ちょっと前に、ラオスであった出来事です。
カンボジアから国境越えて、しーぱんどんという、四千の島々(本当かよ)からなる名所へ流れるままきました。
手数料をバスの乗務員に払い、イミグレ通過。
※ここのタイミングでも、彼を信用せずに自分でVISA?とってる方も何人かいました。まあこれは普通。
むしろ旅人としては当たり前か。
※結果、信じた俺たちが一番安価で済みました。信じるものが救われたパターン。
このように、面倒臭さ=お金
例えるなら、
お金で時間を買う
お金でめんどくささを省く
というような図式が、必ずしも当てはまらない場合が多いです。
めんどくさいと思った国境越えのバスやボートのチケット、まとめて買うより、小分けにして現地で買った方が安かったり(往々にして彼らはグルになり、時には嘘をつき、早めに買わせようとしますが)
ここででてくるのが、
「定価」という概念。
日本では、ほぼすべてのモノ、サービスに「定価」がありますよね?
あらかじめ欲しいモノがあるから、金を貯める。偶然見つけた欲しいモノでも、高くて買えない。
ただ、ここではそんなものありません。
ネットの普及で、だいたいの相場が簡単にわかるようになりました。
物価から、なんとなくこれはこんくらいなんだなって想像できるようにもなります。
きめ細かいガイドブックだって、安価に手に入ります。
でも、例え定価の10倍言われてようと
「こいつ定価の10倍いってますよ!!!!!」
って血相変えて口から泡飛ばして言わなくてもいいと思うな。
教えてくれるのはありがたかった。
ま、それでいいじゃんって。
※いうて300円だし。インドなんてもっとヒドイし。
今回一緒に旅した仲間の考えから影響を受けたような気がしますが、
「否定しないで、ありのままを受け入れる」
「でも決して投げやりじゃない」
という最高に難しいスタンス。
どこまで追求できるでしょうか。
あと、「どれだけ安く買ったか、行ったか自慢」みたいなのも、なんか薄っぺらく感じるようになってしまった。
たまたまそのタイミングでしたのは自分の「引き」みたいな部分もあるんじゃないかなって。
流石にハロン湾ツアーの話はビビったけど笑
またまた取り留めのない話になってしまいました。
バンコクでレバ刺しうまかった~♡
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