津和野 殿町と掘割の錦鯉 | 九代目七右衛門の徒然日記

津和野 殿町と掘割の錦鯉

そのまま道を歩いていくと、山陰の小京都といわれる津和野の代表的な風景である殿町へと続いていきました。
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かつて家老屋敷がかたまっていたことから、殿町と呼ばれているそうです。
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なまこ壁が長く続いています。
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掘割にはしょうぶが植えられており、いくつか花が咲いていました。
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そして中を覗くと、錦鯉がたくさん泳いでいました。
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なまこ壁と、しょうぶ、そして錦鯉と、日本を代表する風景だと思います。
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津和野藩の家老職であった大岡家の表門です。
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大岡家屋敷跡地は現在、津和野町役場として使われていました。門を見ていると人力車が走ってきました。
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乗っていたのは小学生でしたが、丁寧に津和野の説明をしていたので、思わず聞き入ってしましました。
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江戸中期の筆頭家老、多胡家表門です。県指定史跡だそうです。多胡家は亀井氏11代にわたって家老職を務め、藩財政に大きく貢献した家柄との事で、この門は瓦葺きで、間口4m、長さ26mの立派なものでした。
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門の前からは、津和野川の河原に降りる事が出来ました。
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門の裏側です。
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