ロボット人間、自分の意志を持たない人間

 

 

『The Economist』は8月8日付で、「上川陽子は日本の次期首相になれるだろうか?
 

彼女はトップの役割を握る最初の女性となるだろう」という記事を公表した。記事は、「1995年の地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教のメンバー13人の死刑執行命令に署名した」決定により、「彼女は生涯警察の保護下に置かれることになり、自民党の保守派から尊敬を集めることになった」と書いている。

さらに、「71歳の上川女史は、演説はあまりうまくないが、党内の各派から尊敬されており、妥協候補として浮上する可能性がある」とまで指摘している。

だが、この記事は、上川の政治家としての力量、あるいは、外相としての能力についてまったく批判していない。米英から評価さえされれば、日本の首相になれるのか?

こんな疑問が湧いてくる。

政治家としての疑問
上川外相が政治家として信頼のおけない人物であることは、7月30日、参院外交防衛委員会で、沖縄県内で昨年に発生した米兵による性的暴行事件について、「日米間でも適切にやり取りを行い、迅速な対応が確保され、問題があったとは考えていない」と発言したことで決定的となった。

説明しよう。米空軍兵が昨年12月、16歳未満の少女に性的暴行を加えたとされる事件が起きた。報道で明るみに出たのは、半年後の今年6月である。外務省は捜査当局から情報提供を受け、米側に抗議したが、防衛省や県には伝えていなかった。この他にも昨年から今年にかけて、米兵による性的暴行事件が4件起きたが、いずれも沖縄県に通報されなかった。

つまり、沖縄だけでなく、米軍基地をかかえている地域住民への警鐘を鳴らしていれば、米兵による性的暴行事件への抑止力になったはずなのに、日本政府は外務省の国民軽視の判断によって、日本国民を米兵による性的被害の危険にさらしたことになる。それにもかかわらず、上川外相は「問題があったとは考えていない」と答弁した。

実は、1995年の少女暴行事件を受けて、日米両政府は1997年、米軍の事件・事故が発生した際の通報手続きを定めている。米軍が米国大使館を通じて外務省に伝えるルートと、直接、沖縄防衛局へ伝えるルートなどが決められているのだ。連絡を受けた外務省は、防衛省や県に情報を伝える。

だが、なぜか、この伝達ルートが機能していなかった。外務省の責任は重大であり、上川外相はそのトップとしてその責任をまったく果たしていない。

 

アメリカに従属するだけの日本の外相
こんな人物が議員に選ばれ、外相になり、初の女性首相になるかもしれないと騒がれている事態に、疑問符が湧いてこないだろうか。

上川外相の能力についての疑問はほかにもある。彼女は、8月8日の記者会見で、長崎市が9日の平和祈念式典にイスラエルを招待しなかった問題について、長崎市に「国際情勢を含め説明してきた」と語った(下の写真)。さらに、日本を除く主要7カ国(G7)各国の駐日大使らも出席しない意向を示したのを受け、「G7に亀裂が生じる懸念には及ばない」とのべたという。

(出所)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA088ZX0Y4A800C2000000/

上川外相はなぜか、ガザ地区でのイスラエルの軍事作戦に反対する市民活動家のデモを避け、追悼行事を政治利用しようとする動きから守りたいという鈴木四朗長崎市長の気持ちに、まったく寄り添おうとしなかった。

むしろ、政治問題化させたのは、ラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使ではないか(下の写真)。彼は、長崎市の鈴木市長宛てに8月6日、書簡を送り、「イスラエルを式典に招待しなかったのは政治的な決定だ」としたうえで、自身も欠席を余儀なくされたと伝えたのだ。

そう考えると、上川外相は鈴木市長の考えをエマニュエル大使に伝え、説得すべきだったのではないか。しかし、彼女は逆に、「「国際情勢を含め説明」するにとどまった。日本よりもアメリカ大使の「ご意向」に沿おうとしたのである。

(出所)https://www.aljazeera.com/program/newsfeed/2024/8/9/us-ambassador-leads-boycott-of-nagasaki-atomic-bombing-ceremony

他方で、8月8日、長崎市役所で報道陣の取材に応じた鈴木市長は、「被爆者の中には『紛争当事国が関わっている中、そもそも呼ぶべきではない』といった声も強い。不測の事態へのリスクというのが本当の理由なのか」との質問に対して、つぎのように答えた(下の写真、「毎日新聞」を参照)。

「不測の事態(のリスク)、そして平穏かつ厳粛な雰囲気の下で円滑に式典を実施したいという理由だ。政治的な理由で逆に言えば、むしろ紛争当事国であるからこそ呼ぶべきだと私自身は思っている。ロシア、ベラルーシについても同様、紛争当事国を呼べないのは残念だが、呼んだことによる式典への影響を鑑み、総合的に判断して招待状の発出を差し控えた」

どちらの政治家が、より真っ当な政治家なのだろうか。少なくとも、アメリカの顔色ばかりをうかがうだけの外相などいらないのではないか。

(出所)https://mainichi.jp/articles/20240808/k00/00m/010/175000c

 

エマニュエル大使のひどさ
ついでに、エマニュエル大使のひどさについても書いておこう。この問題には、彼がユダヤ系アメリカ人であることがかかわっているからだ。そう、イスラエル贔屓(びいき)の彼は、イスラエルが招待されない問題を意図的に政治問題化したかったのである。

実は、多くの日本人はバラク・オバマ元大統領の腐敗を知らない。このオバマとエマニュエルは深く結びついており、いわば「腐敗仲間」なのである。数々の汚職スキャンダルで悪名高いシカゴ市長リチャード・デイリーの次席補佐官を務めていたヴァレリー・ジャレット(両親はアフリカ系とヨーロッパ系のアフリカ系アメリカ人だが、ジャレットの父親はかつて彼女に、彼女の曽祖父はユダヤ人であるといったという)は、高学歴のミシェル・ロビンソン(当時バラク・オバマと婚約中)を雇い入れた。

ジャレットは、バラクとミシェルを「シカゴで最も裕福で影響力のある人々に紹介する」と約束する。ジャレットは、欠陥住宅の建設で一儲けするなどの手法でのし上がり、その後もスキャンダルの渦中にありながら、逃げ切った。オバマが大統領に選出されると、2009年から2017年までバラク・オバマ米大統領の上級顧問、大統領補佐官(公共関与・政府間問題担当)を務めた。2021年からオバマ財団の最高経営責任者を務めている。

前述したリチャード・デイリーは、1989年から2011年までイリノイ州シカゴ市長を務めた。在任期間22年は、同じくシカゴ市長だった父リチャードの在任期間21年を上回った。「権力は腐敗する」から、この世襲政治家もまた腐敗にまみれていた。そうした人物の側にオバマは立ち、権力の階段を昇ったのである。つまり、「悪」まみれのなかでこそ、権力を握ることができたのだ。

リチャードの弟であるウィリアムは、1990年代にシカゴで弁護士としてのキャリアを積む。メイヤーブラウン&プラット法律事務所でパートナーになった彼は、ヴァレリー・ジャレットの関与のもと、当時単発の法律業務で食いつないでいたバラク・オバマと知り合う。そして、2011年1月、オバマ大統領はウィリアム・デイリーをホワイトハウス首席補佐官に任命した。初代のラーム・エマニュエルに次ぐシカゴ代表の首席補佐官となった。

エマニュエルはその後、シカゴ市長になる。さらに、2021年12月、駐日アメリカ大使就任の宣誓をしたのである。彼はユダヤ人であり、腐敗することで巨大化したデイリー・ファミリーだけでなく、多くの金蔓や権力者との伝手をもっていた。ビル・クリントンの政策に関する大統領顧問であったこともある。

こんな人物だからこそ、イスラエルの警備上の問題であっても、政治問題化させ、ユダヤ系アメリカ人としてイスラエルの肩をもちつづけているとアピールしたいに違いない。ユダヤ系の政治家として注目されたいのである。

 

上川の正念場、バングラデシュ問題
政治家としても、外相としても、その能力が疑われている上川だが、いま、急変するバングラデシュをめぐる問題でも、その能力が問われている。

バングラデシュは世界で8番目の人口をもつ国だ(最新の国連人口部の推計に基づく情報によると、1億7356万人)。そんな国で、8月、突然の政権交代が起こった。大規模な抗議デモが相次ぐなか、シェイク・ハシナ首相(下の写真)は辞任し、インドに飛んだ。クーデターは、1月の選挙で与党アワミ連盟が大勝し、シェイク・ハシナ首相が4回連続で政権を率いた後に起こった。同国のモハンマド・シャハブッディン大統領と治安当局は8月6日、学生リーダーたちの要求に応じ、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌスを暫定指導者に指名した。

(出所)https://www.kommersant.ru/doc/6878843

バングラデシュへ巨額の支援をしてきた日本政府はどうするのか。残念ながら、その方向性を上川外相は8月10日現在、まったく示せないでいる。はやり、能力が不足していると指摘せざるをえない状況なのだ。

塩原 俊彦(元高知大学大学院准教授・元新聞記者)