若い労働力が医療・介護業界に吸い込まれていく…ほとんどの中小企が働き手を確保できなくなる日

 
デービッド・アトキンソンは何を言おう。「中小企業は淘汰されるべき」発言をしている人物。
 
 
2040年には総人口の約10%が85歳以上になり、人類史上初の超高齢化社会を迎える日本。今後、高齢者が増えることで、医療や介護、サービス業などでさらに人手が必要になる一方で、2、3年後には働くことができる人の数は純減し始め、ほとんどの中小企業が働き手を確保できない時代になるという。元ゴールドマン・サックスの「伝説のアナリスト」デービッド・アトキンソン氏と、労働市場の専門家・古屋星斗氏が、人手不足時代の日本の課題と未来を語り合う。
 
賃金、物価、設備投資の「トリプル高」が起きている
【古屋】アトキンソンさんはこれまでご著書やさまざまな場で、人口が減少していく中で日本という国が変わる必要があると提言されてきました。さまざまな反応があると思いますが、私も日本が変わるべき重要なターニングポイントに差し掛かっていると考えています。

日本で起きている人手不足は決して一過性のものではなく、日本社会が必要とする労働力の量を働き手の数が下回り始めてるという構造的な人手不足が背景にあります。つまり、人口動態の変化に起因する問題で、私は「労働供給制約」と呼んでいます。

年齢の構成が同じまま人口が減少するならば、じつはさほど大きな問題ではありません。しかし、いまの日本は年齢の構成が大きく変わり、さらに人口が減っていくという時代を迎えています。
 
注目すべきは高齢者人口、とくに85歳以上人口です。日本で今後、2040年代前半まで唯一増えるのは85歳以上人口で、2020年の約600万人から約1100万人までほぼ倍に増えると予想されています。2040年代前半には日本の総人口のおよそ10%が85歳以上になると言われていますが、そんな社会は人類史上初で、まだだれも経験したことがありません。

今後、高齢者が増えることで、医療や介護、対人サービス業を中心として人手が必要になってきます。その一方で、高齢者は徐々に働き手ではなくなっていきます。このギャップが、構造的な人手不足を加速させるのです。

その結果として、いま日本では賃金、物価、設備投資の三つが同時に上がる「トリプル高」の局面に入ったのではないかと考えています。この構造的な人手不足、つまり「労働供給制約」について、アトキントンさんはどのようにお考えでしょうか。

【アトキンソン】労働力の問題は、古屋さんがおっしゃる通りです。当然、一過性の問題ではありませんし、まだその深刻さが全面的に出ているわけでもありません。人手不足が本格的に始まるのはこれからです。

【古屋】まったく同感です。

【アトキンソン】日本の生産年齢人口は1994年のピークからすでに1400万人も減っていますが、労働参加率は上昇してきましたので、まだ就業者数は純増しています。労働参加率はすで先進国の中で、最高水準状態にあり、これ以上に高くなることはあまり望めません。

先ほど古屋さんがおっしゃったように、高齢者の中でも高齢化が始まっています。2020年頃までは65歳以上人口の半分以上を65〜75歳が占めていましたが、いまでは75歳以上の人が多くを占めています。

【古屋】そうなんです。実は現在、65歳以上の方々のうちの3人に1人以上が80歳以上なんですよね。

あと2、3年で就業者数が減り始める
【アトキンソン】労働参加率がこれ以上上げられない状態で、生産年齢人口が減り、高齢者がさらに高齢化していくと、近いうちに就業者数は純減し始めます。私の計算では、あと2、3年でそのときを迎えるはずです。

このままだと、大企業と一部の中堅企業くらいしか人を雇用できなくなります。ほとんどの中小企業が働き手を確保できない時代になってしまうのです。これはもう、時間の問題だと思います。

現在の日本の実質GDPは約550兆円ですが、たとえ人口が減ってもAIやロボットを活用すればこのGDPを維持できると言う人がいます。その考え方は“供給側だけ”を見れば、間違っていないかもしれません。
 
しかし、AIやロボットは食べ物を食べませんし、車を買いません。新幹線に乗りませんし、住む家も必要ありません。たとえ供給能力を維持できたとしても、そもそも「それを誰が買うのか」という問題が残ってしまうのです。「人手不足をどうするのか」という供給側だけではなく、「誰が買うのか」という需要側の問題もあるので、需要側をまったく無視した考え方には大きな疑問があります。

もう1つ問題になってくるのは、高齢者が増えることで介護・医療のサービスの需要が増大することです。こうした仕事の特徴は、いずれも「生産性が低い」ということです。

【古屋】それこそが最大の問題です。

【アトキンソン】生産性が低いので採算性が悪くなり、賃金水準も低いのです。増えれば増えるほどGDPを押し下げていきます。供給側の雇用が減っている状態なのに、生産性の低い分野に人が集まってくるという問題がある。

現役世代の働き手が医療・介護に吸い込まれていく
【アトキンソン】もう1つの問題点は、平均年齢の上昇です。人間は高齢化することで消費意欲が減ります。つまり、「個人の消費額が減る」ということです。

先進国では、50歳前後になると、どんなに所得が増えても支出が減ります。日本人の平均年齢が1965年頃のような29歳程度であれば、人口が横ばいであっても個人消費は増えていきます。

しかし、現在の日本人の平均年齢は49.7歳です。たとえ総人口が横ばいだったとしても、しばらくするとお金を使わない世代が増えて個人消費は減っていくはずです。

つまり、「消費者の数」が減っていくだけではなく、平均年齢が上昇することで「1人あたりの消費金額」が下がっていくという問題もある。いまの日本が置かれている状況は、アゲインストなことばかりです。

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【古屋】私が労働市場の観点から高齢化について懸念しているのは、アトキンソンさんがおっしゃったように、医療や介護が非常に労働集約的であるということです。このままでは乏しい現役世代の働き手がブラックホールのようにどんどん医療・介護に吸い込まれて、日本は他の分野にまわす人手がなくなってしまうかもしれない。イノベーションを起こす人材なんて夢のまた夢になってしまうかもしれない。

そもそも「設備投資を導入できる人材」がいないと、生産性を上げるための設備投資もできないわけですから。そういう悪循環に陥ってしまってからでは遅いんです。

私は医療・介護を含めた生活維持サービスの生産性の改善が喫緊の課題だと考えています。日本全体で見れば、製造業の生産性は、実は他の先進国と遜色ない水準で比較的順調に向上しています。一方、サービス産業、特に中小企業の生産性はここ20年くらいでまったく上がっていない。

ただ、こうしたサービス産業が私たちの社会生活を支えているわけですから、非常に危険な状態といえるでしょう。ここに現役世代の労働者がどんどん吸い込まれる状況になるのは絶対に避けなければいけません。

「コンビニの24時間営業は必要」と考えている人は3割
【古屋】私たちリクルートワークス研究所で今後の労働市場をシミュレーションしたところ、2030年に340万人、2040年に1100万人の働き手が不足するという日本の未来が浮かび上がってきました。人手不足の問題は、これからが本番なんです。

【アトキンソン】不足するかどうかは、現在の産業構造を維持するのか、しないのかということも判断基準になると思います。極めて非効率で生産性の悪い現在の産業構造を温存したままやっていこうとすると、1100万人の人手不足は現実になるかもしれません。しかし、産業構造を変えることができれば、結果は異なるでしょう。

【古屋】1100万人も働き手が足りない社会というのはもはや生活が維持できませんので、絶対に変えていかなくてはいけません。産業構造の問題も大きい。また、もっと小さなことからも考えられます。アトキンソンさんもご著書の中で指摘されているように、日本には「本当にそれは必要なの?」と思うようなサービスもたくさんあります。例えばコンビニの24時間営業が必要と言っている人は、私たちの調査でじつは3割しかいないことがわかってきました。使っている外食店がセルフサービスを導入したら「利用をやめる」と言った人もたった9%しかいません。消費者がそれほど価値を感じてないものがたくさんあるということです。

【アトキンソン】日本の得意分野ですよ。ただ単に、経済合理性の議論ができないから精神性の話に置き換えているだけです。私はいつも不思議に思っているのですが、日本はそういうのを検証しないじゃないですか。エビデンスベースになってないんです。

【古屋】人手が足りてないにもかかわらず、ムダな仕事をつくりすぎ・残しすぎですよね。

【アトキンソン】いまの産業構造を残そうとすると、地方だと安い労働力として外国人を入れるという議論になってしまうのですが、経済合理性のない会社を存続させるために大量の移民を迎えるということであれば、私は大反対です。

---------- デービッド・アトキンソン(でーびっど・あときんそん) 小西美術工藝社社長 1965年イギリス生まれ。日本在住31年。オックスフォード大学「日本学」専攻。裏千家茶名「宗真」拝受。92年ゴールドマン・サックス入社。金融調査室長として日本の不良債権の実態を暴くレポートを発表し、注目を集める。2011年より現職。著書に『日本企業の勝算』『新・所得倍増論』など多数。 ----------

---------- 古屋 星斗(ふるや・しょうと) リクルートワークス研究所主任研究員 1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年4月より現職。労働市場について分析するとともに、学生・若手社会人の就業や価値観の変化を検証し、次世代社会のキャリア形成を研究する。 ----------