日本で企業の「強欲インフレ」が起きている?GDPデフレーターが明かす企業の利益増大

野口悠紀雄:一橋大学名誉教授

 

消費税減税も必至では??内部留保の還元も必要では?

 

 

● GDPデフレーター急伸の意味 23年7~9月期は前年比5%に

 GDP(国内総生産)の物価変動分を示すGDPデフレーターの伸び率が急伸している。

 日本のGDPデフレーターの対前年同期比は、2017年以降、多くの時点でほとんど1%以下だったが、23年7~9月期は伸び率が5%に達した。

 資源価格などの急騰がピークをうった状況で、輸入価格の下落が完全に国内物価に還元されれば、本来、GDPデフレーターの伸び率はゼロになるはずだが、プラスが続くのは、輸入価格の下落が不完全な形でしか反映されていないことを示す。

 還元が不完全であることによって企業の利益が拡大しているとすれば、これまで国外要因によって決まっていた日本の物価が、国内の賃金や企業利益によって影響されるようになってきたかどうかを、見る上で注目すべきことだ。

 企業の値上げによる利潤拡大行動がインフレを高騰させる「強欲インフレ」の日本版が起きている可能性がある。(ただし、6月5日時点では企業所得のデータはまだ公表されていないので、このことはまだデータで確認できない)

● 輸入価格下落の国内価格還元が不完全 輸入物価23年4~12月は前年比マイナス

 GDPデフレーターとは、GDPについての物価指数だ。物価上昇がどのような要因で起きているのかを分析する際に、強力な道具になる。

 家計消費支出や住宅投資、企業設備投資など、GDPを構成する各支出項目について価格変動の様子を示すデフレーターが算出されており、それらの加重平均としてGDPデフレーターが算出される。実質GDPとは、名目のGDPをGDPデフレーターで割ったものだ(正確には、GDPデフレーターの1/100で割ったもの)。

 GDPの計算で、輸入は控除項目だ(他の項目が不変で輸入が増えれば、GDPは減少する)。だから、輸入物価が高騰すれば、GDPデフレーターはその分だけ低下する。

 しかし、輸入物価の高騰分が国内物価に完全に転嫁されれば、輸入物価の伸びと国内物価の伸びがバランスして、GDPデフレーターに対する影響はゼロになる。この場合には、国内物価が上昇しているにもかかわらず、GDPデフレーターの伸び率はゼロになる。

 それに対して、輸入価格上昇が不完全にしか国内物価に転嫁されない場合には、GDPデフレーターの伸び率はマイナスになる。

 日本ではこれまで、輸入物価の上昇はほぼ国内物価に転嫁されており、それが物価を上昇させる主たる要因だった。

 以上とは逆に、輸入物価が下落した場合には、輸入物価下落分が完全に国内物価に還元されれば、国内物価が下落しGDPデフレーターの伸び率はゼロになる。

 しかし、輸入物価の下落が不完全にしか還元されなければ、GDPデフレーターの伸び率はプラスになる。

 実際のデータを見ると、図表1の通りだ。日本のGDPデフレーターの対前年同期比は、2017年以降、多くの時点でほとんど1%以下だった。しかし23年7~9月期には5%に急上昇した。

 これは、輸入物価が低下した影響だ。円ベースでの輸入物価は21年の秋以降急上昇していたが、23年の4月から12月まで対前年同月比がマイナスになった。ところが、国内物価は下がっていない。

 つまり、輸入物価下落にもかかわらず、国内物価が上昇を続けた。このため、GDPでデフレーターが急上昇したのだ。

● ホームメイドインフレが 起きているかはまだわからない

 GDPデフレーターの解釈については誤解も多い。例えば「GDPデフレーターは、国内要因による物価変動だけを表している」と説明される。しかし、この表現は誤解を招きやすいので注意が必要だ。

 正確には「輸出入物価の変動は、国内価格に完全に転嫁されればGDPデフレーターに影響を与えない」というべきだ。

 すでに見たように、輸入価格の動向は、これまでGDPデフレーターに大きな影響を与えてきたのだ。

 海外要因が変化しなくとも、国内要因によってインフレが発生する場合もある。

 例えば企業が利益を増やしたり、賃金を引き上げたりして、その分を販売価格に転嫁したとする。そして、転嫁が消費者物価などの最終財段階にまで及んだとする。すると、最終財のデフレーターが上昇し、したがってGDPデフレーターが上昇することになる。

 ただし現在、生じているGDPデフレーターの上昇は、企業が輸入価格の下落を還元していないことから起きている。ただしそれは、日本企業が自らイニシアチブを取って起こした現象ではない。

 輸入物価が低下したにも変わらず、売り上げ価格を変化させないでいる、いわば、何もしないことによって起きている。企業は積極的に行動したわけではないので、これをホームメイドインフレと言えるのかどうかは、疑問だ。

 本来の意味のホームメイドインフレとは、企業が利益の拡大、または賃上げのために、積極的に販売価格を引き上げることだと解釈すべきだろう。

 こうした動きは、まだデータの上には現れていない。

 政府や日銀はこのような形での物価上昇が望ましいと考えているが、そうしたプロセスが本当に国民の立場から望ましいかどうかは、大いに疑問だ。(このことは、5月23日の本コラム「政府の賃金上昇の価格転嫁支援は理解できない、なぜ『スタグフレーション』を進めるのか」参照)

● 単位労働コストは上昇していない 増えているのは単位利益?

 GDPは、生産面のほか、消費や投資のような支出面、さらに分配面からみることもできる。そして、次の関係が成り立つ。

 支出面のGDP=雇用者報酬+企業所得+資本減耗引き当て(減価償却) (1)

 (1)式の両辺を実質GDPで割ると、次式が得られる(以下では、伸び率だけを問題とするため、資本減耗を無視する)。

 支出面のGDP÷実質GDP=雇用者報酬÷実質GDP+企業所得÷実質GDP (2)

 (2)式の右辺の第1項を、単位労働コスト(ユニット・レイバー・コスト、ULC)と呼ぶ。第2項を単位利益(ユニット・プロフィット、UP)と呼ぶ。また、左辺は、GDPデフレーターである(正確には、GDPデフレーターの1/100)。

 結局、

 GDPデフレーター=ULC+UP (3)

 となる。

 輸入物価の下落が完全に国内物価に還元されれば、単位労働コストも単位利益も変わらない。またGDPデフレーターも変わらない。

 最近の日本では、輸入物価の下落が完全に国内物価に還元されず、GDPデフレーターが上昇している。つまり、(3)式の左辺が大きくなっている。他方、図表2に見られるように単位労働コストは目だって上昇していない。増えているのは単位利益だと考えられる。それがGDPデフレーターの上昇と対応している。(ただし、前述のように最近時点の企業所得のデータはまだ公表されていないので、このことをデータでは確認できない)

● 日本でも「強欲インフレ」が起きている? 企業は値下げで消費者に還元をすべき

 日本銀行は「経済・物価情勢の展望(2023年7月)」で、主要国のインフレの状況について次のように分析している。

 (1)米国では、賃金の大幅上昇から単位労働コストが急拡大して物価を押し上げている。

 (2)欧州では、単位利益が大きめに拡大しており、企業が収益マージンを拡大する動きが物価を押し上げている。

 (3)日本では、米欧対比でGDPデフレーターの上昇幅はかなり限られており、単位労働コストや単位利益の拡大は確認できない。日本の物価上昇については、輸入物価上昇を起点とするコストプッシュ圧力が背景にある。

 しかしこの日銀の分析は、2023年7~9月期にGDPデフレーターの伸び率が急伸する以前のものだ。これまで述べたように、その後、企業が輸入価格下落を販売価格の値下げに還元しないことによって、企業利益が増えていると思われる。

 ヨーロッパでは、アメリカのインフレが輸入されて国内物価を引き上げたが、企業はそれに便乗して利益を拡大させたため、「強欲インフレ」だと言われた。最近の日本でも、メカニズムは違うが、企業利益が増大しているという意味で、「強欲インフレ」になっているということができるだろう。

 2024年の春闘で企業が賃上げに積極的だったのは、利益の増大に批判が集まるのを恐れたためだったのかもしれない。

 ただ、それより先に行うべきは、価格を引き下げて消費者に還元することだった。

 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)