昨日、「汚い洗濯物を人前で洗うな」(Don't wash dirty linen in public)という言い方がイギリスにあるということを知った。内輪の恥を人前にさらすなということだろう。

これを知って、私が以前ブログにアップした「汚れた服は家で洗う」(roupa seuja lava-se em casa)というブラジルの格言と全く同じであることに驚いた。即ち、どこに住んでも、どんな人種でも、こういう思いは人類共通であり、「ブラジルはこんなこと気にしない」と思っている外国人がいるのが間違っているということだろう。



「汚れた服は家で洗う」に言及した項目を探すのは面倒というあなたには、以下に転記するので、また読んで下さいね。

「私が住んでいた通りの周辺は、高い木の街路樹が多い。
街路樹として選ばれるのは普通、葉が豊かに生い茂る木であり、花を咲かせるものはないが、ある道に緑の間にひょんと一本だけ、1m半位の低くいつも赤い見事な花をつけている木がある。近所の住民らしい通りがかりの人に名前を聞くと、「マリア・セン・ヴェルゴーニャ」という! えっ? 何ですって? こんなにきれいで道行く人々の目を楽しませているのに「恥知らずのマリア」とは何と失礼なことと首をかしげていると、「時をかまわずみだりに咲いているから」と教えてくれた。
ブラジル人も奥ゆかしさを尊ぶのだ。
「汚れた服は家で洗う」という表現もある。汚い、恥多きものは家の中で処理するということなのだろう。
この二つの例で、外国で定着している「ブラジル人」像とはかけ離れる意外な、ただし正しいブラジル人像がうかがわれる。」  

 

 

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ブラジルの諺や格言の後は、パウロ・コエーリョの名言に触れてみましょう。いつの日かに。
コエーリョは世界的な名著(?)を多数著しており、フランス元大統領など著名人のファンが多く、WEFに何回も招かれ講演するなど、若い人だけでなく、政財界人の間でも人気だが、ブラジルの文学界の評価はとても低い稀有な人。お楽しみに!