御聖訓一読集十七日『諸法実相抄』(令和元年九月)

 

「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり。未来も又しかるべし。是あに地涌の義に非ずや。剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし。ともかくも法華経に名をたて身をまかせ給ふべし」(御書666ページ)

 

これは大聖人様の御本仏としての大確信をお述べになられたものと拝されます。身延派や創価学会の一部に、対告衆である最蓮房の実在を否定する人たちがいるようですが、まったく理解に苦しむところです。御本仏の絶対の確信なくして、このような文章をしたためることはできないでありましょう。そのことが分からないのは、不信に犯されているためであり、またそれゆえに、御本仏の御確信を正しく読んで理解できないためでありましょう。生命が濁れば知性も歪むということです。

 

この『諸法実相抄』の末尾は、有名な「行学の二道の御聖訓」でありました。

 

「行学の二道をはげみ候べし。行学たへなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」(御書668ページ)

 

ここに日蓮正宗の修行のあり方である、一信、二行、三学を教わるものです。信心なくして行学はあり得ませんが、行学なくして信心は単なる思い込みにすぎません。「我もいたし人をも教化」するとは、三大秘法中、本門の題目を信行に分かち、その行の題目における「自行化他」にあたります。この実践にあたっては、体験は言うまでもありませんが教学も、各自の因縁に応じて必要となるでありましょう。肝心な点は、「力あらば」とは「力があれば」という条件ではなく、「力の限り」という様態を表すお言葉であるということであります。御当代御法主上人も、かく仰せであったと記憶しております。

 

さて、少々、遡りますが、平成二十八年の『御聖訓一読集』十七日も不思議と上と同じ『諸法実相抄』が収められておりました。当時のメモが残っておりましたので、折角の機会と捉え、以下、合わせて記させて頂きたいと存じます。

 

●平成二十八年『御聖訓一読集』十七日

「日蓮末法に生まれて上行菩薩の弘め給ふべき所の妙法を先立ちて粗ひろめ、つくりあらはし給ふべき本門寿量品の古仏たる釈迦仏、迹門宝塔品の時涌出し給ふ多宝仏、涌出品の時出現し給ふ地涌の菩薩等を先づ作り顕はし奉る事、予が分斉にはいみじき事なり。日蓮をこそにくむとも内証にはいかヾ及ばん」(御書665ページ)

 

この御書では大聖人様は、御本尊の建立は、自分の分際には過ぎたことであるというように、非常に謙遜された言い方をされておられます。

 

十六日拝読の御文では、「日蓮となのる事自解仏乗(じげぶつじょう)とも云いつべし」との仰せのように、御本仏としての御自覚と御確信を堂々と御宣言あそばされておられます。

 

そういう場合もありますが、今日の御文のように、一歩控えられて表現される、そういう場合もあるのであります。特に一歩控えて表現される場合は、御在世当時の弟子檀那の信心の状態をみての対機説法としての意味があると拝されます。

 

「本門寿量品の古仏たる釈迦仏、迹門宝塔品の時涌出し給ふ多宝仏、涌出品の時出現し給ふ地涌の菩薩等を先づ作り顕はし奉る事」とございますが、これは要するに、御本尊様を建立あそばされることをお述べになられたものと拝されます。法華経の虚空会においては、釈迦多宝の二仏並座の中央に何がおわしますのかは説かれておりません。釈尊はあえてそれを説かれなかったのであります。

 

それは滅後末法における法華経弘通の付属を受けられる上行菩薩様の再誕である末法の御本仏が、釈迦多宝の二仏を脇士として中央主題に「南無妙法蓮華経日蓮」とおしたためになられ、一切衆生救済のための未曾有の大曼荼羅を御建立あそばされる。故に、釈尊は自らは迹仏として、御本仏の御化導のお膳立てを果たされることを、御自覚あそばされていたからに他なりません。

 

上の御文、第一文では、「予が分斉にはいみじき事なり」とご謙遜あそばされているものの、次の文では、「日蓮をこそにくむとも内証にはいかヾ及ばん」と、御本仏としての絶対の御確信を述べられています。たしかに御本尊を顕すことは我身の分際を越えるようなことかもしれないが、しかし、たとえ日蓮を憎んだとしても、内証である仏の境涯にはどのようにしても及ぶことはできないのであると。

 

ここで改めて、「上行菩薩」「法華経の行者」について整理してみたいと思いました。

 

平成二十八年の一読集は、「上行菩薩」「法華経の行者」に関連する御文が多く含まれておりました。その御文を以下に挙げて、ワンポイントで確認したいこと、感じたこと等、記させて頂きました。

 

●平成二十八年御聖訓一読集一日『聖人御難事』

「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提(いちえんぶだい)の内に仏の御言を助けたる人但日蓮一人なり。過去・現在の末法の法華経の行者を軽賤(きょうせん)する王臣・万民、始めは事なきやうにて終(つい)にほろびざるは候はず、日蓮又かくのごとし」(御書1397ページ)

 

ここでは、「末法の法華経の行者」とありますが、これは法華経勧持品第十三に説かれるような、法華経の行者が遭うとされる種々の難(刀杖(とうじょう)の難や数々見擯出など)に遭遇し法華経を身読された方は、日蓮大聖人をおいて他におられません。その意味で、大聖人様以外に、釈尊の予証を真実となす法華経の行者は、正像末の三時において一閻浮提全世界に存在しなかったのであると。その方を謗る罪は計り知れない(其の罪は、教主釈尊を謗る罪よりも遥かに重いと法華経に説かれている旨、他の御書にもございます)、始めはことなきように見えても最後に滅びない者はないとの仰せであります。これはまさしく御本仏の御確信と拝する他ないお言葉でございましょう。

 

●平成二十八年御聖訓一読集三日『就註法華経口伝下』
「第二十五 建立御本尊の事
御義口伝に云はく、此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり。戒定慧の三学、寿量品の事の三大秘法是なり。日蓮慥かに霊山に於いて面授口決せしなり。本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云々」(御書1773ページ)

 

御義口伝の難解な御文ですが、「戒定慧の三学」とは、仏法の教えのすべてとされる八万法蔵の一切が収まるとされる御法門でございます。「戒」には防非止悪にして戒めるという意義があり、「定」は心が一つのところに集中して動じない、そのような精神のありようのこと。「慧」とは、仏様より賜る不思議な智慧と拝します。そして、この戒定慧の三学の究極が、寿量品の事の三大事すなわち三大秘法であるとの仰せでございます。本門の本尊(虚空不動定)、本門の戒壇(虚空不動戒)、本門の題目(虚空不動慧)が、仏法の究極の御法門とされる所以でございます。

 

そして、この三大秘法は、法華経説法の会座である霊鷲山において、末法の御本仏日蓮大聖人が、地涌菩薩の上首上行菩薩として、釈尊より直々に面と向かって御相承を受けられた究極の御法門なのであると、神力品の結要付属のことを仰せでございます。三大秘法の随一は、本門の本尊であり、その中央主題には「南無妙法蓮華経日蓮」と顕されるわけでありますから、法即人・人即法、人法一箇の御本尊であり、本尊とは即ち法華経の行者、即ち日蓮大聖人の御生命の当体と拝される次第でございます。

 

●平成二十八年御聖訓一読集四日『椎地四郎殿御書』

「末法には法華経の行者必ず出来すべし。但し大難来たりなば強盛の信心弥々悦びをなすべし。火に薪をくわへんにさかんなる事なかるべしや。大海へ衆流入る、されども大海は河の水を返す事ありや。法華大海の行者に諸河の水は大難の如く入れども、かえす事とがむる事なし。諸河の水入る事なくば大海あるべからず。大難なくば法華経の行者にはあらじ」(御書1555ページ)

 

法華経の行者が難に遭うというのは、既に経文に予証されている如くである。そのことをかねてより承知しているのであれば、難が出来してもたじろぐ理由はない。むしろ、そこに法悦を味わうものである。大難がなければ法華経の行者たることが証明され得ないからであると。『種々御振舞御書』でしたでしょうか、竜口法難の折、殉死の覚悟で涙する四条金吾さんを叱咤されたあの獅子吼のお言葉が想起されます。「これほどの悦びをばわらへかし」(御書1060)と。このような御境涯は、率直に申し上げて、遥かに遠く仰ぎ見る思いでありますけれども、たとえ僅かずつであっても、そのような御境涯に近づいて参りたいと念願いたします。

 

●平成二十八年御聖訓一読集六日『下山御消息』

「今の時は世すでに末法のはじめなり。釈尊の記文、多宝・十方の諸仏の証明に依って、五百塵点劫より一向に本門寿量の肝心を修行し習ひ給へる上行菩薩等の御出現の時刻に相当たれり。例せば寅の時閻浮に日出で、午の時大海の潮減ず。盲人は見ずとも眼あらん人は疑ふべからず。而るに余愚眼を以てこれを見るに先相すでにあらはれたるか」(御書1140ページ)

 

寅の時とは、およそ午前四時。午の時とはおよそ正午。時刻の刻みが、大海の干満と対応するように、一切の事象には、時があり周期がある。朝と夜が交互に訪れるように、春夏秋冬がめぐるように、生きとし生ける者がみな生老病死を経て、万物が生住異滅を、法界が成住壊空を経めぐるように。御仏の衆生救済にも、種熟脱の三益ありと。釈尊は、過去において種の植わった衆生を救うべく、水を与え収穫を得るため熟脱の教えを説かれた。末法には、成仏の種が植わっていない三毒強盛の衆生が生を受ける。種のないところに水をやっても詮ない如く、成仏の種の植わっていない衆生は、熟脱の教主の説く教えでは救われない。釈尊自ら、「白法隠没」と言われた如くである。そこで、三毒強盛の末法の荒凡夫を救うお方が御出現あそばされる。その方は、法華経の会座で釈尊より付嘱を受けられた上行菩薩様の再誕である。その方は、釈尊が初めて成道を遂げられた久遠五百塵点劫の当初より、一向に法華経本門寿量品の肝心を修行されてこられた。つまり、南無妙法蓮華経の修行をされてこられたのである。今は末法の始めであり、今こそ、上行菩薩の出現の時なのであると。

 

●平成二十八年御聖訓一読集八日『三大秘法抄』

「此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり。今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり」(御書1595ページ)

 

この御書でも、法華経の会座における付嘱について仰せでございます。具体的には、法華経神力品第二十一における結要付嘱のことを仰せられているものと拝します。そこで、釈尊より、地涌の菩薩の上首上行菩薩として、法華経の肝心要の究極の法体を付嘱された。その法体とは、戒定慧の三学の究極たる三大秘法の御本尊である。

 

ところで、この御書の最後には、法華経がなぜ諸仏出世の一大事であるのか、釈尊の出世の本懐であるのか、そのことを明確に仰せられた、以下の御文がございます。

 

「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひて候は、此の三大秘法を含めたる経にて渡らせ給へばなり」(御書1595-6ページ)

 

これについては、『六巻抄』の中で日寛上人も仰せであったと思います。世の人は、釈尊の出世の本懐が法華経であるということまでは知っている。しかし、では一体なぜ、法華経が出世の本懐なのかを知らないのであると。それが、上の御書に仰せの「此の経に三大秘法を含めたる」ということの意味と拝されます。三大秘法を含む経であるからこそ、朝夕の勤行で法華経を読経させて頂くのでございます。特に、寿量品の長行に文底下種の法体が秘し沈められているわけでございますから、富士大石寺日興門流の御相伝を無視して、勝手に「時代に即した形にするのだ」などと嘯いて、創価学会のように勤行から寿量品の長行を割愛したりするのは、法華経の神髄を汚す大悪業であることを知るべきであります。

 

●平成二十八年御聖訓一読集九日『本尊問答抄』

「此の御本尊は世尊説きおかせ給ひてのち、二千二百三十余年が間、一閻浮提の内にいまだひろめたる人候はず。漢土の天台・日本の伝教はほヾしろしめして、いさヽかもひろめさせ給はず。当時こそひろまらせ給ふべき時にあたりて候へ。経には上行・無辺行等こそいでてひろめさせ給ふべしと見えて候へども、いまだ見えさせ給はず。日蓮は其の人には候はねどもほヾ心へて候へば、地涌の菩薩のいでさせ給ふまでの口ずさみに、あらあら申して況滅度後のほこさきに当たり候なり。願はくは此の功徳を以て父母と師匠と一切衆生に回向し奉らんと祈請仕り候」(御書1283ページ)

 

此の御本尊は、釈尊滅後二千二百三十余年のあいだ、全世界に弘める人は誰もいなかった。中国の天台大師、日本の伝教大師は、その法体をほぼ知っていたけれども、それを弘めることはなかった。「内鑑冷然」(天台大師が『摩訶止観』において、竜樹・天親について言われた言葉ですが、趣旨において同様と拝されます)と言われるように、これらのお方は根本の法体を内には知っていながら外には流布されなかったとの仰せでございます。それはこの方達が、末法に久遠元初の御本仏が御出現になられることを知っていたために、自らのお役目を果たしつつも分際をわきまえて控えられていたためであります。しかして、今、末法この時は、この御本尊を弘める時にあたっている。経文によれば、地涌の菩薩が出現されてその任にあたられるはずだが、まだ御出現になられていない。

 

日蓮は地涌の菩薩(その上首上行菩薩)ではないが、その究極の法体とは何か、御本尊とは何かということを、ほぼ心得ているので、地涌の菩薩が御出現なさるまで、あらあら申し上げてきた。そのために、「況滅度後」と法華経に説かれるような法難の矛先にあたってきたのである。願わくは、その功徳をもって、父母師匠一切衆生に回向申し上げ、自他ともに仏果を得られんことをと、祈請申し上げていたところである、と。この御書でも、大聖人様御自身が上行菩薩の再誕であられるということは、直接の表現は控えられて、その露払いのようなお立場で、御自身のお振る舞いを描写されていることが分かります。この慎重さは、やはり、当時の御信徒の方々の信心を慮られていたものと拝されます。

 

●平成二十八年御聖訓一読集十四日『単衣抄』

「法華経の第四に云はく『如来の現在にすら猶怨嫉多し』等云々。第五に云はく『一切世間怨多くして信じ難し』等云々。天台大師も恐らくはいまだ此の経文をばよみ給はず、一切世間皆信受せし故なり。伝教大師も及び給ふべからず、況滅度後の経文に符合せざるが故に。日蓮日本国に出現せずば如来の金言も虚しくなり、多宝の証明もなにかせん。十方の諸仏の御語も妄語となりなん。仏滅後二千二百二十余年、月氏・漢土・日本に、一切世間多怨難信(いっさいせけんたおんなんしん)の人なし。日蓮なくば仏語既に絶えなん」(御書904ページ)

 

「如来の現在にすら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」とは、法華経法師品第十の経文で、「況滅度後」と漢文の形でもよく言及されます。法華経の教主釈尊御自身が御在世におけるよりも、滅後、特に、衆生の生命が三毒強盛で濁り切った末法における方が、怨が多く、うらみの念ばかりが先に立ってしまって、正法を説いてもそう容易には信じられないのだと、そのように仰せになっておられるということでございます。

 

ところで、先日十三日(平成二十八年)のことでしたが、御講終了後に、創価学会の壮年青年の3名が来て、私も応対したのですが、今や、彼らは日蓮大聖人の出世の本懐が戒壇の大御本尊様であるということを、どうやったら否定できるかとそのことばかりに執着して、文証を様々な形でこねくりまわして支離滅裂な主張を展開するばかりでした。その矛盾を丁寧に指摘しましたが、あちらは瞋恚の感情を剥き出しにして、「どこに書いてある、文証を出せ!」と、いきまくばかりでした。相伝によらなければ御書も正しく読めませんよ。字面に執着するなら、法華経も文上止まりで、文底にたどり着けませんよ。それらもすべて大石寺の御歴代御法主上人の御相伝を通じて教わってきたのではありませんか。と諭しても、「そんなの神秘主義だ、文証を出せ!」と、目をつりあげて、声をあげるばかり。まさに、怨多くして、信じ難しでありました。

 

話しを戻します。末法とはかように、怨多くして信じ難い、そういう衆生が充満している時でございます。それがまた、滅後弘通を願った迹化の菩薩たちが釈尊から却下されて、地涌の菩薩が呼び出された所以でもございます。しかし、そのような経文の予証というのも、もし、末法に日蓮大聖人様が御出現あそばされて、法華経弘通ゆえに種々の大難に遭われなかったならば、その予証はすべて妄語となってしまったはずである。像法時代の正師である、天台大師も、南三北七と呼ばれる邪義を打ち破り、法華最勝を闡明にされましたが、法華経に予証されるほどの難には遭われなかった。日本の伝教大師も、比叡山に法華迹門の戒壇を建立されますが、法華経に予証される難には遭遇されなかった。印度・中国・日本という仏法有縁の三国を通じて、仏滅後、日蓮大聖人様ほどに法華経予証のままに難を受けられた方は存在しない。日蓮大聖人様が日本国に出現なされなかったならば、釈尊の御金言は妄語となるということであり、それは法華真実を証明する仏である多宝如来の証明も、十方の諸仏が舌相をもって釈尊の説法を証明されたことも、すべて虚しくなってしまうのであると。釈尊、多宝如来、十方の諸仏の証明。このような三仏の証明を具えているのは、法華経だけでありますけれども、その三仏の証明も、日蓮大聖人の御出現をまって、初めてそれが真実となるとの仰せでございます。これは、末法御出現の日蓮大聖人様こそ、再往、久遠元初の御本仏であられることの証明とも言えましょう。

 

●平成二十八年御聖訓一読集十六日『寂日房御書』

「日蓮となのる事自解仏乗とも云いつべし。かやうに申せば利口げに聞こえたれども、道理のさすところさもやあらん。経に云はく『日月の光明の能く諸々の幽冥の闇を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅す』と此の文の心よくよく案じさせ給へ。『斯人行世間』の五つの文字は、上行菩薩末法の始めの五百年に出現して、南無妙法蓮華経の五字の光明をさしいだして、無明煩悩の闇をてらすべしと云う事なり。日蓮等此の上行菩薩の御使いとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり」(御書1393ページ)

 

「自解仏乗」とは、教わることなくして、自ら仏の境涯を悟られるということでありますから、まさに、仏様の御境涯と拝されます。「日蓮」の「日」とは「日月の光明」と通じ、それは「衆生の闇を滅す」との仰せであります。「闇」とは「煩悩」、「日月の光明」とは「南無妙法蓮華経の五字の光明」との仰せであります。正に、比喩即法体の奥義を拝するものです。南無妙法蓮華経は、文字数は七文字でございますが、妙法蓮華経の法体に南無し奉る信心と拝せば、五字即七字また七字即五字でございます。その法体たる妙法蓮華経には、「蓮華」が自然とそなわっており、これもまた比喩即法体であり、因果倶時の不思議の一法であり、また、五濁の悪世にあっても決してそれに染まらない清浄の意味を表すと教わるものです。すなわち、「如蓮華在水」と。その「蓮華」の「蓮」の字が、御自身のお名前に、「日月」の「日」とともに具わっておられるのです。

 

まさに、「自解仏乗」というべき、仏様の絶対の御確信です。これほどの大確信をお述べになられながらも、次下の部分では、再び謙遜されて、自らは直ちに上行の再誕と同一ではない、上行菩薩のお使いであるという表現をされておられます。「日蓮等此の上行菩薩の御使いとして、日本国の一切衆生に法華経をうけたもてと勧めしは是なり」と。この慎重な表現上のご配慮は、御書の表面の論理的な一貫性のみから考えるのではなく、やはり、対告衆の信心に対する大聖人様のご配慮を慮る必要があろうかと思われます。まず大きな前提として、当時、二祖日興上人様以外は、誰も日蓮大聖人様を末法の御本仏であるということが分からなかったと言われていた、ということがあげられます。五老僧等の高僧においてもそういうことが有り得たわけでありますから、いくら篤信の御信徒とは言えども、その点を深く信解するに至るのは容易ならざることであったかと思われます。そのような点を考慮されて、大聖人様は、自らが上行菩薩の再誕であり、内証は久遠元初自受用身如来の再誕にして、末法の御本仏であるという文底下種肝心の御法門については、慎重を極めて表現を工夫されていたと拝するものです。

 

●平成二十八年御聖訓一読集二十五日『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』

「像法の中末に観音・薬王、南岳・天台等と示現し出現して、迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して、百界千如、一念三千其の義を尽くせり。但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊、末だ広く之を行ぜず。所詮円機有って円時無き故なり。今末法の初め、小を以て大を打ち権を以て実を破し、東西共に之を失し天地顛倒せり。迹化の四依は隠れて現前せず、諸天其の国を棄て之を守護せず。此の時地涌の菩薩始めて世に出現し、但妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ」(御書660ページ)

 

「小を以て大を打ち権を以て実を破し、東西共に之を失し天地顛倒せり」と言われるように、小乗で大乗を打ち破ったり、権教でもって実教を破ったりする、下克上、天地顛倒するのが末法であると。まさに、「闘諍堅固」と言われる所以です。迹化の四依とは、天台大師、伝教大師のような方々を指しておられると思われます。そういった方々もすでにお隠れになられて、諸天善神もこの国を守護しなくなってしまう。そのような末法の世に、地涌の菩薩が御出現になられ、妙法蓮華経の五字を中央主題とされる未曾有の大曼荼羅をもって、衆生救済の大良薬として、私どもに授けられるのであると。