尾道城 | 九代目七右衛門の徒然日記

尾道城

ガウディーハウスを見た後は、一旦尾道駅の方向に戻ったのですが、山の上に見える尾道城まで上がってみようと思い、通りがかりの人に道を聞いたところ、この道を上がって行って、「千光寺」の看板通り進めば着きますよとの事でした。
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行く途中には、古い伝統的な家がたくさんありました。
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「千光寺への登り道」という看板が見えてきました。看板の通り、入り組んだ石段の坂道を登って行きました。
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中腹まで行ったところで振り返ると、尾道水道が一望できました。
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尾道城まであと少しです。
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東の方にはしまなみ海道も見えました。
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途中から石畳の道になり、両サイドに間接照明の街灯が並んでいました。
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尾道城の真下まで行きました。ふもとから見たときには気づかなかったのですが、かなりかさ上げしてあるのがわかりました。

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お城の入口まで行ってみるとなんと廃墟のようになっていました。閉鎖しているようです。
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家に帰って調べてみると、隣りの福山市の福山城天守が戦災で焼失して、昭和41年に復元した影響を受け、昭和39年(1964年)に尾道商工会が観光事業の一環として外観の一部を弘前城天守に模した施設「全国城の博物館尾道城」を建設したそうです。建築は鉄筋コンクリートの三層三階で、丘陵上に立地し、目立つこともあり尾道市のシンボル的な存在ともなったが、歴史的な背景が全くないためにむしろ景観を汚すものであるという意見もあり、1990年代に閉鎖したとの事でした。尾道市はこの建築物の今後の利用法に関して議論をしているが、結論は出ていないそうです。
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尾道城のすぐ上には公園が整備されていました。
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有名画家が写生した場所だそうです。
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狭い石段を上がって行くと、
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銅像がありました。尾道市出身の元衆議院議員、土屋寛翁像だそうです。
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貯水槽の上が展望台になっており、尾道城としまなみの島々が一望できました。
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尾道大橋も見えました。
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