応其寺(おうごじ)にお参りしたあと、

お寺からも見えている建物が

以前から気になっていたので、

車で移動して見に行きましたニコニコ

 

こちらのレトロな建物は

「火伏医院(ひぶせいいん)」です。

 

以前は旧大和街道に接して南側に建てられていたそうです。

区画整備により、現在地に曳屋工法で移転されました。

 

主屋は、享保6年(1721)の建築です。

 

格子が町家風だな~と思ったら、

もとは塩問屋を営む商家でした。

 

大正時代に医者となったようです。

 

いつの頃のか分からないけれど、

今ではあまり目にしない

病院の琺瑯看板がありました。

 

内部の見学は、私有物につきされていません悲しい

 

主屋は木造で、平屋一部2階建てとなっています。

 

虫籠窓(むしこまど)

 

主屋に隣接する板張りの洋館は病院棟で、

大正時代の建築です。

 

淡いミントグリーン系の色で

縦長の窓なども素敵ですニコニコ

 

木造2階建てで、紀の川の洪水対策として

1.3メートルの高床となっていて

橋本らしいと思いましたニコニコ

 

主屋と共に2004年、国の登録有形文化財の建物です。

 

火伏病院の道路を挟んで向かいに

「みそや別館」の建物があります。

こちらもレトロな建物でした。

 

明治17年(1884)に、

京都から大工や職人を招いて建てられた

京都風町家です。

現在は呉服店を営んでいられます。

 

創業は明応4年(1495)で、

当時から橋本市に所在しており、

かつては旧大和街道に面していました。

 

もともとは味噌を製造していたので、

屋号が「みそや」となったようです。

 

味噌は川舟に積んで紀の川を下り、

紀伊半島沿いに主に江戸へ運ばれ販売されたようです。

 

慶応元年ごろから京都の呉服を販売されました。

徒歩で大阪まで行き、

淀川を舟で上り、京都で呉服を仕入れ帰ってきたそうです。

 

 

 

こちらの建物も区画整備により、

曳家工法により仮移転し、

ほぼ元の位置の現在地に移転されているそう。

 

2階建ての主屋は表屋造り風で、

主屋、上蔵および離れ屋敷・下蔵の3棟は、

国指定登録有形文化財となっています。

 

たぶんこちらも普段は内部の見学はされていないと思うのですが、

みそやさんのインスタを拝見させていただいたら、

振袖姿の女性(成人式の前撮りや雑誌のモデルさん)が

店前や店内で撮影されていたり、

店内の展示会などの写真や動画もアップされていました。

 

中庭があったり店内の様子が分かって

それを見て私も店内を実際に見てみたい!と思いましたニコニコ

 

今回は外観だけの見学でしたが、

表にばったり床几(しょうぎ)

(ばったん床几とも)

がありました。

 

普段は掲げているけれど、

「ばったり」と下げるからその名があります。

 

これを下して商品などを並べ店を開いたり、

腰掛になります。

 

火伏医院前あたりから向かいを見ると、

土地の高低差に驚きました。