姨捨サービスエリアと「田毎の月」 | 九代目七右衛門の徒然日記

姨捨サービスエリアと「田毎の月」

中央道から長野道に入り、いつも白馬に行く時に下りる豊科インターを通過して、姨捨サービスエリアで休憩しました。
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姨捨の由来は、古来から貧しい食生活で、口べらしのために年寄りを野山に捨てる風習を物語ったものだが、本来は2500年ほど昔からインドの仏教、中国の儒教により、親子の愛や人生の輪廻、老人の知恵への崇敬として説かれたものだそうです。
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展望台からは善光寺平と、その真ん中を流れる千曲川、そしてちょっと霞んでいますが、遠くには志賀高原が見えました。
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左方向の斜面には棚田が見えました。
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この棚田に映る「田毎の月」は、古くから多くの人々の心をとらえ、現在でも中秋の名月には、各地から多くの人が訪れ、句会が開かれているそうです。
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ちょうどお昼時だったので、店内は食事をする人たちで賑わっていました。
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