かつて、大洋やロッテの本拠地だった川崎球場で現在は富士通スタジアム川崎の名称になっている場所での昨年開催されたイベントでした。
○2月2日 富士通スタジアム川崎

第3回で初めて参加しました。
ロッテの応援団長だった人が川崎球場だった頃の説明してくれました。

今でも残る照明灯と外野フェンスは、川崎市の指定文化財になるように請願していて、ソフトバンクの王会長も署名しているみたいです。

かつては観客が流しそうめんを客席でしていたこともあり有料イベントになってました。
珍プレーの番組で映る事を目当てで流しそうめんをやっていたのでしょうが、試合を見ないでそんな事をしている人を小学生ながら面白いとは思いませんでした。
当時は読売戦やナゴヤ球場は客がかなり入っていたけれど、それ以外の球場でもやれたでしょうが、川崎球場の係員は注意しなかったのでしょう。

川崎球場が満員札止めで入り切れない試合では、観客が登って試合を見ていた事やロッテの島田が住んでいて有名になったハウスプラザ角倉は、横浜スタジアムのウイング席よりもグラウンドまで近そうな気がします。
かつてのイベントではハウスプラザ角倉に入ったこともあるみたいです。

川崎球場の外野席で観戦したことが無かったから、このゲートは初めてでした。
尊敬しているベイスターズファンだけど、ロッテの西村元監督の現役時代から西村ダンスを外野席で踊っていたこの人はオリオンズユニフォームも似合っていました。

スペシャルゲストの村田兆治が登場しました。

1985年に手術から復帰して勝ちまくる「サンデー兆治」、1989年に200勝を川崎球場で決めたい熱投はテレビで見ていたレジェンドが、マイクを持って熱く話してくれます。

マサカリ投法を見せてくれます。
ロッテの村田を見ていないので、マスターズリーグやモルツでは見ましたが川崎で見るのは格別です。
座っている人の先や、野球をやってた事が無さそうな人にも豪球を投げ込んでいました。

村田兆治クイズで優勝した人はサイン色紙を貰っていました。
今でも伝説の試合になっている10.19のロッテー近鉄のダブルヘッダーを川崎球場で見ている人だから付いて行けば良かったです。
隣接する、かわQホールでは数々の展示物を見られました。

ロッテオリオンズの川崎球場時代の記事が多かったです。14年間で大記録を達成した選手が多かった事が分かります。

大洋ホエールズの川崎時代のユニフォーム等がありました。

張本が3000本安打を打ったメモリアルプレートです。

王が700本塁打を打ったのは川崎球場みたいでした。
この日以外は、管理事務所でも貴重な物を見られるようです。

川崎球場では、プロの試合よりも高校と社会人の試合を多く観戦したので、昨年発売された川崎時代の大洋ホエールズと2013年に発売された川崎時代のロッテオリオンズの事を雑誌は覚える事が多いです。

イベント後は、川崎駅に戻る途中の「食道園」に行きました。
2000年に川崎球場の最後の試合だったオープン戦の横浜ーロッテの試合後に行って以来でした。

嶺井のサインがありました。

日本ハム時代の糸井のサインで「さま」って平仮名で書く人は初めて見たかもです。

糸井のサインがあると聞いていて行った老舗で美味い焼肉を食べました。
川崎球場が続いていたら、ここにもっとたくさんの野球選手も来店していたでしょう。