原発でミソをつけた経産省は、しばらく「クールジャパン」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の支援でお茶を濁してきたが、公共投資や原発のような巨大利権にはなり得ない。

そんな折も折、2020年の秋頃から世界的な半導体不足が表面化する。さまざまな要因が重なって半導体のサプライチェーンが寸断され、自動車やコンピューターを作るのに欠かせない半導体が日本で入手困難になった。

経産大臣の経験もあり、機を見るに敏な甘利氏は早速「半導体議連」の設立に動き、経産官僚や経産省出身の官邸官僚を使って半導体産業に補助金の雨を降らせる「半導体・デジタル戦略」の枠組み作りに動いたのである。

その結果として、半導体という特定の業種に、毎年1兆~2兆円というとんでもない額の税金を注ぎ込む三つの基金が生まれた。だが我々の血税を半導体産業に誘導するルートは基金だけではない。

 

 

官製ファンドを通して企業を買収する――経済という相撲の行司を務めるべき経産省が、まわしを締めて経営にまで乗り出した。しかしどんな錦の御旗を掲げても、「禁じ手」が許されるはずがない。

税金を湯水のごとく使って
2027年までに、最先端である2ナノのロジック半導体の量産を目指す国策企業ラピダス。

技術面でも人材面でも実現は絶望的であるにもかかわらず、1兆円もの血税を投じて支援している経済産業省の「暴走ぶり」は、前回記事『99%が税金の半導体会社「ラピダス」はもはや国有企業…そのウラにある経産省の「思惑」』で見た通りだ。


しかし事態はそれだけにとどまらない。日本の半導体業界に補助金の雨が降り注いでいる。その額、2021~2023年度ですでに4兆円。全て補正予算から拠出されているので、国民の目には触れにくい。かつて「利権の巣窟」と批判された道路、ダムなどのいわゆる公共投資が2000年度の約12兆円から6兆円強に半減する中、それに匹敵する規模の新たな利権が生まれつつある。

本来、資本主義の国において、国が特定の企業や産業に巨額の補助金を出すのはおかしい。リーマンショック規模の経済危機の場合は特例とされるが、それも根拠となる法律を作り、国会で議論した上で国民の合意のもと拠出するのが筋である。

ところが半導体については毎年度、1兆円、2兆円というとんでもない額の税金が「経済安全保障」の名の下、国会でまともな議論もされないまま投じられているのだ。

一体全体、政府は何を理由に半導体産業だけを特別扱いし、巨額の補助金をばら撒くのか。筆者は、その理由らしきものを示す経済産業省の資料を入手した。

『半導体・デジタル産業戦略』

こんなタイトルがついた187枚のパワポ資料は、5月31日付で経産省が作成したもので、その冒頭にはこう記されている。

〈2030年に、国内で半導体を生産する企業の合計売上高(半導体関連)として、15兆円超(※2020年現在5兆円)を実現し、我が国の半導体の安定的な供給を確保する〉

そのために2021年度7740億円、2022年度1兆3036億円、2023年度1兆9867億円の補助金を全て補正予算で拠出したことが、「戦果」のように誇らしげに書かれている。予算規模は毎年、倍々ゲームでとどまる所を知らない。

補助金は主に特定半導体基金、ポスト5G基金、経済安保基金という三つの基金から拠出されている。

特定半導体基金は経産大臣が認定した特定半導体生産施設整備等計画に沿った事業を、経済安保基金は2022年に定められた経済安全保障推進法に基づき経産省が「経済安全保障を推進する」と認めた事業を、ポスト5G基金はこれから主流になる第5世代移動通信システムの次の技術研究やそれに必要な半導体の開発事業を助成する。

とにかく経産省が必要と認めれば、何千億円、何兆円という補助金が出る仕組みで、底の抜けたバケツも同然だ。

誰も責任を取らない
半導体産業への巨額の税金流入を先導しているのが、2021年5月に発足した自民党「半導体戦略推進議員連盟(半導体議連)」の会長を務める甘利明衆議院議員だ。

半導体議連には元首相の故・安倍晋三氏、当時財務相の麻生太郎氏が最高顧問に名を連ね「AAAの揃い踏み」と言われた。設立総会で甘利氏はこう語っている。

「半導体を制するものは世界を制すると言っても過言ではない。日本はこんなもんじゃない。ジャパン・アズ・ナンバーワン・アゲインを目指して先陣を切っていきたい」

2022年7月、凶弾に倒れるまで安倍氏が固執した経済政策「アベノミクス」は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の、「三本の矢」で構成され、「異次元」と言われた金融緩和と財政出動は円高に歯止めをかけ、株価上昇のきっかけを作った。

だが最初の2本はいわゆる「カンフル剤」であり、3本目の経済成長につながらなければ、効果は一過性で終わってしまう。強力なカンフル剤を打ったにもかかわらず、民間の投資は活発にならず、成長の糸口が見つからない。この「笛吹けど踊らず」の状態が安倍政権の悩みの種だった。

安倍政権の特徴は、あらゆる政策を首相官邸が決める「官邸主導」であり、経済政策の多くは経産省出身秘書官の今井尚哉氏らが主にシナリオを書くようになる。「経産省内閣」とも呼ばれた安倍政権が最初に目をつけたのは原子力産業だ。

原発を「国内のクリーンな主要電源」と位置付けるとともに、東芝、日立製作所、三菱重工などの原発メーカーと、東電などの電力会社、総合商社を組ませ、日本製の原子炉を新興国に輸出し、現地でそれを運用し、必要なウランも供給する。「原発のパッケージ型輸出」という政策だ。資源エネルギー庁の課長だった柳瀬唯夫氏(現NTT副社長)を中心にまとめた「原子力立国計画」がベースになっている。

だが2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故により、この政策は瓦解する。経産省などの”指導”に乗って、米国の老舗電機メーカー、ウエスチングハウス(WH)の原子力部門を約6000億円で買収した東芝は、海外原発事業で1兆円を超える赤字を出し、これを隠すため粉飾決算に手を染めた。

東芝は2023年12月、74年に及ぶ上場企業としての歴史にピリオドを打った。安易に「国策」に乗ってしまったことが「東芝解体」の主因と言える。

東芝上場廃止の原因を作った西田厚聰氏、佐々木則夫氏、田中久雄氏の歴代3社長は、役職からの辞任に追い込まれただけでなく、会社から損害賠償請求の訴えを起こされた(西田氏は死亡。佐々木氏、田中氏には2023年、東京地裁が賠償責任を認めたが控訴)。

ビジネスの世界で大きな失敗をすれば、経営者は相応の責任を取らされる。しかし、国策のシナリオを書いた官僚や政治家が責任を問われることはない。「国策プロジェクト」が無責任体制に陥る最大の原因である。

原発でミソをつけた経産省は、しばらく「クールジャパン」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の支援でお茶を濁してきたが、公共投資や原発のような巨大利権にはなり得ない。

そんな折も折、2020年の秋頃から世界的な半導体不足が表面化する。さまざまな要因が重なって半導体のサプライチェーンが寸断され、自動車やコンピューターを作るのに欠かせない半導体が日本で入手困難になった。

経産大臣の経験もあり、機を見るに敏な甘利氏は早速「半導体議連」の設立に動き、経産官僚や経産省出身の官邸官僚を使って半導体産業に補助金の雨を降らせる「半導体・デジタル戦略」の枠組み作りに動いたのである。

その結果として、半導体という特定の業種に、毎年1兆~2兆円というとんでもない額の税金を注ぎ込む三つの基金が生まれた。だが我々の血税を半導体産業に誘導するルートは基金だけではない。


1兆円の税金で「ゾンビ企業」を生み出す…国が進める「ヤバすぎる産業政策」の正体

 

税金で約1兆円の「お買い物」
東芝が昨年末、74年に及ぶ上場企業の歴史を終えたことは、前編記事『経産省が「4兆円」もの税金を「とある業界」につぎ込んでいる…そのヤバすぎる理由』ですでに書いたが、今夏、もう一つの上場企業が非公開になる。半導体素材の世界大手JSRだ。

96%政府出資の「官製ファンド」産業革新投資機構(JIC)が9000億円を投じてTOB(株式の公開買い付け)を実施。84%の株式を取得したため、夏までに上場廃止になる見通しだ。

ただし同じ上場廃止でも東芝とJSRでは全く状況が異なる。JSRは、半導体の製造に欠かせない「フォトレジスト」と呼ばれる感光材の世界シェアで首位に立つ優良企業だ。

当時の世界的な天然ゴム不足に対応し、国が4割の株式を保有する国策企業として1957年に設立されたが、民営化後の1970年代後半に半導体のフォトレジストの事業化に成功し、そのトップ企業に上り詰めた。

2024年度は半導体不況の影響から赤字になる見通しだが、2023年度の最終損益は約158億円の黒字、2022年度も373億円の黒字を計上している。経営危機が懸念される会社ではない。

JIC傘下の投資ファンドが拠出する資金は政府保証のついた事実上の公的資金、詰まるところ税金である。なぜ、経営危機でもない会社に1兆円近くの税金を投じて非上場化しなければならないのか。外資系投資ファンドの首脳は「明らかにおかしなディールだ」と批判する。

 

実は4年ほど前から米アクティビスト(物言う株主)のバリューアクト・キャピタル・マネジメントがJSRの大株主になり、2021年からは社外取締役も送り込んでいる。バリューアクトはJSRの株価が購入時より上がってきたため「そろそろ手放す」と見られており、外資系企業や海外の投資ファンドが買取りに強い意欲を示している。

「半導体戦略素材のトップメーカーが外資に買われるのは経済安全保障上好ましくない」

甘利氏や経産省はそう考えたのかもしれない。甘利氏は2022年8月、高市早苗衆院議員の後を受けて自民党経済安全保障推進本部の本部長にも就任している。

 

JSRのエリック・ジョンソン社長は、株主にとって最も有利な条件を選ぶ入札を経ず、さっさとJICのTOBを受け入れてしまった。岸田政権が掲げる「新しい資本主義」は、「海外からの投資の呼び込み」を謳っているが、JICが官製ファンドであることを考えれば、外資をブロックしたことになる。外資排斥であり民業圧迫だ。

前出の外資系投資ファンド首脳は嘆く。

「海外の投資家がようやく、日本市場に投資し始めた矢先に、官製ファンドが余計なことをすると、また外資が逃げていってしまう」

JSRのジョンソン社長はJICの買収を受け入れた狙いを「得た資金で業界再編(同業他社の買収)を促進するため」としている。だが1+1=2になるほど企業買収は簡単ではない。

買収のターゲットになりそうなフォトレジスト世界シェア2位、東京応化工業の種市順昭社長は昨夏の決算説明会で「腹落ちしていない。独り言で終わってほしい」と、官主導の再編に強い違和感を示した。掟破りの買収がまかり通ってしまえば、公正な市場秩序すら歪みかねない。

 

実際、経産省が主導した業界再編はほとんど成功した試しがない。JIC傘下の投資ファンド、INCJが2000億円を出資し、ソニー、東芝、日立製作所の中小型液晶パネル事業を統合した「日の丸液晶会社」のジャパンディスプレイは、今年5月に発表した2024年3月期決算は443億円の赤字を計上した。赤字はこれで10年連続だ。

同じくINCJが主導して立ち上げた有機ELパネルのJOLEDは昨年3月、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、事実上、倒産している。半導体製造のエルピーダメモリも2012年に倒産した。

もちろんリスクマネーを供給する「投資」だから、ポートフォリオ全体で適正な利益が出ていれば良く、全ての案件が成功する必要はない。2013年に出資したロジック半導体のルネサスエレクトロニクスは、INCJの傘下に入った後、急激に業績を回復させた。オムロン元会長の作田久男氏を社長に招き、徹底した固定費の削減や拠点統廃合を進めたことで経営効率が改善した。

 

だが逆に言うとルネサス以外に見るべき成果はない。そもそも税金を使って特定の企業を再建したり、業界再編を促したりするのは、自由競争を歪める悪手であり、バブル経済の崩壊やリーマンショックのような非常時にカンフル剤的に使うにとどめるべきである。

それゆえ、JICのファンド運用は産業競争力強化法で「2033年度まで」とされてきた。ところが5月31日、同法の改正案が国会で可決され、運用期限が「2049年度」まで延長された。前出の特定半導体基金などと同じように、「国策」の名の下に官僚や政治家が巨額な税金を引き出せる「別ポケット」は、一度使ったら手放せないのだ。

 

187枚の「ポンチ絵」
結果としてJICによって税金を注入された企業は、本来、民間企業としては経営破綻しているのに、関わった官僚や政治家が失敗を認めないため、いつまでも税金で生かされる「ゾンビ企業」になる。ジャパンディスプレイがその典型だが、前回記事で取り上げたラピダスや今回のJSRも「親方日の丸」のモラルハザードに陥れば、早晩、ゾンビ化する恐れがある。

187枚のパワポからなる「半導体・デジタル産業戦略」は、よくできた資料である。半導体産業にまつわるあらゆることが、そつなく盛り込まれている。

 

だがこれは実際に部材を調達し、製品を量産し、それを販売したことのある人の文章ではない。事業創造大学院大学国際公共政策研究所上席研究員で、自らもベンチャー企業の経営に関わった経験を持つ渡瀬裕哉氏は言う。

「秀才が3年くらい勉強して作った資料です。霞が関全体のレベルが落ちているので、こうした全体観のあるパワポ資料をサッと作れる官僚は、経産省にしかいない。だから彼らが重宝がられるわけですが、ビジネス経験ゼロですから、その通りにやって、うまくいくはずがない。

彼らにとって大切なのは、最終的にプロジェクトがうまくいくかどうかではなく、大風呂敷を広げて予算を獲得することです。プロジェクトの結果が出る頃には他の部署で偉くなっていますから」

「経済安全保障」の御旗の下、国会でまともな議論もないまま、たかだか187枚のポンチ絵で、毎年何兆円もの税金が半導体に注がれる。我々は悪い夢でも見ているのだろうか。

「週刊現代」2024年6月22日号より