1か月に及ぶ療養休暇が今日で終了です。

就職してから育休を2回取ったし、療養休暇も取ったことあるけど、こんなに身体を休めたのは初めてだったかも。

というか、こんなに動けなくなったのは初めてだった。まさかの、二度目の突発性難聴で😅

前回とは身体が全然違ってた…。


昨日は退院後、初めての通院日。

聴力検査の結果はなんと、高音域以外はほぼ発症前の聴力に回復していました。しっかり療養した甲斐があったと思います!

現状では生活にはほぼ支障がありません。

聴こえ始めの頃はテレビはよく聞き取れなかったけど、今はテレビもほぼ字幕なしで大丈夫。

場面によっては聞き返すことも多いけど、このくらいなら仕事もなんとかなりそう。


主治医いわく、高音域は年齢と共に聴こえが悪くなるので、今回の発症で落ちたのか、この数年で落ちたのかはわからないと。

イヤイヤ、発症前に聴いてた曲を聴いたら、今回の突発性難聴で聴こえなくなったのは体感してます。

まだ服薬は続けるので、最後の高音を取り戻すまで頑張りたい☺️。音楽は人生の喜びだから。


明日は、1か月ぶりの出勤。

部下にも色々とご迷惑をおかけしたので、これからは健康に留意して倒れることなく、持続可能な働き方に努めたいた思います!

日常生活に支障のない聴力を取り戻せたことに感謝して、残りの人生を大事に生きたいと思う。


それにしても、二度目の突発性難聴。

この一ヶ月、いろんなことを考えました。

体質もあるとは思うけど、二度も入院しちゃうってやっぱり…身体や自分にもう少し気を使えってことだよねと、さすがに反省。

特に退院してからは家族、特に夫との関係を考えさせられました。

若くてがむしゃらに何でもできるうちは良かったけれど、50代半ばになって自分の体力も落ちてきて、仕事の責任も増した今、家庭内のケアワークをすべて私が引き受けるのは無理になったのだなと。

しかも、心のどこかで私はそれに対して不満を抱えながら、無理矢理抑え込んできた。それもストレスだったのだと思う。


夫には少し特性があって、相手のことや気持ちを察するのが苦手。今回も一度も「大丈夫か?」とか「無理するな」とか、「何をしたらいい?」と言われることはなかった。

お願いしたことだけはやってくれるけど、私がどんなに難儀そうにしていても、そこからはみ出すことはしない。基本、指示待ち。

退院した直後は今更ながら夫の特性に驚き、アナログのロボットみたいに指示したことしか出来ない夫と、動かない自分の身体を抱えて途方に暮れた。

正直、このまま聴力を失うくらいなら、夫を切り捨てようと思った。

とは言え、一人暮らしに比べれば、指示したことをやってもらえる環境はありがたかったけれど。

ただ、これから年齢を重ねていけば私が突然、動けなくなるリスクはどんどん高まるわけで。

このまま、家族に依存された生活を続けることは、お互いにとってリスクが大きいんだと、冷静になった今も感じています。これからは夫にも息子にも、少しずつ自立してもらわないと。

私が今のポジションで仕事をするのはあと5年間。これは私が今まで自分の努力で得たもの。この立場に置かれたことを生かして、世の中に少しでも役に立つ仕事をしたいと思う。聴こえなくなるかもと思った時、願ったことの一つでした。

そして、まだまだ仕事以外にもやりたいことは山ほどある。50代になり、ようやく自分のために時間を使えるようになったと思った矢先だったから。



限りある時間と力を何に注ぎたいかと考えた時、私は取り戻した聴力で仕事と、自分の人生を大切にしたいと心から感じている。


休むこと、自分の力を注ぐべきものを知るための二度目の突発性難聴だったかもしれないな。