11篇 指切りをした その10
どんな巡り合わせなのだろうか。兄の好意で高級レストランでの、美味しい食事を終えて外に出た時、すれ違った四人の男女がいた。先を歩く年配の二人は夫婦に見えた。上品で綺麗な顔立ちをしていた。驚いたのは後に続いて来た若い男女の一人が立木佳史だった事だ。隣の女性も見覚えがあった。青い鳥に連れ立ってき来た人だ。無意識だったが通り過ぎる時、兄の陰に隠れる様にしてしまった。一日に二度も立木佳史と出会った偶然に、胸がざわついて息苦しかった。
夏休みが終わって日常生活に戻った。実家の家業を手伝わされた人、遊びまわった人、アルバイトに明け暮れた人、過ごし方は人それぞれだとしても、みんな元気で顔を合わせられた事は幸せだったと思う。学生生活が始まると意識は当然の様に学業に向けられた。麻美も実家で余程厳しい事を言われたらしく、最初の頃の様な浮ついた気持ちは無くなっていた。根は真面目な子だから親の教えはキチンと守る様だ。
秋口になると漸く汗をかかずに済むようになって来た。むっとする空気も幾分軟らかだ。今日は麻美と約束していた映画を観る日だ。平日なので客の入りは若干余裕があり座る事が出来た。麻美は見掛けと違ってアクション映画が好きだった。映画をあまり見ない私を誘うのは、アクション映画好きを友達に知られたくないからだ。かと言って一人で映画館へ入るのも嫌だったので、大抵の事なら聞き入れてしまう私に頼み込んで来るのだ。ストーリーよりも立ち回りシーンが好きで、特に女性が動き回る場面はストレス解消になるらしい。私には理解出来ないが、それで麻美がスッキリするのなら、付き合うのは構わない。映画が終わって外に出ると夕暮れ時だった。兄が出張で居ないので外食の予定だ。
ねえ、何を食べる?どこにする?
急に空腹を覚えて来たらしく、麻美がお腹を押さえながら言う。
う~ん、和食が良いかな、この近場に在った気がする。
映画館に入る前に見掛けた店があった。間口は広く無かったけれど、水色の暖簾が涼し気で、何となく心惹かれるものがあった。5分ほど歩くと見つかった。和食処 たけうち と名前が染め抜かれていた。
引き戸を開けて中を見ると意外と奥行きがあって広い店だった。時間が少し早かったのか、客はカウンターに3人、奥のテーブルに2人ほどいた。
いらっしゃいませ。
女将さんらしい人が元気よく迎えてくれた。丸顔の愛想の良い女性だった。