子供の頃は、
父の膝の上、母の添い寝が
私にとって極上な居場所でした。
大人になった現在の居場所は、
いったい何処なのだろうと自問自答してみた
残念ながら、
家庭……♪
ではない。
ならばいったい何処(゜Д゜≡゜Д゜)?
やはり、私の居場所は
仕事上出会った一人一人の方々と過ごす
場所や時間だった
決められた時間内のたまたまの出会い。
その中に、
居心地がいい場所がある。
hiro-sanのお話の中の
「人は居場所がないと感じると、精神を病んだり、アルコールに溺れたりする。他者に貢献することで、居場所を確保すればいい。」(アルフレッド・アドラー)
人は自分の「存在を否定」されたとき、生きる希望や、精神的なよりどころを失ってしまう。
よりどころとは、拠(よ)り処であり、寄り所であり、つまり、居場所のこと。
反対に「存在の肯定」とは、あなたがいてく
れてよかった、あなたに居て欲しいという、人から必要とされることだ。
これからの時代は、会社という居場所の存在が少しずつ希薄になってくる。
だからこそ、いくつもの拠り所が必要となってくるということだ。
自分がほっと安心できる場所。
居心地のいい場所。
認めてくれる場所。
必要とされる場所。
つまり私の心の拠り所は、
仕事を通しての高齢者だったのです✨
本当に私はよい仕事に出会えた🙆
それは、
私にとっての拠り所となる幸せのひとときを
送れる場所であり瞬間であるのです。
あの笑顔のためによし!がんばるゾ〰️😃

