《現役東大生が告白》「東大が格差を助長してもよいのか」授業料値上げ方針に対する学生たちの“大きすぎる不信感”

田中 圭太郎 
 
「差別や格差のない社会を実現するために東大で学びたいと思ったのに、その東大が格差を助長するなら、一体何のために、何を希望にして学んでいけばいいのでしょうか」(法学部・4年)

「東大はなぜそこまでして低所得の学生を排除したいのでしょうか。東大がブルジョワのための大学に成り下がったら、私は東京大学の学生であることが恥ずかしくて仕方ありません」(文学部・4年)
 
 
 東京大学が授業料の値上げを検討していることに対して、学生から強い反発の声が挙がっている。6月14日に開催された反対緊急集会には約400人が参加したほか、教養学部学生自治会による値上げ検討を問う学生投票も実施されている。

 学生が不信感を抱いている背景には、値上げ検討が明らかになって1か月が経つにも関わらず、詳細が不明で議論も閉ざされていることや、これまで大学が発信してきたことと今回の値上げ検討が矛盾している点などがある。学費値上げに反対している学生に問題点を聞いた。
 
「自宅生にとって10万円の値上げは韓国旅行1回分かもしれないけれど…」
「学費値上げの話を聞いて最初に思ったのは、誰が年間約10万円も多く出せるのかということです」
 こう話すのは西日本から進学している4年生の女子学生だ。東京大学の学費値上げの検討は内容が明らかになっていないものの、法科大学院を除く大学院と、学部の年間授業料を現在の約53万円から約2割、金額にして10万円ほど引き上げると見られている。

 大学院への進学を考えている地方出身の学生にとっては、年間10万円の値上げは深刻な事態だと女子学生は訴える。

「家賃だけでも年間100万円はかかります。バイトを頑張ると、年収が103万円を超えてしまい、扶養から外れてしまうので、学費が上がる分は稼げません。
 
 自宅から通っている多くの学生は韓国旅行1回分くらいの気持ちかもしれません。けれども、勉強とアルバイトを両立して切り詰めて生活している立場からすると、学ぶ権利を奪われるような感覚です」

授業料値上げは過去の方針と矛盾
 東京大学は国立大学の中で最も大きな財政規模を誇る。令和4年度決算では経常収益が2663億円。運営費交付金や補助金などの国費が934億円で、受託研究や共同研究、寄附金などの外部資金収入は917億円と、いずれも国立大学では最多だ。さらに附属病院などによる自己収入も812億円ある。

 これに対して、経常費用は2715億円で、51億円の経常損失を計上した。大学は人件費の増加と、エネルギー価格の高騰などが理由だと説明している。ただ、臨時の利益などもあり、当期総利益は900億円だった。

 大学関係者によると、今回の値上げ検討については、運営費交付金と学生の納入金からなる教育費が、物価や光熱費の高騰で足りなくなったと教授会で説明があったという。

 運営費交付金は教育研究活動の基盤となる国からの交付金。国立大学が法人化された2004年度は国立大学全体で1兆2415億円あったが、約10年にわたって毎年1%程度減額され、2024年度は1兆784億円となった。東京大学も2005年度の955億円から、2022年度は799億円にまで減少している。

 一方で、授業料などの収益は年間165億円に過ぎない。仮に2割引き上げても、運営費交付金の減額幅とは桁が違っていて、財政が好転するわけではない。北関東出身の4年生の男子学生は、大学が過去に発信してきたことと矛盾すると指摘する。

「運営費交付金が削減される中で、2010年に当時の理事が、授業料の値上げで予算を増やそうとしても焼け石に水なので、値上げは考えていないと発言をしています。もしも今回伝え聞くような理由で値上げをするのであれば、過去の発言との整合性がありません。

 それに、法人化以降の経営失敗の結果として値上げをするのであれば、なぜ学生に責任を転嫁するのでしょうか。大学への公的支出を渋ってきた国にも問題があり、そのしわ寄せが学生に来ることに対しては憤りを感じます」
 
 また、この男子学生は、現在の藤井輝夫総長が盛んに発言している「ダイバーシティ&インクルージョンの実現」にも、授業料値上げは逆行していると指摘する。

「値上げは世帯所得にゆとりがある家庭の子どもだけが進学できる状態を、より固定化する方向に作用するでしょう。また、東京大学は女子学生の比率が2割と低いことが指摘されています。2割の内訳は多くが首都圏の高校出身者で、その中でさらにマイノリティーとして存在しているのが、地方出身の女子学生です。

 この人たちの東京大学への進学を阻んでいるのは、東京の高い生活費であり、さらに言えば女性の教育に対する理解のなさです。授業料値上げはさらに進学を難しくするでしょう。これが就任以来ダイバーシティ&インクルージョンの旗印のもとでジェンダー比の改善をうたってきた、藤井総長体制でやることなのでしょうか。大きな矛盾を感じています」

「総長対話」の開催方法にも疑問が噴出
 学生による反対集会や、それに伴う報道が増えていく中で、6月10日には初めて藤井総長が声明を出した。「授業料値上げに関する報道について」と題した文章には、次のような内容が書かれていた。

「国からの運営費交付金や授業料収入など、限られた財源を活用して、教育研究環境の充実に加え、設備老朽化、物価上昇や光熱費等の諸費用の高騰、人件費の増大などに対応せねばなりません。

 学生の学習環境を維持・改善する費用を安定的に確保するため、過去3年にわたりさまざまな施策に取り組んできました。そうしたなかで国立大学法人化以降20年間据え置いてきた授業料についても、その改定を検討しています。
 
 ただし、もし値上げをする場合には、経済的困難を抱える学生への配慮は不可欠で、授業料免除の拡充や奨学金の充実などの支援策も併せて実施しなければならないと考えており、その具体的な仕組みも検討しています」

 藤井総長は6月21日に「総長対話」をオンラインで実施して、学生と対話すると発表している。これに対して教養学部学生自治会は、大講堂を会場にして対面で実施すること、討議の場とすること、学生からの質問の機会を設けること、学生からの理解が得られるまで複数回行うことなどを求めた。

 この要望に対して大学は、本名を開示することを条件に自由発言の場を設けることを、参加申し込みをした学生に対して6月14日に通知した。しかし、冒頭の女子学生は大学の対応を「不適切」だと指摘する。

「東大が格差を助長するなら何を希望に学べばいいのか」
「本名を開示しなければならないので、個人の経済的事情など切実なことは話しづらくなります。また、発言者の所属や学年が偏らないようにするためと説明していますが、値上げの影響は所属や学年、出身地やジェンダーによって偏るため、大学の対応は不適切です。拙速に値上げをするためのパフォーマンスではないでしょうか」

 インターネット上では学費値上げに反対する緊急フリーペーパーが公開されていて、多くの学生の声が掲載されている。

「差別や格差のない社会を実現するために東大で学びたいと思ったのに、その東大が格差を助長するなら、一体何のために、何を希望にして学んでいけばいいのでしょうか」(法学部・4年)

「東大はなぜそこまでして低所得の学生を排除したいのでしょうか。東大がブルジョワのための大学に成り下がったら、私は東京大学の学生であることが恥ずかしくて仕方ありません」(文学部・4年)

 国立大学では2019年度に東京工業大学と東京芸術大学、2020年度に一橋大学と千葉大学が標準額から約2割の値上げを実施した。東京大学の授業料値上げの方針が報じられたことで、追随する姿勢を見せている国立大学もあり、東京大学が値上げをすれば全国に波及しそうだ。学生からの疑問や怒りの声に対し、藤井総長は「総長対話」で何を語るのだろうか。

(田中 圭太郎)