すみあい塾 旧本陣「武田家住宅」 江戸時代に大名などが参勤交代で宿泊した宿
日本民家再生リサイクル協会 中国地区事務局が主催する「第4回すみあい塾」に行って来ました。8時に家を出発。途中で朝食を食べて、五日市インターから高速に乗り、山陽道の千代田インターに向かいました。集合は9時半、場所は北広島町にある旧本陣の「武田家」。千代田インターを出て4kmほど広島方面に向かったところです。近くまで行くとJMRA(日本民家再生リサイクル協会)の旗が出ていたので、すぐにわかりました。駐車場から50mほど歩くと、武田家がありました。
中に入ると、広い土間がありました。既に沢山の靴が並んでおり、多くの方が来られているようでした。
JMRA中国地区事務局の藤本さんが見えたので挨拶に行くと「福馬邸の古民家やきもの展にも行っていただいたそうですね。」と気さくに声をかけて頂きました。初めてお会いするのに、ずっと前から知っている方のよう接してくれ、すぐに皆さんと溶け込むことが出来ました。
この武田家は一般住宅として現在も使っておられるのですが、2005年になって初めて旧本陣だと判ったそうで、2005年2月10日の中国新聞の朝刊に、江戸時代に大名などが参勤交代で宿泊した「本陣」だったことが分かったとの記事が記載されたそうです。
10時になって、時間通り「第4回すみあい塾」が始まりました。まず、JMRA事務局の藤本さんの御挨拶。
本日は35名の参加だそうです。
続いて、JMRA理事の稲積さんの御挨拶。稲積さんのお宅は、島根県邑智郡邑南町にあり、昨年9月に文化庁が指定する登録文化財に登録されたそうです。島根県では丁度60件目の登録であったそうですが、今年になって新たに10件が登録され、現在では84件が登録されているとのお話がありました。稲積家は江戸時代末期の1844年ごろに建てられの庄屋屋敷で、主屋と土蔵2棟、門の計4件が選ばれたそうです。
その次に武田家の方々の紹介がありました。まず御次男の武田さん。
次に御三男で武田家第45代当主の武田セイジさんです。この地区は藩政時代に石州街道の宿場町として栄え、この家は天保4年(1840年)に建てられ、藩政時代末期に本陣として参勤交代時には大名や家老などの宿泊に使われたそうです。また「桶口屋」という屋号で豪農としても栄えたとの事でした。
NHKの腕章をつけた方が、ビデオ撮影をされていました。後で聞いた話ですが、中国新聞の記者の方も見えていたそうです。
本題に入り、JMRA会員で樹木医でもある藤原満男さんより、住まいと結びついた庭の魅力のお話があり、その後、広島文化短期大学コミュニティー生活学科教授でフードコーディネーターの前田ひろみ教授から「本陣料理」のお話があり、実際に本陣料理を頂いたのですが、そのお話は明日以降にさせていただきます。
武田家での講義と食事が終わった後、武田家の奥様に家の中を案内して頂きました。
土間は裏口まで続いており、左には囲炉裏の部屋と、台所があります。
うまく写りませんでしたが、囲炉裏部屋から見上げた小屋組みです。
奥座敷と床の間です。本陣料理の器(うつわ)が並べてありました。
縁側をずっと歩いていって、奥にあるお風呂場と雪隠(トイレ)に案内してもらいました。この廊下の右側です。
続いて風呂場。五右衛門風呂ではなくて、沸かした湯を張って、下にあんかのようなものを入れて保温したそうです。
奥の便器のある部屋をみてビックリ。畳2畳が敷いてあり、その中央に便器がありました。
もっとゆっくり見たかったのですが、次の小野酒造の見学で皆さんが待っておられたので、名残り惜しく武田家を後にしました。















