期的な紛争が続く地域では、年齢からしたら小学生くらいの10歳かそこらの少年少女が大人たちに誘拐・徴用され、銃を持たされ、人を殺傷することを強要されています。子供が戦力になるのか?という疑問を持つ人もいるでしょうが、なにぶん彼らは子供なので、例えばスパイ活動や自爆テロをやる際もあまり警戒されません。また体が小さいのでゲリラ戦に向いており、何より子供だから素直で世間を知らず、それだけ洗脳しやすい。これが大人だったら、すっかり人間社会について知ってしまった後なので命令どおりに行動させることもままなりません。

 

子ども兵を調達したい勢力は、まず村を襲い、子供を誘拐するか徴用し、その子供たち自身に自分の故郷の村を襲わせたり、直接両親をはじめとする家族を殺させます。そうしないとお前を殺す、と脅せば、子供はそうせざるを得ません。そして「自分の村を焼いたのも自分の親を殺したのもお前自身だ」と洗脳することで、子供の帰る場所を奪い、ただ当て所もなく戦い続けるしかない子ども兵へと変えます。

勿論、他に選択肢のない、あらかじめそうするしかない状況に未成年を追い込んでおきながら「お前の意思であり行動だ」と言うのは洗脳以外の何物でもなく全くもって理不尽ではありますが、そうした「選択肢を奪っておきながら自らの意思で行動したと思わせる」手口は我々の身の回りにもたくさん転がっています。しかし日本では、どんなに理不尽な状況になってもすぐに死ぬ事態にはなかなかなりません(じわじわ死に向かうことはあっても)。ところが子ども兵の場合は常に即死と隣り合わせです。戦闘中に敵陣営に撃たれるかもしれないし、手りゅう弾を食らうかもしれないし、地雷を踏むかもしれない。当然、そうした目にあって不幸にも死んでしまった子ども兵も大量にいます。

 

筆者は、そんな地獄のような状況から奇跡的に逃げ出すことができた元子ども兵が社会復帰のために暮らし、学ぶ福祉施設を訪れます。そして自分に何があったかを日本人に伝えて欲しいと講義し、彼らに手記を書かせるのですが、これがとても子供が書いたとは思えないレベルの文章力なのです。前述のとおり、彼らは元子ども兵で本来なら小学校や中学校に行くべき期間に兵士にさせられており、基礎教育なんて受けていないというのに、淡々と、しかし力強い文章で、自分の身に起きた悲劇を客観的に描写することができる。つまり、それだけの才能のある子供たちが兵士として使い捨てにされているというわけです。この損失は計り知れません。

 

子ども兵を「未来の損失」と考えると、実はもう一つの闇が見えてきます。それは、少年だけでなく少女も子ども兵にされており、昼は戦闘、夜は慰安婦にさせられているという現実です。彼女たちは慰安婦から兵士の妻にさせられ、その結末は大抵の場合エイズ感染。さらに妊娠すると母子感染でエイズに感染した子供が生まれてきてしまいますが、産む方も子供だからエイズへの対処どころか子育てもすらも分からない。結果どうなるかというと、結局みんな行きつく先は「死」。そこで福祉施設では「チャイルドソルジャー」向けの勉強や職業訓練に加えて、子育ての基礎を教えたり、シングルマザーでも親子で生きていけるよう手に職を付ける「チャイルドマザー」向けの施策も行っているとのこと。

 

本書の構成の上手いのは、地獄のような現実を伝える一方、その地獄の中でも希望を持って生きる現地の心ある人々の姿も伝えていることです。殺し方ばかり教わって生きることを全く教わらなかった子供たちの世話を根気よく行う施設の職員、自分だって食うのがやっとなのに子供や若者にアートを教える現地の画家、決して豊かではないのに異邦人に気さくに酒をおごってくれる地元民。こうした記述は本書の中ではわずかですが、それでも「まだ人間は捨てたものではない」と思えてきます。

 

最後に筆者は、『すべての戦争で共通の原因となっているものは「防衛」である』と結論付けます。

 

 
戦争に限らず、大なり小なり「戦い」は「守る」ことから始まります。自分の利益や教義、命、とにかく自分にとって大事なものを守りたいから、それを脅かすものを排除するために戦ってしまう。それは国や地域や人種や民族の別なく、人間全てが動物として持つ防衛本能であり「業」で、取り除くことは不可能です。そこで筆者は、戦争を『その防衛本能が生み出してしまう「有毒な副作用」』と表現し、それを「細心の注意で抑えこまなければならない」と締めくくっています。
こうした戦争の悲惨な現実を見ると、皆が「戦争をなくそう」と言いますが、人間が防衛本能を持つ限りその実現はまだ難しいでしょう。では、せめて戦争を日常化せず、子供が犠牲にならないように「細心の注意を払わなければならない」と考えた方が現実的かもしれません。