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昭和62年の夏の我が家です。
家の前に建っているのは有線放送の電信柱です。有線放送といっても現在一般に言われている音楽のU-SENとは全く違い、村内の生活情報や冠婚葬祭を知らせる他、各戸間の通話もできました。しかし電話の普及に伴い、昭和60年頃に有線が無くなり、防災無線になりました。この電信柱はしばらくそのままにしておいて、インゲン豆の手(豆や野菜を育てる時の添え木を手と言います)にしていましたが、その後は駐車場の車止めになりました。