国民生活を崩壊させた第2次世界大戦時の軍事費膨張… 岸田政権の防衛費大幅増は「戦時財政」をなぞっていないか

 
 
 雨がそぼ降る初夏の東京・千鳥ケ淵戦没者墓苑。第2次世界大戦で亡くなった身元不明の戦没者を慰霊する政府主催の拝礼式に、57回目となる今年も、200人近い遺族の姿があった。

◆国の行く末を案じる戦没者遺族
 「いまだに父の遺骨は見つからない。遺族のもとに返すのが戦争を始めた国の責任ではないか」。硫黄島など各地で収容された遺骨が新たに納められる中、千葉県から参列した上田美毎(よしかつ)さん(82)がつぶやいた。

 父が出征したのは1941年の夏。生まれる数日前だった。満州(現中国東北部)を経て、1944年に西部ニューギニア(現インドネシア)で息絶えていたと戦後分かった。「現地は食糧もなく、飢えや病で悲惨な状況だったはず。あんな戦争は二度と繰り返してはいけない」

 上田さんは、戦後「平和国家」として歩んできた日本の行く末に不安を感じる。岸田文雄首相は安保政策を転換し、敵基地攻撃能力の保有に踏み切った。「敵の基地をたたけば、戦争を始めたとみなされるのではないか。なぜ話し合いで解決しようとしないのか」。
 
 政権は同盟国である米国の要請も背景に、防衛費の大幅増額も決めた。2023年度から5年間で総額43兆円。これまでの1.5倍の水準だ。歴代政権が1%を目安にしてきた国内総生産(GDP)比は、2027年度に2%へ引き上げる。戦後長く避けてきた建設国債の防衛費への充当も解禁し、艦船の建造費などを賄う。
 
◆「打ち出のこづち」だった軍事費特別会計
 「日本の安全を守るのに本当に必要な規模や装備の議論が乏しいまま、額ありきと言うしかない。公共事業のための建設国債を充てるのも拡大解釈だ」。中央大の関野満夫教授(財政学)は疑問を投げかける。念頭にあるのが国債の乱発や増税で国力以上に軍事費を膨らませ、破局へと突き進んだかつての戦時財政だ。

 1937年に日中戦争が始まると、政府は臨時軍事費特別会計を設置。終戦まで決算はなく、詳しい議会報告もいらない「打ち出の小づち」だ。一般会計と合わせた1944年度の歳出額は、開戦時の18倍となる約860億円に急拡大した。一般会計も臨軍会計への繰り入れなど軍事関係の歳出が約7割に上り、財政全体で戦争遂行を支えた。

◆戦費調達に好都合だった国債や借入金
 だが、財源の7割は公債や借入金だった。借金への依存度は5割程度の米国や英国に比べ、一段と高かった。関野教授は「国民所得の水準が低いため、増税による税収より国債発行の方が手っ取り早く戦費を調達するのに好都合だった」と指摘する。

 国民は国債購入の原資となる貯蓄を半ば強制された。戦後、その預貯金も超インフレで実質価値を喪失。財政危機を乗り切るため、戦時中以上の重い税負担も課された。「軍事費膨張が国民生活を崩壊させた事実を記憶しておくべきだ」

◆地域の緊張を高める「軍拡の罠」
 軍拡に伴う兵器開発や国家の同盟関係は、地域の緊張感を一層高める。いわゆる「軍拡の罠」だ。研究者は、戦前と現代の類似性を指摘する。

 明治大の山田朗教授(日本近現代史)は航続距離の長い零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の完成が、真珠湾攻撃という新戦略の採用につながったとみる。岸田政権が増額する防衛費で長射程ミサイルの取得や整備を強化する動きを戦前と重ね合わせ、「専守防衛という従来の枠を超え、抑止力以上の存在になりかねない」と懸念を示す。

 1940年に結ばれた日独伊三国同盟は日中戦争の打開や勢力圏の拡張を狙ったものの、米英を刺激し太平洋戦争に突入する引き金となった。「軍拡が軍事同盟と結び付くと、結果的に相手を追い込んだり結束させたりし、軍拡の連鎖に火を付けてしまう」と説く。
 
◆「軍縮カードを持ち、知恵を絞って」
 米中が対立し分断が深まる世界で、加速する日米の一体化に危うさを感じるのもそのためだ。山田教授は「戦前の『国体護持』のように、日米同盟の維持が絶対的な目的となっている。米国の戦略に振り回され、防衛力のあり方に国民の声が及んでいない」と指摘し、こう警鐘を鳴らす。「軍縮のカードを持ち、近隣諸国との付き合い方に知恵を絞らなければ、緊張を高めるばかりだ」

 来年で戦後80年。軍拡がたどった歴史の教訓は今も生きているのか。千鳥ケ淵に眠る37万柱もの遺骨が静かに問いかけている。(近藤統義)

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連載<平和国家の現在地>全5回

 集団的自衛権の行使を容認する解釈改憲から10年。日米の軍事的一体化で専守防衛は形骸化し、防衛力強化を目的とした自衛隊施設の建設や防衛産業の育成などが進んでいる。「平和国家」を標榜(ひょうぼう)するこの国で何が起きているのか。現場の動きと背景を伝えた。
 
 
 

<社説>検事の定年延長 政権の介入を追及せよ

 
 東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年を延長した2020年の閣議決定を巡る情報公開訴訟で、大阪地裁は国に対し、文書開示を命じた。検察人事への政治介入は許されない。「法解釈の変更は黒川氏のためと考えざるを得ない」と断じた判決に従い、国は関連文書を早急に開示すべきだ。

 検察官の定年は検察庁法で63歳と定められ、国家公務員法の定年延長の規定は適用されていなかったが、当時の安倍晋三政権は法解釈を変更し、黒川氏の定年延長を閣議決定した。

 大学教授が関連文書の開示を求めたが、法務省は不開示としたため訴訟となった。裁判で国側は「黒川氏を目的とした解釈変更ではない」と主張したが、同地裁は定年延長が全国の検察官に周知されていないことを踏まえ、「黒川氏の退官予定日に合うよう、ごく短期間で進められたと考えるほかはない」と明確に述べた。

 当然の判断である。当時は森友学園や加計学園、桜を見る会を巡る疑惑、参院選広島選挙区での選挙違反事件など、政権に関連する疑惑が相次いで浮上していた。

 そのため「政権に近いとされる黒川氏を検事総長にするためだ」「検察への政治介入を許す」との批判が相次いだ。そんな国民の疑問にも応えた判決だった。

 結局、政府は検察官の定年延長を認める検察庁法改正案の成立を断念。黒川氏も賭けマージャン問題の発覚で辞職し、賭博罪で罰金20万円の略式命令を受けた。

 そもそも検察庁法は特別法であり、定年も同法の規定を優先する法原則がある。恣意(しい)的な解釈変更など許されるはずがない。

 何より検察官は独立性が求められ、政治権力を追及し得る存在である。時の政権の意向で恣意的な人事が行われれば、検察捜査に政治が介入する恐れも出てくる。

 国会審議を経ず、閣議だけで法解釈をねじ曲げた経緯は当然、国民に明らかにされなければならない。にもかかわらず法務省は「該当文書なし」と回答し、説明責任も果たさないまま放置してきた。許し難いことだ。

 法務省内の協議文書ばかりでなく、首相官邸とどんなやりとりがあったのか、国会でも厳しく追及し、解明すべきだ。不可解な定年延長の真相が明らかにされなければ、国民の「知る権利」や情報公開法の趣旨は踏みにじられる。