三浦綾子記念文学館 と 塩狩峠記念館 | ふたご座の男のブログ

旭川市の三浦綾子記念文学館へ行って来ましたチョキ

 

 

 

 

今年は、三浦綾子さん生誕100年になりますビックリマーク

 

 

 

氷点の森、外国樹種見本林にたたずむ文学館は

 

 

2階建ての建物で、中央部が吹き抜けになり

 

 

天井は、雪の結晶のようです目

 

 

 

館内には、三浦綾子さんの生い立ちや

 

作品にまつわる資料、写真などが展示されています

 

 

 

私が、三浦綾子さんの本を初めて読んだのが

 

高校1年生の時で「塩狩峠」でしたビックリマーク

 

 

 

それから、すっかり三浦作品のファンになり

 

作品を読みあさりました

 

 

 

三浦さんの作品は、読んでいて

 

すごく頭に入ってきます

 

 

 

ストーリーが面白いので夢中になって読み

 

あっと言う間に読み終えてしまいます

 

 

 

また、次の本を読みたくなります

 

 

 

三浦綾子記念文学館へ行き、彼女の生涯を知り

 

壮絶な人生に驚きましたあせる

 

 

 

教師としての挫折、肺結核による長期療養

 

婚約破棄、自殺未遂、恋人との死別

 

血小板減少症、帯状疱疹、直腸がん

 

パーキンソン病など重い病気に次々患い

 

闘病しながらの執筆だったそうです汗

 

 

 

三浦綾子さんは、初期の数作を除くほぼ全てを

 

口述筆記と云う手法で執筆していたそうです

 

 

口述執筆は、綾子さんが話す内容を

 

夫の光世さんが、原稿に正確に

 

書き取っていったそうです

 

 

 

口述執筆が、三浦作品の読みやすさ

 

なのかも知れませんビックリマーク

 

 

 

 

 

 

 

和寒町塩狩駅へ行きました

 

 

塩狩駅には、殉職した長野さんの

 

慰霊碑がありますビックリマーク

 

 

 

明治42年名寄の出張の帰りだった国鉄職員の長野政雄氏が

 

塩狩峠の急こう配に差しかかった時、突然乗っていた客車の

 

連結器が外れ逆方向に走り出しました

 

列車の速度はぐんぐん増し、脱線転覆の危険にさらされ

 

車内は、大混乱になってしまいました

 

長野さんは、とっさにデッキに出て乗客の命を救うため

 

自ら体をレールに沈め、肉体が歯止めとなって列車を停車、

 

乗客の命を救いました

 

 

 

 

塩狩駅の直ぐ近くに三浦綾子さんの

 

塩狩峠記念館がありますビックリマーク

 

  

三浦綾子さんの旧宅を平成9年に

 

旭川から和寒町へ移設・復元したものだそうです

 

 

 

開館が10時だと知らずに9時に行きましたが

 

閉まっていて帰ろうとした時

 

記念館の姉さんが、ちょうど車で出社してきて

 

声をかけてくれて開館前にもかかわらず

 

快く中へ入れてくれましたグッド!

 

 

 

三浦綾子さんが、夫の光世さんと結婚して間もない

 

昭和36年に旭川市で新居を建て

 

小さな雑貨屋を営んでいたそうです

 

 

 

当時、60万円で建てたそうですが

 

昭和39年に朝日新聞社の懸賞小説に「氷点」が入選して

 

1000万円を頂いたそうで、雑貨店を閉業して

 

作家活動に専念していったそうです

 

 

 

 

この塩狩峠記念館には、三浦夫婦が当時使用していた

 

生活用品等がそのまま残されています

 

 

ここで三浦夫婦が、二人三脚で35年書き続けたそうですビックリマーク

 

 

久しぶりに三浦綾子さんの本をまた読みたくなりました!!