高井の思い

 

赤ちゃんが「オギャー」と産声を上げるのは、肺の中に溜まっていた水を吐き出し、空気を取り込めるよう「息」をするためです。

そして臨終の際は、皆「息」を引き取って終わります。

 

人生の一番最初と最後にする行為は「息」なのですね。

 

「息」は「行来(いき)」でも有り、生きるとは「行って来る」

こと。すなわち、あの世からこの世に「行って来て」、この世で

息をすることが「生きる」ということではないかと思います。

 

「行来(いき)」は「行く」が先で「来る」のは後。

あちらの世界からこちらの世界に「行く」

そしてこちらの世界からあちらの世界へ帰って「来る」のです。

 

あくまであちらの世界が主界であり、こちらの世界は従界。

命の本籍はあちらの世界に在り、こちらの世界は出張先の仮住居のようなもの。

死を恐れ、怖いと思うのは誰でも当たり前ですが、このように考え

還る所が在る事を信じることができたなら、死は肉体だけのものであって、命に死は無いと気楽に考えております。

 

いずれにしても「生きる」とは、

あの世からこの世にやって来て、見る泡沫の夢。

せっかく地球という夢の国に来たのですから、還る日のことは天命・運命にお任せして、我々は利他の心の実践をしながら、明るく活き活きと生き抜いて参りましょう!