複雑すぎる「定額減税」また不備が 生活保護費を減らされる人も…一部の自治体は「把握していなかった」

 
この問題は自冶体の怠慢は勿論であろうが、政府のとんでもない身勝手な姿勢も大問題。職員増員しないで職員が煩雑な作業を進めた事で起きた問題だ。
 
「われわれが相談会を開くと、『物価高で生活していけない』という相談がかなり多い。生活保障を目的とするなら、一度きりの小手先の定額減税ではなく、ドイツのような基準額の引き上げを行うべきだ」
 
 
 
 物価高対策で6月から始まった岸田政権の「定額減税」。生活保護利用者に適用された場合、保護費が減る運用になっていることが、厚生労働省などへの取材で分かった。補塡(ほてん)する給付金もあるが、「1人4万円」の恩恵を全て受けられない人が出る可能性が高い。複雑な取り扱いに戸惑う自治体もあり、専門家は制度設計の問題を指摘する。(西田直晃、森本智之)
 
◆「減税分は収入と認定」と厚労省は言うが…
 定額減税は年収2000万円以下の世帯の所得税と住民税が対象。世帯ごとに1人当たり所得税3万円、住民税1万円の計4万円が減税される。納税額が少なくて満額減税に達しなければ、差額分を1万円単位で切り上げた「補足給付金」を受け取れる。このため、厳密には1人当たりで受ける恩恵が4万数千円となるケースもあり得る。
 
 生活保護利用者のほとんどは住民税が非課税だが、保護費を受け取りながら、自立のために働いて収入を得る人もいる。こうした人が納めた所得税も減税されるが、厚労省保護課は取材に「減税分は収入と認定し、同じ額の保護費が減らされることになる」と説明した。
 
 同課は6月下旬、定額減税を巡り、全国の自治体に「収入認定上、特別な取り扱いは行わない」との事務連絡を送付。その一方で、昨年12月には「被保護者の『補足する給付』は、収入として認定しない」と自治体に通知している。
 
◆「自立の助長」が目的のはず
 担当者は「生活保護の制度上、減税による収入を除外した事例はない。原則通り、収入が資産とみなされる」と説明。補足給付金との違いについては、コロナ禍で一律支給された10万円を例に「趣旨や目的を踏まえた上で、これまでも例外的に除外してきた経緯がある」と話した。
 
 この考え方では、利用者の所得税減税分は保護費減額分と相殺され、補足給付金を受け取れても「1人当たり4万円、4人家族で16万円」とされる非利用者と差が生まれる。さらに厚労省は生活保護の目的に「自立の助長」を掲げてきたにもかかわらず、就労収入を得ずに満額の補足給付金を受け取った方がメリットが大きくなる。
 
 同課に「不平等では」と尋ねたところ、担当者は「受給者と非受給者を単純に比べればそうかもしれないが、定額減税を受けられる受給者と、受けられない受給者の公平性も重要だ」と答えた。
 
◆「勤労意欲をそぐことになる」批判も
 この取り扱いを決めた経緯に不可解な点もある。
 
 6月の事務連絡を送る前、今年3月に厚労省内で開かれた会議の資料には「(受給者が)定額減税の対象となる場合は、給付金の支給対象者との均衡の観点から定額減税分を収入として認定しない取り扱いとすることを想定」とあった。
 
 この点について、前出の担当者は「他の給付金との兼ね合いで『やりすぎでは』と議論になった」と説明。昨年の所得税非課税世帯などが対象とされた10万円の「低所得世帯向け給付金」がすでに支給されており、「今年の所得税次第では定額減税も受けられ、両取りになってしまうケースが懸念された」と続けた。
 
 非利用者との不平等性を認めつつも、同課は「この形で進めていく」と現行のやり方を維持する方針。
 
 生活保護問題対策全国会議代表幹事の尾藤広喜弁護士は「働いて所得税を負担している受給者は、生活保護に頼り切りにならないように努力しているのに、これでは勤労意欲をそぐことになる」と批判している。
 
◆複雑な制度に自治体側は混乱
 複雑な制度に、現場の自治体では混乱した様子もうかがえる。関西のある市の担当者は取材に「減税分は収入認定しない。そこから保護費が引かれることはない」といったん回答。しかし、厚労省の6月の事務連絡を指摘すると「そうなんですか? 把握していなかった」と驚いた。
 
 利用者の多い東京都足立、江戸川区はともに「厚労省の事務連絡に従って対応している」とする。足立区の担当者によると、都内の自治体の生活保護担当者が集まる会合で6月、「減税分が収入認定されると、働いている受給者は定額減税のメリットを受けられなくなるのでは」などと疑問視する意見が出たという。
 
◆「制度のはざまに落ちてしまう人が出る」
 ある自治体の担当者は「生活保護の受給者で所得税を払っている人は少ない。ただ、数は少ないとしても、制度のはざまに落ちてしまう人が出てくる。生活を守るという制度の目的の中に、そもそも生活保護の人を想定していない」と釈然としない思いを漏らした。
 
 
 名古屋市や大阪市も減税分については「収入認定する」と説明。別の自治体の担当者は「人数は少ないとはいえ、受給者には1000円であっても大事。そこを考慮しない考え方自体が問題だ」と憤る。
 
◆扶養に入ったパート「二重取り」の不備も
 定額減税は減税に給付を組み合わせるなど複雑な仕組みになった結果、事務作業を行う自治体の負担が増すなどさまざまな問題がかねて指摘されてきた。象徴的なのが7月に発覚した「二重取り」問題だ。夫の扶養に入っている妻のパート収入が年100万円超〜103万円以下の場合、一人で8万円の減税効果を得られることになる。政府側は制度設計の段階で不備を想定したが、防ごうとすると、自治体や企業の負担がさらに増すとして、容認する考えを示した。
 
 そもそも政府が減税にこだわったのは、岸田文雄首相が自らについたイメージを払拭する政治的アピールとみられている。昨年6月、政府税制調査会がまとめた答申で、退職金の税控除の見直しなどが盛り込まれたことで「サラリーマン増税」と批判が噴出。SNSでは首相を「増税メガネ」とからかう書き込みが広がった。こうした状況にあった昨年10月、首相は定額減税を唐突に打ち出した。
 
◆「一律給付の方が効果は高かった」
 第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「経済対策なら減税よりも一律給付の方が効果は高かった。効果がないとは言わないが、威力不足」と指摘。二重取りの問題に触れ「不平等を放置する。やってはいけない制度だったのでは」と批判する。
 
 専門家からも、定額減税の効果を疑問視する声は上がる。生活保護問題対策全国会議事務局長の小久保哲郎弁護士は「ドイツでは、この十数年来、生活保護の基準額を引き上げ続けている。特に直近では、食品等の物価高騰による生活圧迫に対処するため法改正まで行い、基準額を12%も引き上げた」と解説する。
 
◆「ドイツのように生活保護基準額の引き上げを」
 「われわれが相談会を開くと、『物価高で生活していけない』という相談がかなり多い。生活保障を目的とするなら、一度きりの小手先の定額減税ではなく、ドイツのような基準額の引き上げを行うべきだ」
 
 岩田正美日本女子大名誉教授(社会福祉学)はこう指摘する。
 
 「国は『就労自立』と言って、受給者に『1万円でも2万円でもアルバイトしろ』と就労を促す。それに従って所得税を払い、今回の定額減税で減税されても、収入認定でその減税分が相殺されてしまう。働いていなければ4万円入るのに、働いてそれが減るなら矛盾している。生活保護の就労自立政策の意図が問われている」
 
◆デスクメモ
 最低賃金は全国平均1054円で決着。5%増はハイペースに見えるが、物価高の猛威の前には色あせる。2010年代から労組や野党が主張する1500円に届くのはいつか? 生活保護以外のセーフティーネットもこの国は弱い。足の引っ張り合いでなく、全体を上げていかねば。(本)