あけましておめでとうございます。

2022年です。そして昨日から仕事も始まりました。年末年始の休暇、六日間が過ぎ去るのはホントに早かった😭。

昔話の浦島太郎が竜宮城があまりに楽しくて月日の経つのも忘れたと言うけど、まさにそんな感じ😅。

あけましておめでとうございます。

鏡餅コスプレをさせられたウサギのミルクちゃんです。


久しぶりに長男も帰省して、家族全員で過ごした年末年始。超楽しかったです。

前半の三日間はひたすら掃除、買い出し、家族の送迎。唯一、自分のためにしたことと言えば、毎年恒例のホットヨガ納め「太陽礼拝108回」に参加したこと😆。

で、納めましたとも!

おかげで全身筋肉痛になったけど…。これがまた良い。


そして大晦日から昨日まで、私の大仕事はひたすら家族にご馳走を食べさせること❗️

テイクアウトも結構使ったので、全部手作りではありませんが、

大晦日のおせち、お刺身、オードブル、に始まり

元旦はすき焼き。

二日は夫の両親とお寿司、夜はカニ天ぷら。

三日は中華オードブル。次男のお誕生日ケーキ。

昨日は鯛しゃぶ。


家族全員で「年に一度のご馳走よ!」と、言いながら食べて、笑って、飲んで、また食べて。

気のおけない身内と安心できる自宅で、お腹いっぱいに美味しいものを食べる幸せ。

これぞ、この上ない喜び。

貧しいものも、富めるものも、いずこの国も、この幸せは万国共通。

そして私の体重も1.5kg増😳。

(食べさせるだけじゃなく、当然、食べました)


今から20年くらい前。

就職して3度目に配属された先は、滞納先にお金をもらいにいく部署でした😅。

当時の上司がよく話してた。

「いいか。行った先で何か出されたら、ちゃんと食え。相手に信用してもらうためだ。」

今思えば、確かにそうだなと思う。

1時間話をするよりも、何かを共に食べる方が心が通うことがある。


おかげで訪問先の人たちに集金の約束を取り付けたことも多々あり。(当然、相手に敬意を示した上で信頼関係を築くのが大前提ではあるけれど。)

その後、配属された別の部署で、相談援助職についた時もこれは私のモットーになった。

どんなに汚れた茶碗で出されたお茶も、お菓子も基本はいただきました。それは基本、相手の気持ちを受けとめることだと思っているから。


海外でホームステイをした事が何度かある。

一番最初にニュージーランドで出された食事はスパゲティの缶詰だったな。

正直すごく不味かったけど、感謝して食べました。すぐに慣れたし😅。今だに忘れられない食事エピソードのひとつ。

海外の食べ物って、時々、想像の斜め上をいくようなものとか、得体の知れないものとかがある。

けれど、現地の人と同じ物を食べる、食事の時間を共有することで、本当に人との距離が縮まるよね。


先日、久しぶりに職場で忘年会をしたり、今回2年ぶりに家族や親戚とお正月のご馳走を囲んだことで、「共に食べること」の偉大な力に改めて気付かされました😳。


3年前に亡くなった母は、小さい頃に戦争で食べ物に苦労した世代。そもそも母親という生き物のサガなんだろうけど、とにかく食事を食べさせることが彼女の最重要課題だったと思われる。

「ご飯食べたか?食べて行きなさい。」は母にとっての、I love you だったのだと思う。

それは確実に私のDNAに引き継がれている。


幸い私は食べ物に苦労する暮らしではないけど、

アラフィフになり、家族や友人と美味しい物を食べること以上の幸せはないのではないかと最近、心から思っている。

富も、名誉も、美も、愛のこもった食事には絶対にかなわない。


人間はある程度お金がないと幸せになれないらしいが、あるレベルを超えると、そこから先の幸福感はお金では叶わないと聞いたことがある。

それはきっと人とのつながりで、それをつくりあげるには、一緒に食事を食べることってすごく有効だよね、と思う次第です。


アラフィフ51歳の私に残された食事はあと何回だろう?

一日3食、平均寿命で計算したら

およそ38000回。

でも、うちの両親は最後は食事の取れない状態で亡くなっているし、姉妹のように育った幼馴染は2年前に本当に突然亡くなった。

先のことなど神様にしかわからない。


人生は一度きり。必ず終わりの来る旅。

今年一年、大切な人たちと幸せな食事をうんと楽しもう😆❗️

皆さんもそうでありますように。


長男が帰る朝。スーツケースに何か感じているミルクさん。長男にまとわりついて離れなかった。