私はうつ病で2023年4月から休職していました。
<今回はかなり重たい話になりますので、うつ病に関心の無い方は読まない方が良いと思います。>
1か月毎の様子を記載したいと思います。
ずっと日記を付けていたので振り返ることができました。
◇2023年3月
調子が悪くなり、病院で診てもらったところ、
「薬でこれ以上の改善は難しい。仕事を調整して、休職なども考えたほうが良い」と言われた。
その後、1週間休みましたが全く良くなる気配が無く、上司に休むと伝えました。
不安な気持ちが強くなり、仕事も集中できなくなっていました。
これまで土日に感じていた不安が平日にも出てくるようになり、頭も働かないように感じていました。
休んでいても、どのように過ごせば良いのか分からず、いつも悩んでいました。
◆2023年4月
調子がとにかく悪い。
精神科に行くのも辛かった。
「好きなことをやっていたら良い」と言われたけれど、何もできなかった。
テレビを見ても、本を読んでも、すぐに止めたくなってしまう。
それがつまらないのか、面白いと感じられないのか、自分でもわからなくなっていた。
気分が悪く、ほとんど横になって過ごしていた。
何をしても楽しくないのに、「楽しむ」ってどうすればいいのだろうと思っていた。
それでも運動だけは続けていた。
それが自分にとって「絶対条件」のように思えたから。
ジムに行ったり、買物に出かけたりしていないと、落ち着いていられなかった。
平日はみんなが仕事をしているのに、自分だけ休んでいて良いのか、、、
そんな重い罪悪感が、ずっとのしかかっていた。
薬の影響なのか、朝起きるのがとても辛かった。
コンビニのATMでお金をおろそうとして、2回暗証番号を間違えてロックしてしまった。
通っていたジムの閉店を知り、茫然とした。
それでも小説だけは、まだ読むことができた。「温室デイズ」(瀬尾まいこ)
この頃はジムでウォーキングをしたり、Switchの「フィットボクシング」をやったりしていた。
それでも、ほったらかしてきた仕事のことが、頭から離れなかった。
◆2023年5月
調子悪く、ゴロゴロと過ごしていた。
何をして過ごすか、毎日悩んでいた。
何か目的があって動いているときは、気分が悪くなることはなかった。
でも、運転をしているときはどうしても仕事のことを考えてしまった。
GW明け、自分は明日からも休みだと考えると、不思議な感覚になった。
病院の先生に「やりたいことをやることが休養になる。やりたくないことはやらなくていい」と言われたけれど、どうしたらいいのか分からなかった。
この頃は朝11時頃まで寝ていた。
ベッドで横になると、「このままで本当に治るのだろうか」という気持ちと「治ったとしても前のように働けるのだろうか」という気持ちが頭から離れなかった。
本当に眠い時以外は、ベッドに入らない方がいいかもしれないと思った。
午前中はジム、午後は出かけなくてはいけない、という義務感から、駅の方まで散歩にでかけることもあった。
病院の先生には「やらなきゃいけないと思わなくていい。休んでいること自体が休養になる。今より肩の荷を下ろして、思いっきり休むべき」と言われた。
◆2023年6月
少し体調が良いなと思うと「仕事に復帰できるだろうか」「やり残した事はどうなっているんだろうか」と、つい考えてしまった。
38度台の熱が出たので病院に行ったところ、コロナに罹っていることが分かった。
このとき、体調自体はそれほどでもなかったが、気分は非常に悪かった。
奥さんが私の代わりに精神科に行ってくれた。
この頃、文字が汚くなったことに気づき始めた。
何もやる気が起きない。本を読んでもダメ、テレビを見てもダメ、だから横になるものの寝ることもできなかった。
ジムのサウナに入っても、水風呂に入る気になれなかった。
夜に薬を飲んでも眠れず、1時間ほど1階と3階を行ったり来たりしていた。
これから暑くなってくるのに、この散歩に耐えられるのか、不安を感じるようになった。
「流浪の月」(凪良ゆう)を買ったが、全く読むことができなかった。
昼間寝てしまうから夜眠ることができないのだと思っていたが、そうではなかったらしい。
◆2023年7月
ジムに行く前は気分が悪かったが、行って帰ると、少しだけ気分の悪さが和らいだように感じた。
サウナに行ったが、5分入るのが精一杯だった。
ストレスのせいか、ペンを持つ力さえ入らなくなった。
夜眠れないだけでなく、じっとしていられなくなる症状が出てきた。
クーラーの風さえ、嫌に感じるようになってしまった。
病院で診てもらったところ、「ソワソワするのは薬の副作用かもしれない」ということで、その薬は中止することになった。
やはりアカシジアという副作用だった。
文字が上手く書けないのも、その影響かもしれないと言われた。
薬を止めたことで、副作用は徐々に収まり、眠れるようになった。
自分が本来、何で調子を崩したのか分からなくなってきた。
この頃は「東京タワー」(江國香織)を読んでいた。
少し本が読めるようになって嬉しかった。面白い本に出会えればいいなと思った。
暑くなってきて、散歩が少し辛くなってきた。
仕事は、やろうと思えばできたのではないかという気持ちも出てきた。
さらに、通っていたスポーツクラブがなくなるという事件もあった。
◆2023年8月
ちょこザップに通うようになる。
前のジムでは25分歩いていたが、ちょこザップでは15分走ることからスタートした。
大体、午前中はちょこザップ、午後は散歩という日々が続いた。
何をやっても罪悪感につながっていった。
のどの渇きがひどく、何かを飲んでいないと落ち着かない感じがあった。
散歩に行っても、ジュースをトマトジュースも含めて5本くらい飲んでいた。
毎年、町内の祭りに行っていたが、今回は楽しめなかった。
恐らく祭り自体が好きだったわけではなく、自分はビールが飲みたかっただけなんだと気が付いた。
読書はまだ良かったが、ビデオを見ることは罪悪感につながった。
ネットで「うつで暇つぶしのアイディア22選」という記事を見たが、どれも無理だと思った。
「何をやって過ごしたら良いか」という悩みと「憂鬱で気持ちが重たい」という感覚が入り混じっていた。
お盆は実家に帰省した。
その時は自由に過ごせて、気持ちも重く無かったように思う。
スパアルプス、スシロー、コメダ珈琲店、ポムの樹のオムライス、テイクアウトのピザ、まるたかやのラーメン、、、
色々と気分転換ができたように思えたが、それでも調子は悪かった。
仕事がどんどん遅れていく自分がいる、、、そんな感覚もあった。
病院では「調子は上向いているように見える」と言われたが、全く信じられなかった。
「ナラタージュ」(島本理生)読み終えたが、頭にはあまり入ってこなかった。理解力が無いのかと思った。
映画も見てみたが、一層気分は悪くなった。
こんなに長く休んでいて大丈夫なのか、と不安にもなった。
この頃はネットで色々なことを調べるようになった。
相当焦っていたのだと思う。
奥さんと二人でかき氷を食べに行ったが、「かき氷を食べることが治療になるのだろうか・・・」と疑問に思うほどだった。
会社から面談の話がきて、メールを送ったと連絡があった。
見なければ良かったのに、他のメールも見てしまった。
「昨年まで講師をやっていた講義を今年もお願いします」というメールが届き、一気に気分が悪くなった。
自分は悪いことをしているのでは無いかと思った。
カレンダーを見るたび「8月が終わってしまう・・・」という辛さを感じた。
家族で勝浦まで旅行に行った。
海中展望塔に行ったら、「カミナリ」の2人が来ていた。
昼食は海鮮を食べて帰った。嫌なことはあまり考えなかった。
憂鬱な気持ちが少し減ったが、罪悪感が増えたようにも感じた。
これが良い方向に進んでいるのかどうか、まだ分からなかった。
◆2023年9月
病院で「峠は越えていると思う」と言われたが、まったくそんな気はしなかった。
推し(込山榛香)がSNSに載せていたおにぎりを食べて、少しだけ元気が出た。
しかし、ユニクロやイオンを歩いていたら気分が悪くなってしまった。
この頃はボールペン習字にも取り組んでいた。
手の震えと闘いながら。
調子が良くない中、上司から携帯に留守電が入っていた。
無言で、メッセージは何も残されていなかった。
夕方になっても夜になっても気になって仕方無かった。
翌日、その上司から自宅と携帯の両方に電話があり、その音で目が覚めた。
用件は「面談をしたい」というものだった。
その日は金曜日だったが、面談は「来週の金曜日くらいになる」と言われた。
それからのー週間は、面談のことが気になって非常に調子が悪かった。
この頃から手の震えがひどくなり、思ったように字が書けなくなってきた。
仕事を休んでいることへの罪悪感がありつつ、
いざ仕事に戻ったとき本当にやれるのだろうかという不安もあった。
上司から「いつ面談に行くのか」という連絡が来るのではないかと気になり、
会社の定時を気にするようになった。
電話が来るとすれば、仕事時間内だと思ったからだ。
結局、前日の木曜日になってやっと上司から連絡があった。
面談は大した話ではなく、雑談程度で終わった。
内容はあまり覚えていない。
その後、瀬尾まいこの新刊小説『夜明けのすべて』を買った。
しかし、罪悪感からか、定時の17時半前には好きなことができなくなってしまった。
◆2023年10月
9月はあっと言う間に終わった気がする。
何も進展がなかったように思う。
日記も毎日同じ内容で、だんだん面白みがなくなっていった。
それでも、小説を読んでいるときは少し楽しく感じた。
不思議なもので、昼間にゲームをしたりDVDを見たりすると罪悪感があるのに、
小説を読むことには罪悪感を覚えなかった。
「何もできなかった」と奥さんに言ったら、
「何かしたいことが見つかったの?」と言われた。
この頃は、ちょこザップに行った後にフィットボクシングをするのが日課になっていた。
散歩に行くことは身体に良いはずなのに、やはり罪悪感は消えなかった。
夜中に目が覚めるようになり、とんぷくの睡眠薬を再び使うようになった。
平日に空いている電気屋を歩き回るのも、気分が悪くなることが多かった。
予定がある日は、1日があっという間に過ぎるように感じた。
映画『ゆとりですがなにか』を観に行った。
内容は面白かったが、「これはテレビ放送でも良いのでは?」という印象もあった。
それでも映画館という空間で観ることで集中でき、行ってよかったと思う。
ボールペン習字をしていると手の震えがあり、やはり副作用なのだろうかと思った。
確定申告の書類整理を2時間以上かけて行った。
仕事に近いことをすれば気分的に満足感が得られるかと思ったが、
そんなことはなく、むしろ元気がなくなってしまった。
やはり休んで自由にしていることに対して、相当な罪悪感があるのだと思う。
病院に行った際、「口の震えや手の震えはないか」と聞かれ、
「口は震えないが、手は震えて文字が書きづらい」と答えた。
◆2023年11月
自分は、仕事に復帰しても会社の役に立てるのだろうかと疑問に思うことがある。
これまで経験してきたことが本当に活かせるのだろうか、とも感じている。
夜中に目が覚めてしまう日が続いている。
お茶を飲んだり、トイレに行ったり、一時的にリビングで横になっていると、しばらくしてまた眠れるのだが…。
サウナの「草加健康センター」に行った。
とても良い施設だと思った。
自分がもっと元気であれば、「来て良かった」と思えるのかもしれないが、まだ十分に回復しているとは言えず、あまり楽しめなかったのかもしれない。正直、よく分からなかった。
眠気が続いており、寝てしまうと時間を無駄にしたようで、不快に感じてしまう。
「昼寝をすると夜に眠れなくなるのではないか」という不安と、「寝ている時間は何もできていない」という気持ちが湧き上がってくる。
寝ることで嫌な気分や憂うつさから逃れようとしている気がするが、眠ったところで気分がすっきりするわけでもない。
奥さんに相談したところ、「あなたは何にでも興味を持とうとしない。新しいことにもっと興味を持てば視野が広がるのに」と言われた。しかし、その時はどうしてもその気になれなかった。
手帳を見ながら、今年はどうしようかと悩んだ。毎年のことではあるが、今回は買うかどうかで特に迷ってしまった。
病院では「リワークに通ってみると良いかもしれません。点数が70〜80点になったら」と言われた。
「リワークとは何だろう?」と思っても調べる気力がわかず、診断書をもらって休みが続くのかと考えると憂うつな気分になった。
買い物に向かう途中、電柱にサイドミラーをぶつけてしまった。
「気にしても仕方ない」と思いながらも、そのことが不調の原因になってしまい、何度も思い出してしまう。
手の震えがまた出てきて困っている。
どの診療科に行くべきか分からず悩んでいたが、神経内科が良いらしい。調べてみる必要がありそうだ。
気分転換のつもりで、クロスワードの本を買ってみた。
◆2023年12月
産業医面談、神経内科、精神科と、不安なことが続いている。
寝ないと調子が悪いが、寝ても調子が悪い。
寝てばかりではいけないと分かっているのだが、身体がだるかったり眠気が強かったりして、つい横になってしまう。
産業医面談があり、ネクタイを締めなければならなかったが、締め方を忘れていた。
脳神経内科を受診した。
「MRIと血液検査をしてみないと分からない」と言われ、その日のうちに別の病院でMRIを受けた。
そこで痺れ止めの薬を処方された。
奥さんに「本でもビデオでも、その時にやりたいと思ったことをやるべき」と言われたが、正直難しいと感じた。
脳神経内科では「MRIに問題はない。ふるえは軽いほう」と説明された。
精神科の先生の説明がよく理解できなかった。
自分の理解力が足りないのか、先生の説明が分かりにくいのか、判断がつかなかった。
クリスマス。食事は豪華だったはずなのに、何も覚えていない。
会社の年末最後の日が来た。
自分の席がどうなっているのか、そのままなのか、何も分からない。
病気のせいで何もできなかった。
奥さんが「薬が全然効いていない」といったようなことを言うので、思わず怒ってしまった。医者を信じて薬を飲み続けるしかないと思っていたからだ。
実家にも帰らず、その年は終わっていった。
※このブログに出てくる小説・映画は素晴らしい作品ばかりです。
私自身の調子が悪かったのです。
申し訳ございません。

