11篇 指切りをした その11
和食処 たけうち は、安くて美味しいと評判だよ、と常連客らしい人が教えてくれた。お勧めは魚料理だと言うので、私は鰈の煮つけ、麻美は鯖の味噌煮を選んだ。それほど待たされる事無く料理が出て来たので驚いていると、手早さもウリだから、と先程の常連客が笑いながら口を出す。
そちらへ頭を下げてから両手を合わせた。
頂きます。
何時もの作法だったのだが、常連客が珍しいものでも見た様に目を見張った。気にせずに鰈を一口食べてみた。
あ、美味しい。
麻美も私も同時に口に出していた。それが可笑しくて顔を見合わせ笑った。勧めてくれた常連客も嬉しそうに笑顔になった。
何時の間にか客が立て込んで来たので、私達は邪魔にならない様に店を出た。すっかり暗くなっていて、街の灯りがまばゆく輝いていた。田舎から出て来たばかりの頃は此の華やかさが恐かったりもしたけれど、今では大分慣れて来た。それでも夜の街には何処か馴染めない。一人ではとても歩けないと思う。麻美も同じ様に感じたのか今夜泊めて、と言い出した。そう言えば麻美のアパートは少し遠い。途中で暗い道があるので気持ちが悪い、と聞いた事がある。兄がいる時には遠慮するのか、来た事は無いが、今日は出張だと判っているので、当たり前の様に言う。私にしても一人よりは二人の方が心強いので否やは無かった。
季節はどんんどん涼しくなって来た。たまには暑い日もあるけれど秋らしい日が続いている。夜の寝苦しさから解放されつつあるのは嬉しい。大学の講義が終わって麻美と待ち合わせている喫茶店へ行った。大学の近くにあるので学生が多く利用する店だったが、今日は意外と混んでなかった。入口から少し奥の席に、年配の女性が二人座っていた。一人は 和食処たけうち の女将さんだったので驚いた。向かい合って座っている人も何処かで会った様な気がする。何処でだったろう。見つめるともなく見つめていると麻美がやって来た。
お待たせ~。遅れちゃった?
走って来たのか少し息が弾んでいた。
ううん、大丈夫よ。
麻美が椅子に座ったので陰から真面に見る事が出来た。思い出した。兄に連れて行って貰ったレストランですれ違った年配の二人連れの女性だ。たったあれだけの、出会いと呼べるほどの出会いでも無いのに、記憶に残っていた事に驚いた。