姑の過干渉が始まると、夫が話していることに私が返しても、会話になりませんでした。夫は私に「お前に言ってない」「何にも知らないくせに」などなど、私が夫の発言に反応するのはやめようと思えることしか言わなくなりました。


今年に入って加速度的に夫は子供達に関わろうとするようになり、私とも会話しようとするようになりました。私は、自分に話しているというとが明らかな場合のみ返します。世の中「聞かなくていい話」はたくさんあって、わざわざ「聞こえよがしに」耳に入れてくる人もいます。夫や姑や義妹もそういう話し方をしていましたが、そういう人は他にも大勢見てきました。夫も姑の過干渉でイライラしていた時期には悪態をついて発散するという時期が長かったので、わざわざ聞く必要もないなと聞き流すことが多かったのです。


夫の話し方は、「察してほしい」という話し方です。ひとり言のようなつぶやき(だけど大きな声)にノッてもらいたいのです。大きな反応をしてもらうと夫の発言が威力を持つのが励みになる(うれしい)という印象を受けます。ひとり言にも私が反応すれば会話にはなるものの、「察して」もらうのでは、「他人に何とかしてもらう」というテイに変わりありません。それは姑の過干渉が鬱陶しいのに身を委ねてきてイライラしていた過去と何ら変わりないのです。これでは人任せにしてきた為に失敗したのが、継続されてしまいます。


私は私に話しかけているとわかる状態でのみ、会話に応じます。あるとき夫は「普通に会話したいなー!」と叫んでいました。また聞こえよがしです。そもそも「普通」が自分の中の基準でしかないことに気付いていません。夫の言う「普通」は、「察して盛り上げて」ほしいということです。姑や弟妹は、察して盛り上げて夫を喜ばせることを素でやっています。ずっとこれでは、夫が死ぬまで夫をヨイショし続けなければなりません。これは会話だけでは済まないということが、この15年以上の生活でわかりました。


「察して盛り上げて」ではなくしっかり話し掛けてほしいので、こちらから話し掛ける時も夫の名前を呼んで、わかるように話し掛けていこうと思います。