11篇 指切りをした その27

 

 思いの外、立木佳史は話し上手だった。菊入重子に紹介された時は、無口で表情が冷たい感じがしたのに、こんなに優しく笑う人だったのだ。自分の生い立ちの話から思い出話になった。


  僕ね、子供の頃、川内町に行った事があるんだ。


さり気なく出た言葉に耳を疑った。私の故郷と同じ町名だったから。


  小さい頃は身体が弱くて、田舎で静養した方が良い、と言われてね。
  川内町に遠縁だけど親戚がいるからって勧められて…。


しみじみとした口調から懐かしく思っている様子が伝わって来る。


  親戚の家の近くに川があって、地元の子供が遊んでいるのを眺めてた。
  親戚には子供がいなかったから、僕は寂しくてその川へ行ったんだ。
  川べりでボンヤリ座っていると一人の女の子が声を掛けて来た。
  家が近所だから僕の事を時々見掛けていたらしい。
  色々話をしてくれて、そのうち遊ぶようになって、仲良くなった。
  その子と遊んでいるうちに、何時の間にか駆けっこも出来るほど
  身体が調子よくなって来てた。
  迎えに来た母さんが吃驚してたよ。


立木佳史の思い出話の筈なのに、私の記憶の中の或る思いと重なって来た。


  その子の事、僕は しいちゃん と呼んでたんだ。


真っ直ぐに私を見る立木佳史は思い出してと言いたげだった。


  あ…、あの、よし君なの?


子供の頃の儚げな男の子が目の前の立木佳史だなんて想像できる訳が無い。信じられない思いで見つめていると佳史は弾ける様に笑った。


  あの頃は頼りない男の子だったからね。
  あれから鍛えたんだよ。
  しいちゃんに相応しい逞しい男になろうって。


何だか恥ずかしい言葉を聞いたような気がして顔が赤くなった。


  しいちゃん、覚えてる?
  来年も会おうね、って指切りをした事。


こくりと頷いた。忘れる訳が無い。ずっと待ってた。毎年毎年、夏休みを待ってた。


 あの後、父親の転勤で遠くの町へ引っ越してしまったため、川内町へ行く事は出来なかったのだ、と立木佳史は約束を守れなかった理由を話してくれた。大人の事情では子供の約束など守れる訳が無い。仕方が無い事だ。それなのに今こうして再会できている。まるで夢の様な現実に私は涙を堪えるのが精一杯だった。


  やっと会えた…。


しみじみとした立木佳史の声が少しだけ震えている気がした。幼い頃の約束の指切りの情景が目の前を流れて行く。恋の予感がした。