徹志会での勉強にも慣れ、先生を始め仲間内の連帯感が高まる一方、職場の変化や家庭の雑事に追われ、『予定』は益々遅れていく。

『仲間との連帯感』は大部分に於いてはプラス方向に作用していたが、夏に向かうこの時期は本来『基礎固め』が重要で有るところ、

神ならぬ身の哀しさか、油断すると、『みんなの平均』に合わせて仕舞おうとする心理が働く。(俺だけかな?)

特に、6月以降に始まった徹志会の科目別答練(200点部)では点数的に中庸で有る事に妙な安心感を覚えてしまい、真摯な問題復習から目を背ける事が多かった。

先生からはその時点で採るべき点数を明確に示されていたにも拘わらず、である。

希望を持ち、前向きな姿勢を保つのと同時に、
『これでいいのか、間違った方向に向いていないか』、と言う自己に対して厳しい姿勢も忘れてはならない。適時先生に相談し、結果と対策を仲間と共有する様にしたい。

想うに、『失敗後』(本試験後)の時間の過ごし方は、非常に重要だと今は感じている。

昨今の本試験の『難化と変質』に鑑みれば、初学者は言うに及ばず、私達複数回受験生にとっても、
(社会人である事を併せ考えれば)

『一年』は決して余裕の時間では無く、ましてや、『暫く試験から離れる時間を取る事』は、『合格』を先延ばしする行為にも比肩すると想われる。

行政書士試験は難化変質を続けている。
幸い私達は徹志会に於て先生から、行政書士試験の、
『より法的思考力を問う方向への変質』、に対応できるだけの『技』を教わり続けている。

即ち、試験委員会がこれからの行政書士としての『法的思考の資質』を私達に問う試験であると認識すれば、

自ずとその勉強法の外延が浮かび上がってくるのであろう。



前述の様に、試験後から1月一杯まで、徹志会のレジュメに目を通す以外には殆ど勉強らしい事をせず、

ようやく2月から、昨年分Wセミナー科目別答練のやり直しを始める。

時間的には、平日の夜せいぜい1時間(集中時間)、休日(徹志会の日以外)に2~3時間程度と極めて少量で、予定はどんどん遅れた。

しかも、単なる[演習→解説]の繰り返しで、『今、これを理解し覚えるんだ!』という気迫に乏しかった様に想う。

得てして目的の定まらない行動は何等の効果ももたらさない。効果(成果)から逆算した、目的を持った学習計画の重要性を認識すべきであった。