東海林さだお | まつすぐな道でさみしい (改)

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  子供のときから家でずっと食べてるので、つい、どこの家でも食べているものとばかり思っていた食べ物が、実はそれは自分の家だけの独特のものだった、という経験ありませんか。

 小学生あたりではまだ気づかず、高校生あたりになってみんなと食べ物の話をしていてどうもかみ合わず、それでやっと自分の家だけの食べ物だったと気づく。あるいは会社に入ってから、みんなとすき焼きを囲み、

「あれ、里芋はどうした。里芋が、無いぞ」

 と騒ぎ、

「エ? おまえんち、すき焼きに里芋入れるのか」

 と驚かれ、

「エ? すき焼きに里芋入れないの」

 と逆に驚き、みんなに軽蔑され、初めて世間一般ですき焼きに里芋を入れないことを知る。

 こういう"軽蔑もの”は、かえってみんなに親近感をもたれ、その事件以後は、「里芋のヤマちゃん」などの愛称をつけられ、以前よりみんなとうまくやっていけるようになるというメリットがある。

 その逆もまたある。

「あれ? 松たけはどうした。松たけがないぞ」

 と騒ぎ、

「エ? おまえんち、すき焼きに松たけ入れるのか」

 と驚かれ、

「エ? すき焼きに松たけ入れないの」

 と逆に驚き、以後、「松たけの井上」などのあだ名をつけられて遠ざけられる。

 わが家にはもう一品「肉天」と家族全員に呼ばれていたものがあった。

 これはわが家の大御馳走だった。

 豚のコマ切れ肉を細かく切り、玉ねぎの切ったものといっしょにコロモと混ぜて揚げるかき揚げの一種である。

 これを醤油で食べる。

 子供のころはこれがおいしくておいしくて、兄だい中で、

「ニクテンはまだか。ニクテンはいつか」

 と待ちわびていたものだが、給料日当日、ないしはそれ以後の日に月一回、という限定食品だった。

 この肉天が、わが家独特食品であることを知ったのは大学生になってからであったが、肉天については誰にもしゃべらなかったので、あやうく恥をかかずにすんで今日に至っている。

 こういう”わが家独特のもの”は、これから先、たぶん消えていく運命にある気がする。

 テレビなどによる食の情報によって、わが家独特のものは早めにわが家独特のものとして認識される。

 子供のころ、近所の友だちの家に遊びに行くと、その家独特の匂いがあった。 

 その家のコタツの匂い、その家の台所の匂い、その家の人の匂いが家の中にこもっていた。

 家族というものの匂いである。

 その家独特ものの消滅と共に、家族の匂いもまた消滅していくのだろう。



 これは東海林さだおのゴハンの丸かじりというエッセイ集のなかの一節であるが、私はこれを読みながら「肉天」なる食べ物を無性に食べたくなってしまった。

 

 しかしながら前記の通り、これは”東海林家独特のもの”であり、どこかに売っているというものではない。


 食べたければ自分で作るしかない。




 という訳で、このエッセイに出て来る”肉天なるもの”が食べてみたくなって、作ってみました。ってblogを書くつもりでここまで書いてて、画像が欲しくて検索してみたら、なんと東海林さだおさん亡くなっちゃってたのね…


 そういえば昨日、紀伊国屋で一冊丸ごとタンマ君なんて文春が売ってるの見て珍しいなって思ってたんだけど、追悼号だったんだね。


 ご存知かどうか知らないけど、東海林さだおってのはおじさん向けというか、もうおじいさんしか読まなくなった男性週刊誌で2.3ページのサラリーマン物の古めかしい漫画を連載していた漫画家ですが、私はこの人の書く漫画よりエッセイの方が大好物で、週刊朝日で連載されて文藝春秋社で文庫化された物をBOOK・OFFでよく買っております。


 なんといってもかなりの巻数が出ているのと、享年88歳のおじいさんが書いていることもあり新しい物も古い物もあまり変わりが無いので待ち遠しくて新刊を買うと言うことはありませでしたが、東海林さんがお亡くなりなったことで通算48巻目になるあんこの丸かじりが最終巻になるようで、これは新刊で買わせて頂こうと思います。





 てか、丸かじりシリーズってハードカバーで発売されてたんですね。


 文庫版しか見たこと無かったので驚きです!


 肉天作ったお話はこの後に書きますね。