白馬帰省 各部屋の紹介
草刈りで白馬に帰省しました。まず、いつも通り我家の全景です。
今回は、各部屋の紹介をします。まずは前座敷です。座敷は前座敷、奥座敷の二室あり、来客や人寄せの際に、座敷にそのまま上がれるように、前座敷に面して来客者専用の玄関があります。前座敷の押入れの襖絵は、旧家の座敷の押入れのもので、明治時代以前のものと思われます。襖絵の内容は中国唐時代の杜甫(とほ 712~770)が李白(りはく701~762)に送った『飲中八仙歌』です。
奥座敷はこの部屋の上部のみ2階が無く、高天井になっています。天井はこの当時の民家には珍しい吊天井です。奥座敷の床の間は、普通の家の座敷は二間ですが、我家は二間半あり、五尺七尺三尺という配置で、日本の代表的な真の床の間の様式となっています。床の間の飾り戸棚の絵は全部で14枚ありますが、すべて世外伝次郎が描いたもので、大正13年の昭和天皇の御成婚を祝って、「大正甲子御成婚記念」と記されています。中央の壷は、当家の家紋を入れて、家内のお父様が焼いて下さったものです。障子は現在作られるものよりもかなり目の細かいものを使用しています。座敷まわりの障子は新築時のものです。特に奥座敷の書院障子は小谷村の千見の大工さんが、狂いを完全に取るために、雨だれの下で濡らしては干しを繰り返し、丸二年間乾かして作ったものです。
2階の一番奥の作戦室です。作戦室は昭和13年に戦死した七代目の祖父伊藤七右エ門が、戦の計画を立てるために設置したといわれる部屋です。東側に床の間があり、奥の障子を開けると坪庭が見えます。この書院障子も旧家のものをそのまま使っています。
2階の手前の蚕室です。蚕室は昭和35年頃まで蚕(カイコ)を飼っていた部屋で、現在は半分は物置に、半分は客室にしています。
基礎と土台と犬走りの写真です。基礎の布石には、地面の湿気を土台に上げないといわれている村内飯森地区の戸谷石を用いています。この戸谷石はその当時「飯森の地籍外には持ち出してはならぬ」という門外不出のものだったはずですが、どのような手段で入手したものなのか、未だにわかっていません。土台は最も腐りにくいといわれているクリの木を使用しております。