11篇 指切りをした その17
お兄ちゃん、好きな人いるでしょ、と真っ直ぐ顔を見つめて問うと、兄は目を丸くして見つめ返して来た。なぜ判ったんだとでも言いたげだ。私は二度ほど街で見かけた事を話した。その時の雰囲気が、普通の知り合いの様には見えなかったので、恋人だろうと察したのだと。兄は素直に認めた。彼女は会社の取引先の社員で、仕事上で知り合い付き合う様になった。結婚も考えていると言う。だとしたら私が独り立ちする事は必要だと思う。兄は優しいから恋人だけを優先して妹をないがしろに出来る人では無い。気遣える人は往々にして、どっちつかずになってしまう事がある。兄が私と一緒に暮らしている限り、私を気遣ってしまうのは判り切っている。私は兄にもっと自由で居て欲しい。
結婚したら一緒には暮らせなくなるのだから今離れても同じでしょ?
むしろ一人暮らしに早く慣れた方が、兄が結婚しても寂しく無くなると思う。
それもそうかな。
兄は結婚するギリギリまで一緒に暮らす心算だった様だけれど、私が早く一人暮らしに慣れたい、と言うと渋々でも納得してくれた。
私は麻美に一人暮らしを始める心算だと打ち明けた。理由として兄が結婚しそうだから、と言ったら吃驚していたけれど、信号待ちの女性ね、と理解した様だった。傍から見てもそんな風に感じられたのは、自分だけの思い込みでは無かったのだとホッとした。
ねえねえ、だったら私の隣の部屋へ来ない?今空いてるよ。
麻美が住んでいるアパートの隣人が、つい最近引っ越して行ったのだと言う。何度か遊びに行った事があるので、場所も部屋の間取りも判っている。築年数は経っているが比較的綺麗なアパートだ。大学にも近くなるし、何より麻美と同じアパートならば安心だ。兄に相談すると賛成してくれた。麻美の紹介で大家さんに会い、条件を話し合って契約を結んだ。引っ越しは何時でも出来ると言う事だった。
引っ越しは春休みに入ってからにした。準備と言っても家具は殆ど無いので、スーツケースに衣類を詰め込んで終わりだ。兄がベッドを買ってくれたので、自分で用意したのは小さなテーブルと調理器具だけだ。食器は今まで使っていたものを持って来た。引っ越しを手伝ってくれた兄が心配しながら帰って行った。麻美も自分の部屋へ戻ったので、初めて一人きりになった。誰もいない部屋は馴染んでいないだけに寂しくて落ち着かなかった。これから此処で三年間一人暮らしをするのだ、と身が引き締まる心地がした。一人暮らしとは言っても、隣に麻美がいるのだから、気持ち的に安心感があるけれど、なるべく頼らずに頑張ろうと思う。