私が兵士に連行されたのは、罪を犯した者を囲っておく、ハレムの北側にある牢屋だった。
半地下にある牢屋は、かなり高い場所にあかり取りの小さな窓があるだけの、薄暗い場所だ。
硬い石の床、足首には太い鎖が付けられる。
壁の鎖に両手を拘束された。
両手を広げた状態で立たされている格好だ。

『今から貴女様は罪人です。明るくなれば、父王様がいらっしゃいますが…拷問は免れないでしょう』
兵士は罪人として牢屋に入れられた私にまだ敬語を使ってくれている。
『ありがとう、気を使ってくれて』
『失礼します』
兵士はそう言って牢屋から出ていった。
今、牢屋には私しかいないのだろう。
静かだ。

外はゆっくりと明るくなってきたのだろう。

微かに人の声が届く。


ああ、私の脱走を見逃してしまった侍女は無事だろうか。

叱られてはいないだろうか。
母は、こんなことになっても私のことなど見向きもしないのだろう。
そう思うと、なにか虚しくて涙が出た。


日がかなり高くなったのだろう時間に、父である皇帝が兵士ふたりを引き連れて牢屋にやってきた。
…今から私は拷問を受けて死刑になるのだろう。
『脱走を企てた皇女はおまえか?』
低く重い声が父から発せられた。
とっさに私は頭を低く下げた。
顔を見るのは失礼にあたるからだ。
私は頭を垂れたまま、頷く。

ハレムの外に許可なく出ようとしたことは、脱走と言われても仕方ない。


ああ、初めて父親の姿を見るのが牢屋なんて…。
なんて酷い人生だろう。

兵士が近寄り、私の目に布を当て、視界を塞ぐ。

『罰は受けなければいけない。わたしは皇帝として、罰を与えなければならない。許せ』

父はそう私に聞こえるように宣言した。
『鞭打ちの罰を与える』
目隠しをされたまま、両手の鎖が一時はずされ、後ろを向かされた。

そうして再び、両手は固定される。



しばらく後、しなるような音が耳元に聞こえた…と思った次の瞬間、背中に激痛が走って、悲鳴が口から漏れた。
あつい、背中が焼けるように熱い。
痛い、よりもあついのだ。
堪えようとしても、あまりの衝撃に悲鳴は漏れてしまう。

何回鞭打たれるのだろう。

視界を塞がれ、時間の感覚がないまま、永遠に続くような錯覚に陥る。

鞭がしなり、風を切る音だけが敏感になった耳に届く。


立っていられなくなり、膝から崩れかけても、鎖で拘束されている両手に体重がかかり、重さと痛みで倒れることもできない。


意識が遠くなってきた頃、ようやく鞭打つ手が止まった。
『あとは任せる』
『御意』

そんな会話を聞いたのを最後に、私は気を失った。




背中の痛みと体の熱にうなされ、私は重い瞼を開けた。


うつ伏せに寝かされているらしい、見たこともない部屋。

冷たく薄暗い半地下の牢屋ではないが、ここはどこなのだろう…。



『お目覚めになられましたか、姫様』
しわがれた声が掛けられ、慌ててそちらに向こうとしたが、背中の激痛に阻まれた。
漏れそうになる声を、必死で飲み込んで痛みに耐える。

『ああ、申し訳ございません。お背中の傷が痛んだのでしょう、そちらに回りますね』
言葉のあとに、静かな衣擦れの音がして、私の視界に年老いた老女が映る。
『失礼いたしました。わたくしはこちらで薬師をしております』
薬師は医師の代わりに薬や薬湯を処方する人物で、ハレムにもいたと記憶している。
『…ここは』
掠れた声で尋ねると、老女は優しい笑みを浮かべて答える。

『ここは、宰相閣下の居城にございますよ、姫様』


宰相閣下…という言葉に私は思考を止めた。