鹿児島県警が、警察官の情報漏えい事件に関連し、報道関係者宅を家宅捜索していた。憲法で保障された表現や報道の自由を脅かす深刻な問題だ。警察当局には十分な調査、説明を求めたい。

 福岡市のネットメディアの記者宅が4月、鹿児島県警に家宅捜索を受けた。捜査資料を同メディアに漏らしたとして、鹿児島県警曽於(そお)署員が地方公務員法違反容疑で逮捕された事件の関連だった。同メディアはこの資料をサイトに掲載し、県警批判を続けていた。

 この捜索で押収したパソコンからは、県警幹部だった前生活安全部長が札幌市のフリー記者に送った内部文書が偶然、見つかった。フリー記者は、福岡市のネットメディアの常連投稿者だった。その内部文書には同県警枕崎署員が、トイレで盗撮したとされる事件の資料も含まれていたという。

 

 内部文書は前部長→フリー記者→ネットメディア記者に送られたとして県警は前部長を逮捕、6月に国家公務員法違反罪で起訴されたが、前部長は逮捕後の裁判手続きで「盗撮事件を県警本部長が隠蔽(いんぺい)しようとした」と陳述した。

 本部長は一切否定しているが、本部長の事案認知から枕崎署員の逮捕まで5カ月も要したのは事実だ。しかも逮捕は、前部長からフリー記者への資料流出確認後。こうした事件指揮に関し、警察庁は本部長を長官訓戒処分とし、県警への特別監察を進めている。

 4月の捜索(強制捜査)は、ネットメディアの情報源を探るために行われたとみるほかない。今後も捜査当局に都合の悪い情報が報じられた場合に、報道関係者への捜索が行われて情報源が探索されることになれば、取材の自由が妨げられ、国民の知る権利が脅かされる結果につながりかねない。

 報道機関にとって、情報源の秘匿は最も重要な倫理である。最高裁も2006年、「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」と判断。検察・警察などもこれまで、表現の自由を保障するとして、強制力で取材源を開示させることは控えてきた。

 今回の捜査手法は、憲法にのっとって当局と報道側との間で保たれてきた共通認識を逸脱している。捜索令状を出した裁判所の判断も問われる。誰からの、どんな指示に基づいた捜索だったのか、徹底的に解明し公表すべきだ。

 

 

逮捕者が相次ぐ鹿児島県警 情報漏えい事件、内部情報を受け取った記者本人が明かす騒動の裏側

 
「事務所に県警のガサが」
 それは突然の「爆弾告発」だった。

 告発の主、鹿児島県警の本田尚志・前生活安全部長(60)が国家公務員法(守秘義務)違反容疑で県警に逮捕されたのは5月31日のこと。その5日後の6月5日、鹿児島簡裁で行われた勾留理由開示手続きの席において、

「職務上知り得た情報が書かれた書面を、とある記者に送ったことは間違いない」

 本田氏は事実関係を認めた上で、背景に県警トップ、野川明輝本部長(51)の存在があったことを次のように暴露したのだ。

「鹿児島県警職員の犯罪行為を野川明輝本部長が隠蔽しようとしたことが、一警察官としてどうしても許せなかった」

「2023年12月中旬、枕崎のトイレで盗撮事件が発生した。容疑者は捜査車両を使っており、枕崎署員だと聞いた。現職警察官の犯行ということで、野川本部長指揮の事件となった。私は捜査指揮簿に迷いなく押印をし、野川本部長に指揮伺いをした。しかし本部長は『最後のチャンスをやろう』『泳がせよう』と言って本部長指揮の印鑑を押さなかった」

「不祥事が相次いだ時期だったため、本部長としては新たな不祥事が出ることを恐れたのだと思う。本部長が警察官による不祥事を隠蔽しようとする姿にがくぜんとし、また、失望した」

「そんな中、現職警察官による別の不祥事が起きた。市民から提供を受けた情報をまとめた『巡回連絡簿』を悪用して犯罪行為を行った。これも本部長指揮事件となったが、明らかにされることはなかった。不都合な真実を隠蔽しようとする県警の姿勢に、さらに失望した」――。
 
 
前代未聞の事態
 本田氏は1987年に県警に採用され、22年3月に生安部長にまで上り詰めた、いわゆる「ノンキャリ」。そんなたたき上げの県警元最高幹部が「キャリア」である本部長を告発するなど、前代未聞の事態である。野川本部長は本田氏の告発の2日後、

「隠蔽を意図した指示は一切ない」

 と否定。双方の主張が真っ向から対立しているわけだが、警察庁の露木康浩長官は鹿児島県警に対する監察を実施する考えを示した上でこう述べている。

「容疑者(前生安部長)の主張については捜査の中で必要な確認が行われていく」

 疑惑の渦中にある野川本部長は愛知県出身。95年に東大法学部を卒業後、警察庁に入庁している。

「主に警備畑を歩んできた人で、出向先である東京都のオリンピック・パラリンピック準備局の大会準備部担当課長、警察庁警備局警備課警護室長などを経て鹿児島県警本部長に。出世のスピードは“普通”といったところで、警察庁キャリアの頂点である警察庁長官や警視総監までたどり着くのは難しいだろうとみられていました」(警察庁関係者)
 
 
「95年入庁」の呪い
 目下、警察庁内ではある「因縁」を指摘する声が上がっているという。22年、奈良市内で安倍晋三元総理が銃撃されて死亡した事件の発生当時の奈良県警本部長で、事件後に辞職した鬼塚友章氏。彼も野川本部長と同じ95年入庁なのだ。

「そのため、“95年入庁組は呪われている”と言われているのです。現職警察官による盗撮事件は組織犯罪でも何でもないので、『泳がせよう』などという指示は普通あり得ない。そこに隠蔽の意図があったかどうかは今後の捜査次第ですが、前生安部長が本部長を告発する、という事態になっているのは本部長のガバナンスが利いていない証拠。野川本部長の責任が問われるのは間違いありません」(同)

 思惑が複雑に入り組んだ今回の事件。その構図をクリアにするためには、次の点を深く掘り下げる必要がある。本田氏から県警の内部情報を受け取った“とある記者”とは何者なのか。県警は本田氏による情報漏えいをいかにして把握したのか。これらの疑問を解消するために避けて通れないのが、福岡を拠点にするネットメディア「ハンター」の存在である。

“とある記者”の正体
 
 
 まず、“とある記者”とは、「ハンター」に鹿児島県警に関する記事などを寄稿していたライターの小笠原淳氏である。

 小笠原氏が語る。

「問題の資料は4月3日、私が主に執筆の場にしている北海道の『北方ジャーナル』という雑誌の編集部の住所に私宛てで送付されてきました。郵便料金が10円足らなかったので、その分を私が払い、受け取りました。消印の日付は3月28日。私に資料を送ってきたのは、『ハンター』に名前を出して鹿児島県警の記事を書いていたからでしょう」

 その場で開封した資料には〈闇をあばいてください〉とあり、先に触れた枕崎署員による盗撮事案や、別の現職警察官による「巡回連絡簿」を使ったストーカー事案の詳細が記されていた。また、情報源をカムフラージュするためか、〈本件問い合わせ〉先として、県警の前刑事部長の名前と住所、電話番号も付されていた。

「これだけ具体的なことを書いている以上、ウソではないだろうなとは思ったのですが、私は普段は札幌にいるのですぐには動けない。そこでこの資料を『ハンター』と共有しておこうと思ったのです」(同)

 後編「『隠蔽指示はあったとみるべき』 逮捕者が相次ぐ鹿児島県警、情報漏えい事件の『キーマン』が明かす県警の“不審な動き”」では、「ハンター」代表が明かしたガサ入れの模様と、その後の県警の“不審な動き”について報じている。

 

 

「隠蔽指示はあったとみるべき」 逮捕者が相次ぐ鹿児島県警、情報漏えい事件の「キーマン」が明かす県警の“不審な動き”

 
 
 
「不都合な真実を隠蔽しようとする県警」
「本部長による犯罪行為隠蔽(いんぺい)が許せなかった」――。鹿児島県警前生安部長が県警トップを名指しで告発するという前代未聞の事態。複雑に入り組んだその背景事情と腐臭漂う県警の内情を、今回の情報漏えい事件の「キーマン」である福岡のネットメディア代表が明かす。

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 鹿児島県警の不祥事を告発する資料をPDF形式で受け取ったのが、福岡を拠点にするネットメディア「ハンター」代表の中願寺純則氏である。

「資料は受け取ったものの、(「ハンター」に鹿児島県警に関する記事などを寄稿していたライターの)小笠原淳さんと“ウラ取るのが難しいね”と話し合い、ちょっと待つかということになりました。で、時間がたつうちに『ハンター』事務所に県警のガサが入ったのです」

 そう語る中願寺氏が運営する「ハンター」は、2年前から鹿児島県警のさまざまな不祥事を書き続けてきた。その末の家宅捜索だった。

“お前ら腐ってるな”
「全ての始まりは県警OBの息子による『強制性交事件』です。事件があったのは21年9月。被害者は新型コロナウイルスの療養施設で働く女性で、加害者は鹿児島県医師会の男性職員です。この男性職員の父親が県警OBで、そのせいか、鹿児島中央署は性被害を訴える女性の告訴状の受理をかたくなに拒否していたのです」(同)

 この事件の取材過程で中願寺氏はある資料を入手する。県警の内部資料「告訴・告発事件処理簿一覧表」。そこには、問題の強制性交事件のものも含まれていた。

「23年に『ハンター』で『告訴・告発事件処理簿一覧表』について写真付きで記事にしたのですが、県警は内部資料の流出を一向に公表しようとしませんでした。そこで今年2月、私はその資料を持って県警に行き、“これを渡すから流出を認めて謝罪してほしい”と迫った。ところが県警の職員はかたくなに受け取りを拒否。私は“お前ら腐ってるな”と捨てぜりふを吐いて帰ってきました」(同)
 
「まさか報道機関にガサ入れすることはないだろうと…」
 県警の内部資料などを漏らしたとして県警曽於(そお)署の藤井光樹巡査長(49)が逮捕されたのは4月8日。「ハンター」事務所に家宅捜索令状を携えた警察官らがやって来たのも同じ日だった。

「『ハンター』は報道機関です。まさか報道機関にガサ入れすることはないだろうと高をくくっていたら、朝、ピンポンと鳴って“鹿児島県警です”と。その時に携帯電話もパソコンも持っていかれてしまいました。その中に、4月3日に小笠原さんからPDFで受け取っていた今回の文書も入っていたのです」(同)

 中願寺氏は4月21、23日には県警の事情聴取も受けた。

「元々は参考人としての事情聴取と言われていたのですが、後に情報漏えいに関わった疑いがあるとして、被疑者としての取調べになります、と言われました。もちろん情報源の秘匿で何も話せませんから、取調べの2時間の間、ずっと黙っていました」(同)

「隠蔽指示はあったとみるべき」
「ハンター」事務所の家宅捜索により、内部の不祥事が漏れていることを把握した県警の動きは速かった。まず5月13日、トイレで盗撮したとの容疑で枕崎署の巡査部長を逮捕。そして同月31日、情報漏えいの疑いで鹿児島県警の本田尚志・前生活安全部長(60)を逮捕したのだ。

「私も小笠原さんもあの資料を送ってきたのが本田さんだったというのは逮捕後に知りました。本田さんが警察で使っていたパソコンを解析したところ、われわれに送ってきたのと同じ資料のデータが出てきたことで漏えい元だと分かったようです」

 と、中願寺氏は言う。

「枕崎署員の盗撮事件については、情報が漏れていることが分かったので、『ハンター』に書かれる前に急いで立件したのでしょう。あれは昨年12月の事件で、本田さんが退職する今年3月末には捜査は終わっていたのだから、その時点で立件されていないのはおかしい。やはり野川明輝本部長(51)による隠蔽指示はあったとみるべきでしょう」(同)

 無論、「ハンター」への家宅捜索や本田氏の逮捕を最終的に決断したのも、野川本部長その人であろう。腐臭漂う鹿児島県警で、彼はいくつの罪を闇に葬ったのか。


「週刊新潮」2024年6月20日号 掲載