国が自治体に「指示」できるのは…基準示されないまま衆院通過 地方自治法改正案、維新と国民民主も「賛成」

 
 非常時に自治体に対する国の指示権を拡大する地方自治法改正案は30日、衆院本会議で、自民、公明、日本維新の会、国民民主各党などの賛成多数で可決、通過した。立憲民主党、共産党、れいわ新選組などは、衆院総務委員会の審議を通じても国の指示権発動の要件が曖昧なままで「時の内閣の恣意(しい)的な判断で自治体に指示する余地が残る」などとして反対した。

◆過去も「国の通知で自治体が困惑」
 法案は大規模災害や感染症のまん延に加え、「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」に際して国に指示権行使を認める。非常時に国主導による迅速な対応を可能にする狙いがある。
 
 
 立民の吉川元氏は採決に先立つ反対討論で「どのような事態が対象になるのか類型すら特定できず、基準もないまま『恐れがある』と担当大臣が判断すれば指示できる」と懸念を示した。過去の災害やコロナ禍を振り返り、「国から出される通知や助言の多くが自治体を困惑させた。想定していない事態で国が行うべきは、自治体の声を聞き、支援を迅速に行うことだ」と指摘した。
 共産の宮本岳志氏は「戦前は中央集権的な体制の下で自治体が戦争遂行の一翼を担わされ、その反省から憲法に地方自治が明記された」と説明。国の指示権拡大は「憲法で保障された地方自治を根底から破壊する」と批判した。

◆国会が事前に関与する仕組みなし
 一方、維新の中嶋秀樹氏は「多様化する危機対応のために必要な制度と言える」と賛成理由を語った。
 
 28日の総務委では、指示権を行使した閣僚に国会への事後報告を義務づける法案修正がなされたが、国会が事前に関与する規定はない。国が自治体などと事前に十分な調整を行うことなどを求める付帯決議も可決されたが、決議に法的効力はなく、指示権乱用に対する懸念はなお残っている。 (山口哲人)
 
 

国の狙いは「地方が言うことを聞く仕組み」 政府の「画一的な指示」国民生活に影響も 小島延夫弁護士に聞く

 
 
<揺らぐ地方自治~改正案を問う>
 
 政府は地方自治体に対する国の指示権を拡大する地方自治法改正案を提出し、通常国会での成立を目指している。地方分権一括法で国と地方の関係が「対等」とされてから四半世紀足らず。各地の首長などから「上意下達に逆戻りする」などと懸念の声が上がる。この法案をどう見るか。地方自治、地域主権に取り組む人たちに聞いた。今回は弁護士・小島延夫さん。(聞き手・山口哲人)=随時掲載します
 
 小島延夫(こじま・のぶお) 1959年、埼玉県生まれ。行政法や環境法などが専門で、早大院法務研究科教授や日本弁護士連合会公害対策環境保全委員長などを歴任。2011年から文部科学省原子力損害賠償紛争解決センター特別委員を務める。
 
―現在も個別の法律で国に指示権を認めているが、地方自治法に明記すると何が問題なのか。
 
 「地方自治法改正案の指示権は、包括的で何でもかんでも指示できるようになり、恣意(しい)的な行使が危惧される。現行法で国が指示できるのは、原則として自治体が国から引き受ける『法定受託事務』。その指示権も災害対策基本法や感染症法といった個別法で規定している。つまり、限定された個別のケースにのみ指示を認めている。一方、改正案の指示権は、法定受託事務だけではなく、自治体が自主的に行う『自治事務』にまで及ぶ」
 
 ―指示権が自治事務にも広く適用された場合、国民生活に影響が出るのか。
 
 「感染症のまん延時、ある自治体が自治事務として住民全員のPCR検査を独自にやろうとしたとする。やらない自治体もあるだろう。政府は、他の自治体との平等性、公平性を欠くとの理由で検査を妨げる指示を出すことは十分起こり得る。それによって、守れたはずの住民の命が失われ、健康が損なわれるかもしれない。地域のニーズは地域ごとに違うのに、政府が中央集権的、画一的に指示すればうまくいくという考え方は幻想でしかない」
 
 ―改正案によると、指示ができるのは、大規模災害や感染症のまん延の他、「その他国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」となっている。
 
 「要件が抽象的で曖昧すぎて、指示権行使の範囲が政府によって広く解釈される恐れがあり、大きな問題だ。災害と感染症だけではなく、戦争の危機などが含まれることもあり得る。措置をとらないと事態を防げないという緊急性や切迫性が要件に入っておらず、政府が必要だと判断すれば緊急性がなくても指示を出せるようになっている」
 
 ―国会が指示権乱用の歯止めにならないのか。
 
 「重大な指示を出すというのに閣議だけで決め、国会の事後承認も不要となっている。本来、国会が『こういう場合なら指示が必要だ』と議論して認めた個別の事態に対応する法律の規定に基づき、指示権が与えられる。このプロセスを完全に飛ばして自治法に包括的な指示権を付与することは、法定主義からしても論外だ」
 
 ―なぜ今、法改正なのか。
 「政府は医療を中心に活用してもらう狙いでコロナ対策の補助金を自治体に出したが、冷え込んだ産業の振興だったり地域の状況に応じて割と自由に使われてしまった。地方が言うことを聞く仕組みを作ろうというのが発端だ」