3月29日(月)
年度末も佳境である。
今日も降りかかるトラブル対応に追われまくる、不出来な女性管理職である😩。
こんな日は「ああ、聞こえない、聞こえない。」とあえて、聴力低下を言い訳にしたいものだが、何故か嫌な話は無理にも聞かせられるのである😅

気分を変えて。
先日、バラエティー番組でラッキーな鶏の話が紹介されていた。動物園で他の動物の餌になるはずだったのに、繰り返しその運命を切り抜けて、今では幸運の鶏として大事に動物園で飼われているという!
その話を聞いて、それならばうちのセキセイインコ🦜のピーコもかなりラッキーな小鳥だったのでは😳‼️と思った次第です。

ピーコは私が子供の頃に実家で飼っていたセキセイインコ。
実はピーコ、兄が魚取りに行って捕まえてきたインコである。小学1年生だった私は、魚を取りに川に行った兄が、何故、セキセイインコを捕まえてきたのか?意味がわからなかった😩。
どうやらピーコはどこかの家から逃げ出して、お腹が減って動けなくなったところを兄に見つかり救われた?ということらしい。

なかなか賢いインコでよくなつき、私が学校から帰って来ると足音を察知してかなり遠くから鳴き始めると両親が言っていたくらい。

そんなピーコに人生2度目のピンチが訪れた。
祖父がカゴから出した瞬間、玄関の開く音に驚いて飛んで逃げていってしまったのである。
小学生だった私はもちろん号泣。

セキセイインコは所詮は小さな小鳥。最初に兄が捕まえた時のように、普通であれば自分でエサが見つけられず餓死するか、外敵にやられてしまう。
けれど、そこは幸運のピーコである。
なんと、また人に捕まったのだ。
しかも、まさか母の実家の親戚の家に😳‼️
また信じられない偶然で、我が家のインコが逃げたらしいと言う情報が親戚からめでたくその家につながり、一週間ほどで我が家に帰ってきたのである!

一度ならず、二度も逃げ出して捕まっただけでも、幸運なのに、我が家に戻ってきたのもかなりの偶然である。

そして、ピーコの幸運はこれだけでは終わらない。晩年、ピーコは良性の癌を患った。
両足の間に最初は豆粒くらいの、そしてそれがどんどん膨らみ最終的には玉子ポーロくらいのシコリが出来た。
当時、中学生だった私は心配でいたたまれず、電話帳を探して遠くの獣医に相談をした。見かねた姉が獣医さんに連れて行ってくれたが、
「良性の腫瘍ですね。小さい小鳥だから、こんなに大きくなってしまうと処置のしようがない。」と言われてしまった。

私たち姉妹は大変悲しんだけれど、今思えば一番心を痛めていたのは母だったよう。
後に「朝起きてカゴにかけてある布を外す時、ピーコが死んでいるのではないかと本当に切なかった。」と言っていた。

ところがである!
ピーコの腫瘍は日々、大きくなっていったけれど、それにもましてピーコの食欲が増していく。
元々、好物ではあったけど、みかんをことさら食べていたのを覚えている。
そして、ある日、腫瘍は破裂。カゴの床には謎の液体が飛び散っていたのだけれど、その日を境にピーコの腫瘍は小さくなり、ついには跡形もなくなったのだ。
まさかの全快😆‼️

結局、ピーコは人生で3回の絶対絶命の危機をくぐり抜け、我が家で9年生きた。
今までそんな風に考えたことはなかったけれど、かなりのラッキーバードである。

How lucky you are!
このブログを偶然、読んでくださったアナタを含めて!
もしかしたら、気づいていないだけで、誰もが皆ラッキーなのかもしれない😉
幸せを呼ぶと言われるケサランパサラン
山形の加茂水族館に展示されています!