こんにちは!
ついこの前、
長野に帰って来たばかりだったんですが、
やっぱり諦めきれない・・・
というわけで再度東京へ。
会社の有給とって
としまえんの最期を見届けてきました!
ラスト花火のあとの閉園セレモニーにも
参加することができました。
特設ステージにスタッフの皆さんが
ずらっと勢揃いしてご挨拶。
そして「カルーセル・エルドラド」のラスト運転・・・
運転を終え、消灯した木馬に向かって
「あーりーがーとー!!」と叫ぶ子供たち、
泣きじゃくる子供たち、
放心状態で木馬を見つめる大人・・・
私と娘もたくさん泣いて木馬とお別れしたあと、
出口へ向かって歩き始めると・・・
メインストリートの両側に
スタッフの皆さんが並んで
「ありがとうございました!」と
笑顔で手を振って
見送ってくださっている。。。
泣くよねーーー(ToT)
としまえんの歴史的資料を
展示してある会場には、
寄せ書きのスペースがあり(圧巻!)
下のは娘が書いたメッセージ。
「としまえんありがとう
つぎわ なんの としまえんに なるのかなー」
と書いてあるそうですw
としまえんが開園したのは
大正15年だそうで。
祖母・オカン・私・娘と
4代に渡ってお世話になったんですねー
たくさんの幸せを、
本当にありがとう
そして、こちらのツイートには、
印象的な寄せ書き10選が載っていました。
としまえん、閉園8日前の寄せ書きコーナーに行ってきました。
— 社会性 (@ayuayuni_c) 2020年8月24日
編集者という職業柄、美しい言葉が並んでいる様子がとても魅力的。
個人的に好きだったフレーズ10選をツイートしますね
(※8/23時点、"コメント全体"ではなく"フレーズ"重視で) pic.twitter.com/6TujYVsjdA
ここで紹介されていた、この寄せ書き↓
「ここにあるのが当たり前だった」
「わかる!」
「わかる」
「わかる。」
「わかる!!!!」
「わかる!!!!」
と、めちゃ共感されています(笑)
ほんと、地元民にとっては
「あるのが当たり前」でした。
だから普段は意識しないんだけど
失うことになって、改めて
その存在の大きさに気づく、という。
私も、20代の時はほとんど
としまえんに行かなかったです。
子供ができてからは、
また頻繁に行くようになったけど、
平日は閑散としていて。
全盛期を知っている分、
寂しい気持ちにもなりました。
(待たずに乗れるのは良かったけど)
でも、閉園が発表されたあとは
たくさんの人が訪れるようになり、
最終日のカルーセルエルドラドは、
待ち時間が2時間を超えたそうです!
失ってから、
どれだけ自分にとって
大事な存在だったか、
身に沁みて分かる。
で、
『0Rei』では自分の手足や
オカンが例として挙げられていたけど、
自分の命も
そうじゃないかと思うんです。
自分が今生きているのは当たり前で、
明日も当然生きていると思ってしまう。
でも、もしかしたら明日、
自分の命はないかもしれない。
もしかしたら、
1カ月後になくなるかもしれない。
そのときになって急に
「あれをしておけばよかった」
「これもしておきたかった」
「もっとこうできたんじゃないか」
そんな思いが駆け巡るかもしれない。
自分がこれまで無駄にしてきた
「時間」というものの価値が
身に沁みるかもしれない。
5年前、私の親友が亡くなったんですが、
葬儀の少し後、私の夢に出てきて、
「時間を大切にしろ」
「本気出して生きろ」
と渇を入れられました。
誰かに遠慮したり、
恥ずかしがったり、
恐れたりしないで、
本気の自分で生きる。
限られた、
日々の時間を大切にする。
そうやって、
いつ終わることになっても
「悔いのない人生だった!」
と言えるような人生にしたい。
としまえんの美しいイルミネーションや、
感動的な花火を眺めながら、
そんなことを考えていたのでした。
ではまた~




