対談 蓮舫知事候補 宇都宮健児元日弁連会長

東京都知事選 7月7日投票

蓮舫さん「国民の声を示したい」

宇都宮さん「貧困支援ない小池都政」

 
 
 全国注視の7月7日投開票の東京都知事選。幅広い市民と、共産、立民、社民、生活者ネット、緑、新社会の各党が支援する蓮舫知事候補=無所属=が、宇都宮健児・元日弁連会長と対談し、知事選への思いを縦横に語りました。(林直子、吉岡淳一、写真=山形将史)

 宇都宮健児氏 まず今回立候補されたのはどういうお気持ちからなんでしょうか。

 蓮舫知事候補 参議院議員を20年つとめましたが、今ほど「政治とカネ」の問題で与党自民党と政府が、国民の感覚と離れているときはないと思います。予算委員会での岸田(文雄)総理との質疑、参院の政治倫理審査会で裏金議員の世耕(弘成)前自民党参院幹事長と議論し、彼らはあまりにも認識が遠いところにいる。私は納税者の気持ちに立つ、その思いで行政改革に力を入れてきましたから、とても強い怒りを持っていたところに衆院3補選がありました。2009年の政権交代時でも勝てなかった島根1区で応援したとき、自民党への怒りを各世代の方たちからすごく熱く伝えられました。

 これは変えられる時だという実感が自分の中で重なっていきました。多くの仲間から挑戦したらどうかとお声がけをいただきました。都民の声を都政に反映すると同時に、岸田総理、あるいは裏金で何も明らかにしてないような人たちに「これが国民の声だ」と示したいと思いました。

もっと福祉に使う
 宇都宮 小池(百合子)都政は最初は自民党にけんかを売ったような形でしたけれど、いまや自民、公明、都民ファーストが支える都政です。知事選では、自民党と結びついた小池都政のあり方が問われます。

 蓮舫 光熱水費、家賃、通勤の機会費用の損失などを換算した国土交通省の調査によると、東京都民はけっして豊かではありません。だからこそ、プロジェクションマッピングに2年間で関連事業を含めて48億円も使うのが本当にいいんだろうかと。

 国が子どもの貧困対策で増やした額がわずか34億円です。そこに今の政権の貧困の認識の差が表れています。仮に都が48億円そこに使えるのであれば、もっともっと福祉に使えます。

 宇都宮 プロジェクションマッピングが映される都庁本庁舎の隣で毎週、生活困窮者の支援をしています。食料配布に並ぶ人の列が年々増えています。小池都政はそこへの視点がありません。

政治が支えないと
 蓮舫 私がお伺いした時、700人を超えていました。女性が増えているんですね。若い女性、子連れの女性、若年カップルも。

 切り詰めて切り詰めてどうにもならず食べ物だけでも支援を求めるという方たちが増えているという。これはもう政治じゃなければ支えることができない。小池さんは、自民党が自助を強く打ち出した政権の時に中枢にいた人ですから、その考え方が変わっていないのかなと強く感じます。

蓮舫さん 外苑の再開発は立ち止まる
宇都宮健児さん 私の掲げた思い全て託せる
 
 
 宇都宮 私は反貧困ネットワークの理事長をやっているんですが、困難を抱えた人に光を当てるのが本来の政治の役割だと思います。小池都政は、そこへの視点、政策が非常に弱いですよね。

 私たちは韓国や台湾の生活困窮者支援団体との交流を4月にやりました。支援活動に行政も参加しています。ところが都は、都庁隣の支援活動にも全く加わらない。むしろ一時期、三角コーンを置いて妨害までした。

 自治体の最大の責務は、住民一人ひとりの命や暮らしを守ることです。だから支援の場に行かないっていうのは知事の姿勢に根本的な問題がある。

 私は2014年都知事選で「困ったを希望に変える東京へ」をスローガンに立候補した経験があります。

 ぜひ蓮舫さんには、困っている人が希望を持って生きられる都政にしていただきたいと思います。

 蓮舫 大先輩からもったいないお言葉です。私と小池さんが名乗りをあげたことで、メディアは、イエス・オア・ノー、ゼロか100という報道ぶりがあるんですが、行政ってそうではないと思います。例えばプロジェクションマッピングは絶対駄目だと言っているわけではないんです。365日毎晩照らす必要があるんだろうか。ハロウィーンやクリスマスの期間限定にすることで集客効果も高まれば、費用対効果も高まるように思えるんです。その結果、費用を縮減できれば、福祉に活用できると考えます。

 格差は、結局情報格差にもつながっています。食料支援に並んだ方たちを、行政サービスにつなげること、ここに東京都が入ることができればなと。イエス・オア・ノーじゃない部分で、大きく変わらないけれどもゆっくり変わっていく。そして必ず手が届く、支える都政を、私はやりたいと思っています。
 
 
 宇都宮 神宮外苑にも視察に行かれましたね。再開発問題についてどのようにお考えですか。

 蓮舫 決定的に欠けているのは情報公開です。そもそも明治神宮は勤労奉仕、献木、国民の献金であったりということでつくられた森です。当時の東京市が譲る要件として市民のために使うと決めたのを、なぜ開発させてしまったのか。その経過がわからないこと。

 もう一つは住民説明会。極めて限定的な、しかも意見交換ではなく、事業者側からの一方的な説明に終わっているという話を伺っています。小池知事は「ブラックボックス」を開けると言いました。しかしおそらく小池知事の前から開発に手をつけられていた外苑再開発の「ブラックボックス」を、さらに閉じてしまったのが非常に残念です。

 森というのは100年かけて育つものですから、今3000本を伐採することが、ふさわしいのかという視点で立ち止まるべきだと思っています。気候変動対策の面からの検討も必要だと思います。

 宇都宮 気候危機問題は人類の大問題で、緑とか環境に対する価値観がずいぶん変わってきていますよね。

 外苑以外にも、日比谷公園や葛西臨海水族園の再整備でも樹木の伐採が計画されています。蓮舫さんには、そういうところのチェックも期待します。

均衡のある発展を
 蓮舫 「小池都政リセット」といっても全ての政策をゼロに戻そうというわけではありません。よいものは引き継ぎます。私にとって小池知事というのは環境大臣のイメージがあり、環境に負荷のかからない政策をめざしていた方だと思うので、なぜ変わってしまったのか問わせていただきたいですし、4年前の選挙では「都民と決める」とおっしゃってたと思うんですね。ところが言ってることと、おやりになられてきたこととが違う印象を持ちます。この選挙で正面から問わせていただきたいなと思っているところです。

 宇都宮 関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼記念式典に従来の知事は追悼文を送付していました。小池さんは1期目の最初の年だけ送付し、それ以降やめてしまった。昨年は関東大震災100周年ということで、市民団体による実行委員会がぜひ追悼文をと要請したようですけれど、それでも断っているんですね。

 朝鮮学校に対する補助金も凍結されたままです。21年に東京都はこども基本条例をつくりました。東京都こども基本条例は子どもの権利条約の精神にのっとりつくられたものですが、子どもの権利条約では人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見などによって差別してはいけないということが定められているんですね。補助金凍結は、自らつくった条例と大変矛盾しています。

 蓮舫 私も疑問があります。震災を生き抜いた方が人災で亡くなられた歴史。石原慎太郎知事も追悼文を送られたのは、貴重な歴史の上に立って次世代が生かされているということでもあり、それが歴史に学ぶということだと思います。

 小池知事は再開発、国際金融都市とか華やかなことがお好きだと見受けられますが、そうしたものも全て人がいて成り立っているわけですから、人権を尊ばない姿勢は私には理解できません。

 宇都宮 PFAS汚染も深刻です。検査すると特に多摩地域で問題になっています。住民の血液検査でも高い濃度が検出されています。

 蓮舫 健康、生活上の問題でもあるので、地元のみなさんから丁寧に意見を伺わせていただき、求めておられるものに真摯(しんし)に向き合いたいと思います。

 宇都宮 都は4月から小中学校の給食無償化のために区市町村への半額助成を始めましたが、財政に余裕のない多摩地域では無償化できない自治体があります。

 蓮舫 多摩地域でも学校給食を無償化したいと考えています。多摩格差と言われますが、多摩でも23区でも暮らしやすい、均衡ある発展を目指していきたいです。

選挙戦どうしたい
 宇都宮 勝利のために何が必要か、どんな選挙戦にしたいか。

 蓮舫 都民に私と小池さんの政策の違いがわかる選挙にしたいと思います。東京都の課題は国政に隠れて見えず、報道もあまりされませんよね。いい形で政策論争をしていきたいです。

 今まで選挙に行ったことがない方も都政に関心を持って、選んでいただける、そういう権利を使っていただきたいなと思います。

 無所属の立場で全ての都民のために先頭に立って働く覚悟で臨みます。政党や思想信条にとらわれず「オール東京」で、東京都を私と一緒に変えたいという方のご支援をいただきたいと思います。

 宇都宮 都知事になって真っ先にやりたいことは。

 蓮舫 徹底した若者対策です。徹底した。分厚い中間層をつくります。8・5兆円の予算があります。絶対できる。貧困もなくします。

 今の子どもたちは社会に出る時に絶望するんですよ。分厚い中間層をつくり直し、子どもたちが未来に夢を描ける都政をつくりたいんです。

 宇都宮 私は12年、14年、20年の都知事選に立候補しました。お話を聞いて、私の思い、私の掲げた政策を全部託せるような候補者だと思いました。私も全力で応援します。

 蓮舫 ありがとうございます。


小池都知事「7つのウソ・デタラメ」…首都決戦告示から2日で早くも露呈
 
 
 東京都知事選(7月7日投開票)の初日(20日)、現職の小池知事は「第一声」を都庁近くの選挙事務所で済ませる異例のスタート。この短期間で早くも「7つのゼロ」ならぬ「7つのウソ」をついている。

①公務はスカスカ

 小池氏は「公務優先」で街頭活動を控えているが、初日の公務は午後2時30分から渋沢栄一邸宅跡地に建てられたビル「日証館」(中央区)と、都市緑地「大手町の森」(千代田区)の視察のみ。21日も毎週金曜の定例会見をこなしただけとスカスカで、“忙しい合間”を縫って、わざわざ自ら選挙事務所に出向いて「江戸消防記念会」から推薦状を受け取っていた。「公務そっちのけ」だ。

②選挙妨害のトラウマ?

 告示日の街頭活動を見送った理由について、4月の衆院東京15区補選での選挙妨害事件に触れ「4月のあの第一声は、あまりにもプレッシャーが大きかった」とトラウマをにおわせた。身の危険を感じていたはずだが、補選の選挙戦12日間のうち9日も応援に駆け付けていた。

③完全無所属

 告示日には、自身のXで《今回も政党の推薦は受けず、完全無所属での立候補です》とアピール。〈#萩生田百合子〉が象徴するように、自民党都連のステルス支援はバレバレ。

④公約達成率90%?
 
 19日の日本記者クラブ主催の共同記者会見で、小池氏は2期8年で掲げた政策目標164項目のうちコロナ禍で着手できなかった項目を除き、「139項目を達成しております」と堂々胸を張った。言葉通り受け止めれば「達成率90%」だが、これもデタラメだ。

 都政策企画局作成の「『未来の東京』戦略の進捗状況」には〈9割以上の139項目で順調に推移〉とある。「順調に推移=達成」なのか都政策企画局に聞くと、「すべて2030年までに到達すべき政策目標であり、まだ達成はしていないが、目標に向かって順調に推移している」(計画調整課)と答えた。

「達成したことにしちゃった」のか。

⑤8年間で8100億円の財源捻出

 ライバルの蓮舫候補から「第三者評価が入っていない」「バックデータも非公開」と根拠を疑問視されている。

⑥神宮内苑は原生林

 共同記者会見で小池氏は神宮外苑の再開発問題について、「内苑は原生林、外苑は人工林」と訴え、「よく理解いただけていないのかな」と蓮舫をチクリ。ドヤ顔だったが、明治神宮の公式HPには内苑に関して〈明治神宮創建にあたって全国から献木された約10万本を植栽し、「永遠の杜」を目指して造成された人工林〉とハッキリ書いてある。

⑦島しょ部への思い入れ

 小池氏は最初の街頭演説に伊豆諸島の八丈島をチョイス。Xで《私にとって思い入れの強い島しょ部》とアピールした。

 2016年8月の知事就任直後から、島しょ部(計11島)の視察を約2年かけて制覇。その後は18年8月と11月、19年2月と9月に伊豆諸島の一部を回った。思い出したように今年5月に大島、三宅島、八丈島を訪れたのは約5年ぶり。

 この長い空白期間は何か。都は「コロナ禍が理由では」(総務局行政部振興企画課)と答えたが、コロナ禍の22年に4回も海外出張を断行したのは誰あろう小池氏だ。うち1カ所は因縁のエジプト・カイロ。島しょ部の方がよほど近い。その程度の「思い入れ」だ。

 首都決戦は火ぶたを切ったばかりなのに、女帝はもうほころびだらけ。大ウソつきに再び都のトップを任せてはダメだ。
 
注目を集める都知事選。小池百合子氏が得意とする“仕掛け”は今回も通じるのか?
 
 
東京都の小池百合子知事は、14日の定例会見で都知事3選を目指して出馬表明した。蓮舫氏が立候補を表明してから、7月7日の選挙に向けて早くも舌戦が繰り広げられている。2016年の選挙では、無党派層から300万票近い支持を集め、情報戦に強いイメージがある小池都知事について、当時をよく知るウェブ編集者の新田哲史氏が分析した。

※本記事は2016年刊、新田哲史:著『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた? -初の女性首相候補、ネット世論で分かれた明暗- 』(ワニブックスPLUS​新書)より一部を抜粋編集したものです。

◇「ポスト舛添」が争われた2016年の都知事選

2016年7月6日、私は41歳の誕生日の朝を都心の産院で迎えていた。個室での入院だったため、家族が一人だけ泊まり込むことが許されている。私は第一子の出産を無事に終えた妻に付き添っていた。目を覚ました直後、私のiPhoneにSNSのメッセージが入っていたのに気づいた。

「誕生日おめでとうございます。新田さん、電話をいただけますか?」

懇意にしている国会議員だ。電話を掛け直す前に、私は用件を察した。これは、その翌週に告示を控えていた東京都知事選挙のことに違いない、と。

そして、その日から私は、初めての子育てをしながら傍観者として見守るはずだった首都決戦の当事者となる。ネット時代に劇場化した都知事選において、壮絶な様を目撃することになるプロローグに過ぎなかった。

……と、思わせぶりに書いてみたが、「当事者」といっても、とある陣営の選挙準備のごく一端をお手伝いしたに過ぎない。ただ、準備を終えたあとも、本業の空き時間にボランティアとして事務所に何度か出入りはしていたので、厳密には第三者ではない。

準備期間のNDA(秘密保持契約)があるので、詳細は申し上げられない。アゴラの業務とは完全に切り離し、ステークホルダー間の合意は取っての関係性である(私は選挙期間中、特定の陣営を応援する記事は書いていない)。

さて、都知事選に至る政界の動きを振り返ろう。

舛添要一氏が6月15日、政治資金を巡るスキャンダルにより、任期途中で都知事の座を辞する意向を表明し、21日に正式に辞職。都知事選が参院選直後の7月14日告示、31日投開票という日程が決まり、政界やメディアでは「ポスト舛添」が誰になるのか、さまざまな候補者の名前が上がった。

当初、本命視されたのは「櫻井パパ」こと、嵐の櫻井翔氏の父、桜井俊総務事務次官。折しも任期満了による退官の時期が重なったが、本人は記者会見で出馬を否定し、結局出馬することはなかった。一方の野党サイドは、民進党で蓮舫氏の都知事転身に期待する声が浮上。

このことが、二重国籍疑惑の「端緒」になったことは周知の通りだが、国政に残ることを表明し、こちらも不出馬となった。

蓮舫氏の不出馬会見から11日後の6月29日、「本命」候補が次々に消え、参院選に突入した最中、自民党の小池百合子衆議院議員が突然、都知事選出馬の意向を表明する。蓮舫氏の不出馬会見から11日後の6月29日だった。

◇都知事選の前から驚嘆させられた小池氏の演出力

「崖から飛び降りる」という決意の文句は、マスコミの話題をさらい、環境相時代の「クールビズ」を思わせるキャッチコピー能力の健在ぶりを感じさせたが、この出馬表明が寝耳に水だった自民党東京都連は反発する。

小池氏は7月6日に正式に出馬表明し、1.都議会の冒頭解散。2.都政の利権追及チームの設立。3.舛添問題の第三者委員会設置という3つの公約を掲げる。

都議会の冒頭解散は、都議会の不信任決議があってから知事が判断する話なので現実味がなく、準備に粗さがあったのは否めなかったが、自民党都連の怒りは頂点に達し、対決機運を盛り上げ、都知事選を劇場化する効果は十二分だった。

桜井氏の出馬が消えた自民党都連は、元総務大臣で、前岩手県知事の増田寛也氏に打診。小池氏の「崖から飛び降りる」に対抗し、増田氏が出馬について「スカイツリーから飛び降りるくらいの覚悟が必要」と報道陣に心境を語ったことが、当時のテレビでは面白く取り上げられた。自民党は久々に都知事選を分裂選挙で迎えることになった。

一方の野党サイドも、民進党都連が元経産官僚の古賀茂明氏の擁立に動いたり、市民グループが後押しする宇都宮健児氏が出馬をギリギリまで模索するなど紆余曲折あったが、結局、民進党と共産党などが鳥越俊太郎氏を野党統一候補として擁立。参院選終盤の頃には、首都決戦の構図が、小池・増田・鳥越の3氏を軸に展開することが固まりつつあった。

水面下で都知事選の準備をしていた私だが、その頃の見立てとしては、小池氏が対決機運を盛り上げようとして目立っていたものの、政党の後ろ盾が無く、彼女が狙っている無党派層の受け皿となれるかどうか、まだ計りかねていた。

「小池氏は女性に人気が無い」という評価が以前から政界でささやかれており、都知事選当選ラインの200万票を、彼女が組織ゼロから掘り起こせるのか半信半疑だった。

だが、7月14日の告示を待たずして、小池氏のPR巧者ぶりを見せつけられる瞬間がやってくる。

7月10日午後8時過ぎ。参院選の投票が終わった直後だった。

自民党本部の玄関口のフロアは、人の出入りをチェック中の報道陣ですでにごった返している。そこに小池氏が突然現れ、党本部1階の都連事務局を訪れたのだ。

たちまち取り囲んできた報道陣に「推薦取り下げをお願いした」と小池氏。この時点で、都連の擁立する増田氏は正式に出馬表明をしていないが、「これからの戦いで推薦をちょうだいするのは、なかなか難しい」と、その理由を語った(出典:産経ニュース7月10日)。

私が舌を巻いたのは、この登場の仕方だ。

「推薦の取り下げ」は、一般社会の通念でみれば、なんの変哲もないキャンセル行為だが、政党は意中の候補者にしか推薦を出さないわけで、わざわざ、取り下げのために都連事務局を訪れる必要はない。これはテレビの前に自分をさらし、都連とのたもとを分かつ自分の決意を都民に示すための「画(え )作り」にしか見えなかった。

組織の後ろ盾がない小池氏にとって、露出機会を増やす狙いもあったろう。キャスター出身で、テレビの特性を熟知した小池氏ならではの発想とパフォーマンスに「そこまでやるか」という凄みを覚えた。

「小池百合子を中心にものすごい空中戦が繰り広げられていく」。知人の参院選候補者の事務所のテレビで、自民党本部の様子を見ながら私は予感した。だが、そのあとに目撃することになるメディア選挙の様相は、都知事選の歴史を研究してきた私にとっても、かつて見たことのないものになる。
 
◇「女性に人気がない」政界ではささやかれていた

都知事選前半の報道機関の情勢調査では、小池百合子氏と鳥越俊太郎氏がリードし、増田寛也氏がそれを追うという構図が浮かび上がってきた。大都会・東京の有権者が対象となる選挙だから、小池・鳥越、両氏のスタートダッシュは、やはりテレビ的な知名度の大きさを物語っていた。その点、増田氏は一般的な知名度で劣るのは否めない。

想定内のことではあったものの、小池氏にとっては「グッドシナリオ」になったというのが私の印象だった。選挙が終わった夏以降、小池氏の圧倒的な存在感が確立されているので、このような話をしても信じがたいかもしれないが、小池氏は後ろ盾となる政党がいない分、基礎票が未知数であり、足元は脆弱だった。

小池氏の「バッドシナリオ」は十分考えられた。先述したように、以前から小池氏の評判に関しては「女性に人気がない」という見方が政界ではささやかれていた。また私が、自民党都連関係者に聞いただけでも「集会での人集めで協力してくれない」「2009年の総選挙で小選挙区で落選した際に秘書をクビにした」といった話がある。

実際、選挙のプロほど当初は厳しい数字を見立てていた。選挙統計も手がけている著名ブロガーの山本一郎氏は、告示の10日前時点で「投票率50%とみて有効投票全数が500万票強であるならば、一割にあたる50万票ぐらい」と見積もり、「どっちにしても勝てない」と酷評していた(7月4日、ヤフーニュース)。

つまり、投票率が史上3番目に低い46・14%に沈んだ前回2014年選挙のような展開となれば、大政党の組織力に支えられた増田氏、鳥越氏に有利になることが予想された。

ところが、蓋を開けてみれば小池氏は順調にスタートした。「グッドシナリオ」に転じた理由としては、「都知事選」というカテゴリーの報道で、露出が目立っていたことが考えられる。

ただし、露出の仕方も重要だ。鳥越氏は、選挙中盤に発売された『週刊文春』で、女性スキャンダルを報じられ、ネット上でも大炎上。

この前後、私はグーグルアナリティクスで有力3候補の名前の検索量について分析していたが、文春の報道を境に鳥越氏は際立った検索量となり、3候補で一時最多になったものの、情勢調査ではじりじりと数字を落としていった。「悪名は無名に勝る」のはある程度、真実味があるものの、当たり前のことながら度の過ぎた悪名は致命的になる。

◇田原総一朗氏が語った選挙で勝つための教訓

では、小池氏の露出の仕方は何が良かったのか。勝てる候補者の真髄について、ジャーナリストの田原総一朗氏から直接聞いた言葉を思い出す。

編集長就任直後の2015年12月、アゴラ主催のエネルギーシンポジウムを静岡・掛川で開催し、田原氏をゲストに招いたことがあった。それに先立ち、地元の浜岡原発を田原氏らと見学に訪れたのだが、移動中に二人きりで政治談義をする貴重な機会を得た。

田原氏の話で印象深かったのが、小泉純一郎氏が2001年、自民党総裁選に3度目の出馬をしたときのエピソード。当時、小泉氏は国民的人気の割に党内の支持に不安を抱え、すでに2度黒星を喫していた。

3連敗となれば、もう総裁、つまり内閣総理大臣になる芽はなくなる可能性が高い。「変人」の異名をとった小泉氏も、さすがに出馬するか悩んでいたという。

ある夜、小泉氏を担ごうとした中川秀直衆議院議員(当時)が田原氏に相談を持ちかけ、赤坂の料亭で懇談した。田原氏は「小泉さんが経世会と本気で喧嘩するつもりなら、面白いと思う」と助言した。

経世会は、竹下登元首相がかつて率いた自民党の一大派閥。この前年に亡くなった小渕恵三総理を輩出していた。この当時は平成研究会(平成研)の名称になっていたが、自民党内では、竹下時代からの“経世会支配”の威光がまだ強かった。

田原氏は「ケンカをするなら命懸けでやれ」とハッパをかけたわけだが、中川氏は「小泉の目の前で言ってくれ」と応じると、別室に控えていた小泉氏が現れた。

田原氏が「小泉さん、あなたは経世会と喧嘩する気があるんですか?」と尋ね、決心の程を何度も確かめると、小泉氏は「殺されても私はやる」と応じたという。その後、小泉氏は、平成研が狙った橋本龍太郎氏の再登板を封じて圧勝。長期政権を築いたのは周知の通りだ。

小泉氏とのやりとりは、田原氏の著書『人を惹きつける新しいリーダーの条件』(PHP研究所)に詳しい。田原氏が私に対し、このときの小泉氏の覚悟を引き合いに「選挙で勝つには、殺るか殺られるか、本気で戦わないとダメ」と、語っていたのが印象に残る。小泉氏がブレずに戦う姿勢が、国民の支持を得たわけだ。

それから15年。小池氏は、出馬表明時の都議会冒頭解散の公約から推薦取り下げまで、メディアや世論が注目する仕掛けをしつつ、自民党都連と戦う姿勢を一貫してアピールした。都知事選序盤の堅調な支持率は、小池氏の不安要素を一掃しつつあった。

新田 哲史