米兵の性暴力「まだ隠されている」 沖縄だけでなく他県にも 積み重なる犯罪 記録が示す被害の構造とは

 
 「また防げなかった」。5年前、米兵が日本人女性を殺害した事件を受け開かれた沖縄の集会は悲嘆に包まれていた。飲酒運転の米兵の車の事故で両親を亡くした女性は「戦争がなくても今も沖縄は平和と言えない」と話した。13版を重ねる宮城さんたちの冊子は軍の暴力性も物語る。
 
 
 在沖縄米兵の性的暴行事件が相次ぎ発覚した問題を受け、米軍の特権を定める日米地位協定の抜本的改定を求める集会が2日、東京都内で開かれた。沖縄の女性史を研究する識者は、戦後も伏せられながら続いてきた米軍性暴力の構造を指摘。改定なき「運用改善」には限界があるとし、地方で声を上げ、国際社会に人権問題として訴えようという動きも起きている。(中川紘希、宮畑譲)
 
◆「隠された事件まだある」政府へ怒り
 「またか、と思った」。沖縄県で起きた米兵らの性犯罪を調べている女性史家の宮城晴美さんは、女性団体が主催した2日の集会で怒りをにじませた。
 
 県では6月、昨年12月に16歳未満の少女を車で誘拐し自宅に連れ込み、同意なくわいせつな行為をしたなどとされる米兵の性的暴行事件が相次ぎ2件発覚。事実を把握した県警や外務省は県に連絡せず、いずれも報道で明らかになった。
 
 宮城さんは、警察統計の数字でしか表れない性犯罪事件があると把握していたとし、「隠されている事件はまだたくさんある」と指摘した。県議選が終わった後で事件が明るみとなったことについても、「沖縄の危機感をあおらないようにする政府の姑息(こそく)なやり方」と批判し、沖縄の「いらだち」を代弁した。
 
◆米兵ら性犯罪被害、沖縄戦以降少なくとも948人
 宮城さんは日本復帰前の琉球政府や米軍資料、新聞、書籍を基に沖縄の米兵の性犯罪を年表として冊子にまとめている。沖縄戦があった1945年から2021年までに、少なくとも948人が被害に遭ったと報告。冊子は13版を数える。
 
 
 宮城さんによると、米国統治下に置かれた沖縄で、米兵たちはけが人を救助すると同時に、性暴力も重ね、病院に入院した重傷の女性を襲うなどした。ベトナム戦争が始まった1960年代には、米兵らの事件は凶悪化。ホステスの女性が裸で埋め立て地や墓地に放置されるなどの事件も相次いだという。
 
 その背景を、宮城さんは「米軍の中に『沖縄は力で奪い取った戦利品』という意識がある。女は襲ってもいいと暗に思われていた」とみる。
 
◆「落ち度論」に阻まれ、伏せられてきた被害
 一方で性被害の多くは伏せられてきた。その理由の一つが、沖縄の女性への「落ち度論」だ。55年に6歳の少女が暴行を受け、殺害、遺棄された事件では「母親が1人でエイサー(伝統舞踊)に行かせたのは軽率」と批判され、被害者側に追い打ちをかけた。夫の家を重んじる沖縄の家族制度において、被害女性の側が家族や集落に責められることもあったという。
 
 米兵3人による95年の女子小学生暴行事件で、女性団体が声を上げたことで「戦後50年たってようやく、米軍基地問題が女性の人権の視点から問われることになった」と宮城さん。事件をきっかけに、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の返還合意が動き出した。
 
◆発覚遅らせる日本政府の「プライバシー保護」論
 集会には、自衛隊の南西シフトが進む宮古島市の元市議、石嶺香織さんもオンラインで参加。日米一体の軍拡への不安の中で、今回の性的暴行事件が発覚したと指摘。日本政府が「プライバシー保護」を理由として県に連絡しなかったことを批判し「名前は出さなくても具体性を持たせて発信すれば、予防や注意ができるはずだ」と訴えた。
 
 
 名古屋学院大の飯島滋明教授(憲法学)も集会に登壇。日米地位協定では米軍の公務中の犯罪の第1次裁判権は米国にある。「日本の刑事裁判権が著しく侵害されている」と協定の改定を訴えた。公務外の犯罪を巡っても日本政府は53年、重要な事件を除き裁判権を行使しない方針を米側に伝達。2011年に判明し「密約」と批判された。日本政府は「双方の合意はなかった」と密約説を否定したが、飯島教授は米兵の性犯罪の起訴率の低さに触れ、「密約の影響を考えないといけない」と指摘した。
 
◆機能しなかった日米合意、県には今も米側から連絡なし
 1995年の米兵による少女暴行事件を受け、日米両政府は97年に事件・事故を速やかに通報することで合意。しかし今回、通報が徹底されていない実態が明らかになり、日本政府は、捜査当局が公表しない事件についても「可能な範囲」で沖縄県に連絡するよう今年7月から運用を始めた。
 
 
 在日米軍司令部も7月、再発防止策を発表。在日米軍幹部と県、地域住民が意見交換する「フォーラム」の新設を表明した。ただ、県基地対策課によると「外務省から『今後、調整したい』との連絡はあるが、米側から直接のコンタクトはない」というのが現状だ。
 
◆県に通報、報道発表がなかった例、長崎でも
 2日の集会でも「運用改善だけでは、根本的な解決にならない」と批判が上がった。さらに、在日米軍基地がある沖縄以外の地域でも近年、報道発表や県への通報がなかったことが判明し、波紋は広がっている。
 
 米海軍の佐世保基地がある長崎県では2016年、17年に米軍関係者による性犯罪事件があり、書類送検されたが、県警は公表しなかった。この報道を受けて佐世保市の女性団体「佐世保女性ネットワーク」は先月、事件の速やかな公表や、再発防止策を市に申し入れた。
 
 しかし、市からは県を通じ、県警に「コメントできない」と対応されたと伝えられただけという。ネットワーク役員の山崎満喜子さんは「警察は個人情報を盾にしている。全て明らかにする必要はないが、加害の実態が明らかになって、初めて再発防止策につなげられる」と憤る。
 
◆国連女性差別撤廃委員会で人権状況審査へ
 7月には、各地の地方議員有志でつくる会が、外務省や防衛省などに抗議。賛同者は260人超に上った。同会は、9月議会で提出する意見書の準備を進める。東京都小金井市の片山薫市議は「意見書の細かい内容は、議会ごとに出しやすいものに変えていく。ただ、沖縄のような事件やその隠蔽(いんぺい)は許されない、各自治体に知らせるべきだ、との趣旨は共通している」と話す。
 
 
 さらに、世界に訴えようとする動きもある。国連の女性差別撤廃委員会が10月、スイス・ジュネーブで、日本の女性の人権状況について審査する。審査では市民団体が提出したリポートも参考に、日本政府への意見が出される。
 
◆「米兵の性犯罪は沖縄だけの特殊な事例ではない」
 リポートをまとめた、沖縄の大学で非常勤講師を務める親川裕子さんは「米軍から派生する性暴力を日本国内の法律、制度でどう防止していくのかを明らかにするよう訴える」と話す。10月は現地を訪れ、委員へのロビー活動を展開する。国連から勧告が出れば、今後の国会での議論につながることが期待できるとし、「最終的に偏在する沖縄の基地の整理、縮小への一助になれば」と思い描く。
 
 
 前出の飯島教授は「自民党などが『日本を守る』というならば、改憲よりまず地位協定を変えるべきだ」と強調する。全国に広がる抗議のうねりを受け、「米兵の性犯罪を、沖縄だけの特殊な事例とみなすことはできない。誰にでも起こりうることであり、被害の苦しみはずっと続く。その感覚を持ち、地位協定の見直しを含め国に求めるべきではないか」と呼びかけた。
 
◆デスクメモ
 「また防げなかった」。5年前、米兵が日本人女性を殺害した事件を受け開かれた沖縄の集会は悲嘆に包まれていた。飲酒運転の米兵の車の事故で両親を亡くした女性は「戦争がなくても今も沖縄は平和と言えない」と話した。13版を重ねる宮城さんたちの冊子は軍の暴力性も物語る。(恭)
 
 

性的暴行容疑、米兵を書類送検 沖縄県にも情報伝達―県警

 
 女性に性的暴行を加え、けがをさせたとして、沖縄県警が5日、不同意性交致傷容疑で、20代の米海兵隊の男を書類送検したことが捜査関係者への取材で分かった。県警は同日午前、県に連絡した。6月に明らかになった米兵による性暴力事件は県に連絡していなかった。
 
 送検容疑は6月下旬、沖縄本島北部の屋内で、県内在住の女性に性的暴行を加え、けがをさせた疑い。

 捜査関係者によると、2人はSNSを通じて知り合い、何度か会っていたという。事件後、女性が病院を受診し、病院関係者が県警に通報。県警は、米側の管理下にある男から任意で事情を聴いていた。

 林芳正官房長官は5日の記者会見で「捜査当局による捜査および事件処理の結果を踏まえて、適切に対応して参りたいと考えております」と述べるにとどめた。