私はうつ病で2023年4月から休職していました。
<今回はかなり重たい話になりますので、うつ病に関心の無い方は読まない方が良いと思います。>
1か月毎の様子を記載したいと思います。
ずっと日記を付けていたので振り返ることができました。
◆2025年1月
28日から富山に帰省していた。
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ファボーレ富山に行く
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オムライスを食べる
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髪の毛を切る
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コメダ珈琲に行く
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「無鉄砲」というラーメン屋に行く
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サウナタロトヤマに行く
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まるたかやでラーメンを食べる
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おせち料理を食べる
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初詣に行く
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サウナタロトヤマに行く(2回目)
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スターバックスに行く
実家では毎日忙しく過ごしていたため、嫌なことを考える暇もなく、それが良かったと思う。
「スマートライトレター」を初めて使ってみた。新しいことに挑戦するのは気分が良く、前向きになれた。
病気になってからの振り返りにも取り組んだ。かなり時間はかかったが、ひと通り完了した。まだ回復には時間がかかると改めて感じた。20か月ほど休んでいる中で、体調が良かったのは1.5か月ほどしかない。これでは復帰が難しいのも当然だと思った。
この頃は、ちょこザップで45分走っていた。
毎日、定時までにやることをリスト化し、それをこなしていたが、ネタがなくなってきたのでリストを見直した。
また、次女から「印刷ができない」と相談され、一生懸命対応した。人のために何かをするのは良いことだと感じた。
指輪屋さんに結婚指輪を持っていき、綺麗にしてもらった。
掃除をしていると時間があっという間に過ぎ、その間は罪悪感が少し薄れたように思う。
対人関係法の本を手に入れ、勉強を始めた。
8時半から17時半までのスケジュールをしっかり決めて過ごした。良い面もあったが、逆に頑張りすぎて疲れているかもしれないと感じるようになってきた。もう少し、その時間の中でもゆっくり過ごす必要があると思った。自分は何でも頑張りすぎる傾向があるようだ。
会社のiPadを見てしまい、後輩がどんどん成長していくのを感じた。病気で休んでいるのだから仕方がないと割り切るしかないのだが、その切り替えが難しかった。
サウナに行っても、やはり罪悪感との戦いだった。
赤本を売ったことをきっかけにメルカリを始めた。最初は「こんなことをしていて良いのだろうか」という気持ちがあった。メルカリの作業を定時にやって良いのか悩んだ。
対人関係法の内容は重く、読むと気分が落ち込んだ。
定時までは何とかリストをこなせていたが、17時半を過ぎると疲れが出てしまい、好きなことが何もできない状態だった。
メルカリは「断捨離の一つとして定時の仕事と考えて良いのでは」と言ってくれる人もいたが、どうしても自分の中で割り切れなかった。
ただ、月の後半になってくると、休日に少しずつ好きなことができるようになってきた。
対人関係法は自分には合っていないように思えてきた。認知行動療法のときはあまり落ち込まなかったが、この方法だと気分が沈んでしまうことが多かった。
テレビをつけても、ずっとフジテレビの問題ばかりが放送されていた。
◆2025年2月
ちょこザップで走りながら「薬屋のひとりごと」を観ていたが、登場人物が多く、名前を覚えきれずに途中で断念した。決して話が面白くなかったわけではない。
午後はいつも通りノルマをこなそうとしていたが、天気が良いのに家の中で作業するのはもったいないと思い、外を散歩してきた。ノルマは時間内に終わらなかったが、良い気分転換になったと思う。
メルカリにも慣れてきて、使わなくなったiPhoneをすべて売りさばくことができた。何か売れそうなものはないかと家の中を探したりもした。
次女が心を病んでいたため、ストレス解消法を自分なりに作成して渡したが、結局活用されることはなかった。
カメラが売れて興奮していたためか、なかなか寝つけなかった。
体重が82kgを切っていた。
メルカリの段取りも昼休みに進めていた。
定時まではノルマをこなし、それ以外の時間はメルカリの出品・梱包・発送などで毎日が過ぎていった気がする。
寝不足になると悪いことを考えてしまう。
1日まるごとメルカリに使ってしまう日もあった。メルカリは面白く、時間が過ぎるのも早いが、「こんなことをしていていいのだろうか」と思うこともあった。
意外にも、このとき「ゆうパケットミニ」を初めて使った。
昼休みにメルカリの箱を準備しながら、「私は何をやっているのだろう」と考えることもあった。
机の上を片付けた。使っていなかったモニターを撤去したらスペースが広くなり、気分もすっきりした。しかし、そのモニターをブックオフに持っていったところ0円だった。壊れているわけでもないのに不思議に感じた。
体重が80kgを切った。
「いつもやらないこと」として、インターネットでホワイトデーの注文をしてみた。認知行動療法で「やったことのないことに挑戦してみる」という項目があったからだ。
メルカリで込山榛香のグッズを買い集めた。卒業したら手に入らなくなると思ったためだ。
日曜日は、平日に何もできなくならないよう、メルカリの作業をひたすら進めた。
産業医面談では、「リワークは必須ですか?」と質問した。産業医の答えは「リワークが必要かどうかは主治医と相談すべきであり、絶対に必要とは言えない」とのことだった。
ドトールで、これからの生活の作戦を考えた。
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寝る時間と起きる時間を決める
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家を出る時間と電車に乗る時間を決める
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電車に乗る日はスーツを着ると決める
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最初は水曜日だけスーツにする
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朝ドラはビデオに録画する
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スマホは定時に見ないようにする
基本的には水曜日だけで、
少しずつ始めていくことにした。
◆2025年3月
産業医から「1日8時間図書館に行くことが会社に近い状況だ」と言われたが、よく考えてみると、そもそも8時間座り続けること自体が健康に良くないと思った。家にいると制約がなく、寝てしまっていても分からないと言われたが、自分は在宅勤務の経験から、遊んだりサボったりしない自信があった。
カウンセリングで新宿に行くとき、これまでは終わったらまっすぐ帰っていたが、寄り道して帰ることにした。
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せんきちで「カレーうどん」を食べる
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千駄ヶ谷の EXCELSIOR で「ミルクティー」を飲む
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浅草橋のシモジマで買い物をする
※やっぱり文房具を見るのは楽しい -
東船橋でちょこザップをしてから帰る
最近は、日記に悪いネタがなくなってきて、少しずつ良くなっているのが分かる。
Excel の勉強をしていて、「こんなこともできるのか」と驚くことが増えた。
込山榛香の「写真集お渡し会」に参加した。大満足で、ずっと AKB48 にいてほしいと思った。
日曜日も平日と同じく6時に起きるようになった。
やりたいことを思いきりやった。
水曜日に通期のシミュレーションができた。
良い雰囲気の珈琲店を見つけたので、次回からもそこで作業しようと思っている。毎週通うと不審に思われそうだが…。
ファイナンシャルプランナーについて調べてみた。国家資格だということを知った。同じ国家資格でも、自分の持つ一級建築士は全然役に立っていないと感じ、少し情けなくなった。
家族5人で房総に旅行に行った。歯が痛くて大変だったが楽しめた。自分は旅行に行くと歯が痛くなることが多いと感じた。
メルカリのページに「NFT」という言葉があり、調べてみることにした。それが仮想通貨を使うものだと知り、仮想通貨についても学んだ。
小説を読むようになり、本を読むことが楽しみになってきた。
在宅勤務をしていた頃のことを思い出し、そのことで少し気分が悪くなった。
津田沼のモリシアが3月末で閉店だった。
閉店する5日前位に行ったら悲惨な状態になっていた。
気分が悪くなった。
メルカリの本をメルカリで買って読んだ。
久しぶりに会社のiPadを見たら人事広報が載っていて、後輩が昇格していた。
自分が今までやってきたことが本当に正しかったのかとかそういうことを考えてしまった。
◆2025年4月
勉強は定時に行うことにし、建築とは関係のない分野でも、興味のあることなら何でも学ぶことにした。
また、定時以外の時間は勉強をしないと決めた。
朝ドラ「あんぱん」は、通勤練習をしていたため、土曜日に一週間分をまとめて見ていた。
勉強は楽しいようにも感じる一方で、何を目標にすれば良いのか分からなくなっていた。
この頃は、通勤訓練の影響でお金をかなり使っていたため、少し控えなければならないと思い始めていた。
当時の通勤練習は、会社の最寄駅まで行って引き返していたが、戻るのに2時間以上かかり現実的ではなかったため、途中の駅で折り返すことにした。
iPadで絵を描くようになり、UPしたNFTの件で外国人とトラブルになった(詳細は割愛)。
この時期は、午前中に通勤練習とちょこザップ、午後は定時まで勉強、というサイクルを繰り返していた。
自分もそうだったが、妻も「仕事に復帰したとき」のことを考えすぎていた。
しかし、今は「復帰のために休んでいる」時期であり、復帰後にできる・できないを考えるより、今のうちに何でもやっておいた方が後々プラスになるかもしれない、と思うようになった。
ちょこザップでは、月・水・金はランニング、火・木は筋トレ、と曜日でメニューを決めていた。
トイレ掃除を妻から引き継いだが、「そんなに神経質にやらなくても良いのでは…」と少し思った。
休日は、午前中に録画したビデオを消化し、iPadで絵を描いて過ごしていた。
◆2025年5月
本当は、仕事に復帰する気持ちで一生懸命取り組まなくてはいけないはずなのに、その気力が薄れてきている。というか、「今までのままで良いのでは」と思ってしまう自分がいる。20年同じ仕事を続けてきたのに、このざまだと思うと情けなくなる。
ゴールデンウィークの平日はちょこザップに行ったが、それ以外はほとんど自由時間にした。後半の4連休は、ちょこザップにも行かなかった。
久しぶりに会社のiPadを開いた。自分の部署は別の人が仕切っていた。当然、自分がいなくても仕事は動いているし、戻っても役に立てるのだろうか、と考えてしまった。
体調は良くなってきていると思う。
この頃は、絵を描くことに夢中になっていて、時間が経つのを忘れることができた。
勉強をしていると、大学生の頃はあれほど時間があったのに、勉強も読書もほとんどしなかったことを思い出して後悔する。就職してからは、さらに仕事中心になり、自由に学ぶ時間はなくなってしまった。
この頃は「通勤訓練 → ちょこザップ → ノルマ(定時まで勉強や掃除など)」という日々だった。ただし、ちょこザップは筋トレの日とランニングの日に分けていた。
昼寝が長くなってきた。勉強も疲れてきて、「これって本当に休みになっているのだろうか」と思うようになった。
それまでノルマは「40分」などと時間を決めていたが、「嫌になったらやめる方式」のほうが良いのかもしれないと思い始めた。
病院では「毎日ノルマを決めてやるのも良いが、平日に1日くらいは休みを作ってみても良いのでは」と言われた。そこで水曜日を休みにして、ちょこザップに行った後は勉強をせずサウナに行くことにした。サウナで気持ちよくなるかと思ったが、そうでもなく、休憩時間には罪悪感も出てきた。急にリズムを変えたせいだと思い、翌週も試してみることにした。
ノルマにしていた本は次々と読み終わっていった。しかし読む本はまだたくさんあるので、それで続けていくことにした。「心理学」の本を読み終えたかったが、途中で気分が悪くなり断念した。
なぜか週末はiPadで絵を描く気力が湧かなかった。無理やり翌日に描いてみると楽しかったし、動画も見られたが、疲れは出てしまった。
床屋で髪を切ったら気分がすっきりした。
カレンダーを見るたびに、「5月が終わってしまう。いつ治るのだろう。復帰はいつになるのだろう」と考えてしまう。
次の水曜日もサウナに行った。前回のように気分が悪くなるかと思ったが、そうでもなかったので安心した。
人工芝をベランダに敷いたら、そのせいか夕方に眠くなり、ノルマが全然進まなかった。
眠いときに我慢して作業を続けることは、本当に良いのだろうか、と疑問に感じた。
ノルマについてだが、取り組んでいるととても疲れる。内容が頭に入りづらく、一生懸命やろうとして余計に疲れてしまう。罪悪感も出てしまうので、机に座っていても、もう少しリラックスできるようになりたいと思っている。
◆2025年6月
会社に行き、なおかつ運動もできる靴を探していた。
ほかの人のNFT作品を見て、勉強してみることにした。
チャットGPTの本も読んだ。便利になるのは良いが、「本当にこれで良いのだろうか?」という疑問も湧いてきた。
ノルマについては、自分のやりたいことを、やりたい時間だけ行う方式に変えた。
ちょこザップで走るときに見る動画のことを常に意識していた。
「定時までノルマをするのではなく、時短にしてみては」と言われ試してみたが、自分には合っていないようだった。
勉強にだらけた感じが出てきており、勉強自体が嫌になってきているのかもしれない。
絵を描く気持ちは少し薄れてきたが、描いているとやはり集中できて良いのかもしれない。
病気を良くするために、何をすべきなのか分からなくなっていた。
水曜日はサウナには行かず、一日ずっとiPadで絵を描いていた。少し罪悪感はあったが、絵に集中していたのか、他のことを考える余裕はあまりなかった。風呂から上がっても絵を描き続けた。
昼一番に家事をすると、目が覚めるということが分かった。
NFTを通して海外のいろいろな人と話す機会ができたが、ほとんどが詐欺だった。
やろうと思ったこと
・仕事の勉強をする(不快感があればすぐにやめる)
・定時の中で力尽きたら、iPadで絵を描く
・帰省した時は、運動以外は極力勉強しない
富山に帰省した。ちょこザップに行った後、ずっと絵を描いていた。
水曜日だったので、午後から「サウナタロ」に行くことにした。気持ちよく、罪悪感はほとんど感じなかった。
朝起きたらNFTが売れていた。初めてのことで大喜びした。
午後は、今週2回目の「サウナタロ」だった。
精神的には、富山に帰省している時のほうが良いのかもしれないと思った。
朝6時過ぎにちょこザップへ行く方法に変えた。ノルマとして達成するとその日は自由になるので、気分が良かった。
千葉に戻ったら通勤練習は週4回になった(それまでは週2回)。
夕方はやはり眠かった。こんな状態で、8時間の勤務を週5日続けられるのだろうかと疑問に感じた。
上司との面談があった。半分は世間話で、半分は会社の状況と自分の病気についての話だったように思う。何とかやり過ごすことができて良かった。
休みの日は、iPadで絵を描くことを目標にしていた。
眠い日が続いていた。
◆2025年7月
夜に十分眠れるようになり、昼寝をしなくなった。
やはり定時前に絵を描くのは気分的に良くないため、やめることにした。
通勤練習のたびに飲み物を買っていてお金がもったいないので、お茶を持って行くことにした。これは正解だった。
よく考えてみると、朝に運動をしているので夕方に眠くなるのは仕方のないことなのかもしれない。試しに15分だけ走ってみたところ、昼寝をしないで済んだ。ノルマもだいぶこなせた。
走る時間を30分に変更した(以前は45分走っていた)。その結果、午後は眠くならなかった。
また富山に帰省した。今回は運転はするものの、それ以外は勉強をするつもりだった。しかし、結局あまり捗らなかった。
自分の誕生日は地味に過ぎていった。
休日に絵を描こうと思ったがアイデアが浮かばず、1作品描くのが精一杯だった。
午前中はなんとか耐えられるものの、午後になると眠くて定時まで過ごすのが精一杯という日々が続いた。このまま本を読み続けても、いずれ読みたい本がなくなってしまうのではないかという不安があった。
休日は、少しずつ自由に使える時間が増えてきたように思う。
ノルマをこなすためにタイマーを用意した。時間を正確に区切れるようになったことで、以前ほど眠気を感じなくなった。
部署の面談があり、上司に「図書館にもリワークにも行っていない」と伝えたところ、「行ってきなさい」と言われた。自分が休職する前はオフィスは騒がしかったが、今は静かになって図書館の雰囲気に近くなっているとのことだった。
また、自分のやりたいことは出来ているようだが、実際の業務だと自分の嫌なことも強制的にやらないといけないと言われた。
◆2025年8月
図書館は行こうと思えばすぐに行けるのだが、リワークは施設を探さなければならず、急遽リワーク施設を探すことになった。リワークには9月の1か月だけ通う予定だった。
ネットで調べたところ、近くに民間のリワーク施設を見つけた。最初は仕組みがよく分からなかったが、その施設と契約するには市役所で申請をし、受給者証をもらう必要があるとのことだった。受給者証の取得には時間がかかり、本契約は10月頃になるだろうと言われた。
リワーク施設はオフィスの一角にあり、通っているのは10名程度。女性の比率が高いとのことだった。その施設だけかもしれないが、本契約までの間も契約済みの人と同じように無料で実習に参加でき、本契約後は弁当の支給や交通費の補助が始まり、利用料も発生する仕組みだった。手続きもサポートしてくれるという。
初めて体験に行った日に、「市役所で最新の提出書類をもらってきてください」と言われたため、その日のうちに市役所へ行って資料を受け取った。しかし、内容が理解できず市役所に電話をしたものの、かえって分からなくなったため、直接質問しに行くことにした。
家で資料を眺めているうちに、いろいろな疑問が湧いてきた。本当にリワークに通う意味があるのか、そもそも自分は登録できるのか――不安が広がった。
提出が必要な書類は、本人用、主治医用、企業用の3点である。精神科で相談したところ、主治医は意見書を前向きに書いてくれるとのことだった。そこから逆算して、復帰の目標は「12月上旬」に決まった。精神科には毎週通っていたわけではないため、意見書を受け取れるのは8月30日になった。
この頃には、休日はだいぶ好きなことができるようになっていた。
1日の流れは、通勤訓練、ちょこザップ、リワーク、図書館というものになった。今まで一人でノルマをこなしていた時間が、リワークと図書館に置き換わった形である。リワークは10時から15時まで。
リワークは午前と午後で内容が決まっており、午前が集団ワークなら午後が個人ワーク、週によってはその逆になる。集団ワークはテーマに沿って皆で話し合うもので、一人ではできなかった内容だった。個人ワークも課題が与えられ、それをこなす形式で、これまで好きなことを自由に勉強していた時とは違い、適度な強制力があった。
最初のうちは、リワークの後に図書館へ行くこともでき、充実感があった。ただし、図書館の2時間は眠気との戦いだった。
ほぼそのリワーク施設に通うつもりでいたが、千葉の職業センターの説明も念のため受けることにした。説明会の参加者は6人だけで、話を聞きながらメモを取っていたのは自分だけだったため、他の人たちはすでにここに通うことを決めているのだと感じた。
職業センターは利用者が50人ほどおり、実務に近いプログラムや資格を持つカウンセラーがいるなど内容が充実していた。もっと早く来ていれば、こちらを選んでいたかもしれないと少しがっかりした。大きく違うのは、完全無料であること、交通費・食事代は出ないこと、そして最低3か月の通所が必要という点だった。
リワークの企業提出用資料は、施設側が会社と連絡を取りながら作成してくれるとのことだった。
以前の産業医面談(2月)では「リワークは必須ではない」と言われていたため、本当に通わなければならないのか総務に確認してもらった。すると「復職にはリワークが必須」との回答だった。必須ならそのときに言ってくれれば、もっと早く動けたのにと落胆した。
なぜか仕事への意欲が湧かなくなっていた。また、復職目標が12月上旬に決まったのに焦りがなくなってしまった。体力はついたのに、頭の働きがついてきていないように感じた。
再び富山に帰省した。リワークが本格的に始まれば帰省できないと思ったからだ。今回はノルマもこなしつつ、買い物や片付けを優先することを目標にしたが、結局ノルマはあまり捗らなかった。
◆2025年9月
久しぶりにリワークに行くことになった。提出資料がそろったため、さっそく市役所に持っていった。何か質問されるかと思っていたが、あっさりと受理された。面談は10月2日とのことで、そこまでが長く感じられた。
この頃から休日も平日と同じ時間に起きるようにし、トイレ掃除をしたり、爪を磨いたりして自由な時間を過ごした。iPadで久しぶりに絵を描くこともできた。
リワークの集団ワークで学んだこと
・ストレス解消法
・燃え尽き症候群
・天気鬱
…など
この段階になっても、寝不足だと日中イライラした。
病院で「私はどうなったら復職可になるのか」と質問したところ、以下の回答を得た。
・基本的には復職可と考えている。
・途中から診ているため、休職前の状態に戻っているかは判断しにくい。
・現状の取り組みや課題の消化状況を考えると、復職は可能と考えられる。
・リワークが必須と言われたため復帰が延びてしまっている。
・“治癒する”というタイプの病気ではないため、引き続き治療は必要。
・リワーク後の状態を確認してから診断書を作成する予定。
・図書館は「修行と思って行くだけ」で十分なのではないか。
復職可の診断書は11月8日に受け取ることで決まった。
10月いっぱいリワークに通い、その後また富山に帰省し、試し出社(通常1か月)が始まり、12月上旬に復帰するという流れになった。
朝の支度に余裕を持つと気分が良い、というのは正解だった。前日にしっかり準備する必要はあるが、今後も続けていきたいと思った。
木曜日を掃除の日としていたが、土日に早起きしているので、そのときにまとめてできそうだと考え、掃除日を変更することにした。
この頃からブログを始めることにした。Facebookは誰が読んでいるのか分からないが、ブログは閲覧数が分かり、不特定多数が読むメディアである点が理由だった。iPadで絵を描くよりも、この時期はブログで気持ちを書き出していた。
体重を量ると78kgを切っていた。努力の成果が表れてきたようだ。
産業医面談では、「試し出社は1か月もない」と言われ、混乱させられた。
図書館はただいるだけになっていたため、行くのをやめることにした。「もういいじゃん」と思えるようになっていた。
通勤訓練では寝過ごすことが多くなった。リワークはドリンク飲み放題で、コーヒーばかり飲んでいたので、その影響かもしれない。
リワークでは週1回、金曜日に「カフェタイム」という雑談の時間があった。雑談力を高めることが目的で、女性が多い中、話を振るのはなかなか難しかった。
リワークで3人ほどから「髪切りました?」と聞かれた。見れば分かるだろうと思ったが、それも話のきっかけなのだと気づいた。
◆2025年10月
認定調査はおばちゃんが担当で、雑談を交えながら少しずつ質問をしてきた。重要な質問のときだけ表情が変わったのが印象的だった。
最後に「はい、面談はここまでです。明日からリワークに正式に通うことができます」と言われ、調査は終わった。
リワークに通っている間もイライラすることがあった。イライラが溜まるのは良くない兆候で、リワークの効果がまだ十分に出ていない証拠なのかもしれないとも感じた。
1か月しか期間がないため、その中で成果を出さなければという焦りもあったと思う。
軽い試練を与えて、それを乗り越えさせるのもリワークの一つの作戦だったようだ。
10月の中頃にはAKB48の握手会があった。
その翌日は身体が軽く感じられ、通勤訓練の時にイヤホンで音楽を聴けるようになったのも一歩前進だった。
復職が迫っていることを意識し、少し気分が落ち込んだ気もした。
オンの時間に本当に思い通りに仕事ができるのか、自分を見失わずに働けるのか――それが大切になると思った。
11月8日に復職の診断書をもらえることが決まった。
再発防止のためにリワークを続けていても、それでも再発するようなら、その時は会社を辞めるタイミングなのかもしれないとも考えた。
完璧主義については、正直なところ20年以上続けてきた生活習慣が原因になっている部分も大きいと思うし、それを変えていかなければならないのかもしれない。
この頃は土日も平日と同じ時間に起きていた。
通勤練習をして、ジムに行き、リワークに参加するという生活の流れができていた。
チョコザップのランニングマシンが満席で走れない日があり、その日はどうも身体がしっくりこなかった。走ることがストレス解消になり、身体を整えてくれているのだと改めて感じた。
自分にはイライラしやすい傾向があることも分かった。
リワークに行っていなければ気づけなかったことだと思う。
1人で地道にノルマをこなしていた頃はほとんど誰とも関わらず、関わっても病院の先生くらいだった。しかしリワークに通うようになり、スタッフや通所者と関わるようになったことでイライラを感じる場面もあり、それを知れたのは逆に良かったのだと思う。
◆2025年11月
富山に帰省した。
今回は買い物の運転手をするくらいで、あとはのんびりと過ごした。
本当に「最後の休み」という感じで、充実していたと思う。
11月8日、復職可の診断書を受け取った。
嬉しかったし、どこかワクワクするような気持ちもあった。
以上が「復職可診断書をもらうまで」の記録である。
――ちなみに、今日は12月13日。
まだ復職はできていない。
※このブログに出てくる小説・映画は素晴らしい作品ばかりです。
私自身の調子が悪かったのです。
申し訳ございません。
