「山よりほかに友はなし」 ~マヌス監獄を生きたあるクルド難民の物語~  ベフルーズ・ブチャーニー著  友永雄吉他訳

「書く」という行為は、人がなしうる高度の抽象能力で、世界を繋ぐ最高の武器となることを思い起こす刺激的な本だ。 「山よりほかに友はなし」という本は、国を持たない山岳民族であるクルド人の青年が、反イラン活動により国を追われ、ボートピューピルとなってオーストラリアを目指す。オーストラリア政府はボートピープルを難民とはみなさず、危険集団として入国を禁止し、ニューギニアの孤島、マヌス島のキャンプに隔離し何の策もなくただ、ただ留め置くという処置をとる。 食料も水もトイレも風呂も医療も電気も扇風機も不足するキャンプに多数のボートピープルが抑留され、それはまるで監獄で拷問を受け続けた毎日でもある。 山の民クルド人であるブチャーニーはイランで高等教育を受けたジャーナリストで、かれは秘密裏に手に入れた携帯電話で、マヌス島での日常を世界に発信すのる。 この本は単なる獄中記ではなく特異的なクルド文化の歴史に連なる叙事詩でもあり、悲惨な現実を越えて、自在な魂を歌い継いでいく伝承物語のようでもある。

 

 

ただ、あまりにもしんどい本なので、途中で五十嵐貴久の「消えた少女」「いつかの少年」を気軽に読んで、お口直しをした後に読み続けました。

 

母ちゃんがクルド人を知ったのは1982年のトルコ映画「路」という作品です。 トルコの刑務所から5日間の仮出所を許された5人のクルド人が、それぞれ故郷に帰り、とんぼ帰りで刑務所に戻るという映画で、たしかその年のカンヌで賞をとった作品でした。 トルコ・イラン・イラク・シリアの広大な地域の山岳地帯や草原地帯に遊牧民として住むクルド人は、国を持たず、それゆえ分割された各国の憲兵隊に追われ、ゲリラ活動をして抵抗している山の民です。 民族特有の厳しい掟に縛られており、ある男は自分の留守中に不義を働いた妻を実家に迎えに行き、捕縛され土間に転がされていた妻を背負って、息子と一緒に雪山に入り、置き去りにして凍死させるという刑を課するのです。 ある少年は故郷に帰るとゲリラの隊長であった兄が殺害されおり、すぐさま年長の兄の妻を娶って隊長となって草原に消えていく。 愛し合っていた少女と別れて……。といった女性蔑視も甚だしい映画で、憤慨して観たことを思い出しました。 民族・ナショナリズムって難しいですよねえ。 同じ神話を共有する集団、と言うことらしいですがね。