夫の誕生日だったのと仕事が休みだったので、昨日は張り切って食卓の用意をした。
メインはブッフ・ブルギニヨン。
下味をつけた牛肉を玉ねぎやニンジンと一緒に赤ワインでマリネして、くつくつ何時間も煮込む。
ブッフ・ブルギニヨンはブルゴーニュ地方の郷土料理。ブルゴーニュ地方の人をブルギニョンといい、その地方で作るワインで牛すね肉を煮込んだ、フランス郷土料理の王者なのである。(吉村葉子さんのエッセイ、お金をかけずに食を楽しむフランス人 お金をかけても満足できない日本人 より)
「REPAS du PERSONNEL ランスYANAGIDATEのまかない料理」のレシピで作った♪
この本は気取らない、でも本格的なフレンチがたくさん載ってて見ているだけで面白い。
付け合わせはトマトのマリネときゅうりのサラダ。
デザートはさつまいものタルト。毎週パルシステムからわんさか届いていたさつまいもがまだ余っていたので(笑)
タルトというものを生まれて初めて焼いた。
タルト型がないことに生地を練り上げてから気づいた。タルトってケーキの型じゃ焼けないのね!
ちょっと考え、延ばした生地を手びねりでタルトの形に成型して焼いたらうまくいった。
慣れないのと型がなかったため、見た目は不格好だけど、なかなか美味しかった♪
二層構造で、下半分がスイートポテト、上がラム酒と生クリームが入ったさつまいもクリームでモンブランみたいな感じ。
夕方頃、足りないものを買うために出かけようとしていたところ、最近たまに遊びにくる猫さん(夫は梅猫さんと呼んで、仲良し)が窓からにゅーっとやってきた。
にゃあにゃあ、にゃにゃにゃ、とさかんに喋るので、煮干しをあげる。
いつもすーっと来てすーっと帰る猫さんなのだけど、なかなか帰らない。さかんに喋っている。
ごめんね、猫語わからないのよ。
今から買い物に行くのだけど、帰る?それともいる?と聞いてもにゃあにゃあ言うだけなので(当たり前である)、じゃあお留守番していてね、と言って出掛けた。
帰ってくると、まだいた(当たり前である)。
帰る?と聞いてもにゃにゃあ言うので再び煮干しをあげる。ふと思いついて猫さん用の皿を買ってきたので、それに入れてあげた。
まだ帰らずにゃあにゃあ言っているので、ごめんね、忙しいのよ、と料理の続きに没頭。
猫さんはしばらくにゃあにゃあ喋っていたが、それから小1時間ほどして諦めたように雨のなか帰っていった。
夫の誕生日を祝いにきてくれていたのかな。
日曜日、風邪気味の鼻をぐすぐすさせながら、久しぶりの新宿。夫と南極料理人を観た。
前評判通り面白いいい映画だった。監督はまだ31歳の若手監督、沖田修一。主演の堺雅人はやっぱりうまくて、はまり役。
日本から14000キロ離れた南極での究極の単身赴任、むさくるしき男6人の1年半にも及ぶ共同生活。
あまりの寒さにペンギンはおろかウィルスすら生存できない極北の地。
こんな世界でも、否、こんな世界だからこそ、人は食べることに執着し、生きていることの実感や喜びを得るのだ。事件らしい事件は何も起こらないほのぼのと楽しい映画だったのだけど、妙に切ない後味。飄々としたユーモラスさの中の、人が生きるということのある種の切実さ。料理人が基地を去る場面は、天然コケッコーのラストで少女が思い出の詰まった学校に別れを告げるシーンを思い出した。
日々は、たわいなく儚く過ぎ去り、だからこそ、人は思い出を慈しむ。
今を生きるということ。美味しいご飯を食べたり、たわいない冗談で笑ったり、怒ったり、そうして毎日生きること。
それは、当り前のことで、なんら特筆すべきことではないかもしれない。少なくとも、歴史の表舞台に残るような事件ではない。
だけど、それこそが人生。
ラーメンをかんすいから作って打つシーンが映画にあり、二人とも猛烈にラーメンが食べたくなった。9か月ぶりの味の時計台で塩ラーメンと塩バターラーメンを食べた。前回は、冬の札幌で入籍の日に食べたのだったかな。
札幌より味が濃くて、東京の味がした。



