「終わりのない成長を目指し続ける資本主義体制はもう限界ではないか」

そんな思いを世界中の人々が抱えるなか、現実問題として地球温暖化が「資本主義など唯一永続可能な経済体制足りえない」ことを残酷なまでに示している。しかしその一方で、現状を追認するでも諦観を示すでもなく、夢物語でない現実に即したビジョンを示せる論者はいまだに現れない。

本連載では「新自由主義の権化」に経済学を学び、20年以上経済のリアルを追いかけてきた記者が、海外の著名なパイオニアたちと共に資本主義の「教義」を問い直した『世界の賢人と語る「資本主義の先」』(井手壮平著)より抜粋して、「現実的な方策」をお届けする。

 

61年ぶりのスト
日本でも注目されるストがあった。大手百貨店としては実に61年ぶりとなる西武池袋本店(東京都豊島区)で2023年8月31日に行われたストだ。

労組は雇用維持が不透明なままでの米投資ファンドへの売却中止を親会社のセブン&アイ・ホールディングスに求めた。セブンはストの最中に臨時取締役会を開き、翌9月一日にそごう・西武を売却することを決議。労組側の要求は通らなかったが、多くの消費者になじみの深い企業でのストは、労働者にそうした権利があることすら忘れかけていた日本社会に強い印象を残した。

 

 

このほか、企業別労働組合ではなく、個人加盟型の労組だが、靴販売店「ABCマート」で一人のパート女性が賃上げを求めて3月にストを行った結果、パート全体の時給が6パーセント上がったという事例もあった。消費者向けの事業を展開する企業では、ストによる直接的な影響は軽微でも、世間的なイメージを重視して賃上げに応じる場合もあることを示す画期的な事例となった。

「物乞い」ではない労使交渉
長引く不況の中で、多くの場合で待遇改善よりも人員削減回避を優先し、労使協調路線を歩んできた日本の労働組合で、今後ストが頻発するかというと、現時点ではその可能性は低いように思われる。

ストは憲法第28条でも保障された労働者の権利で、通常は経営側がはるかに強い一方的な労使関係を一発逆転させる可能性を秘めた行為だ。というより、ドイツの労働裁判の判決の名文句として知られる「ストライキ権を背景としない労使交渉は経営者に対する集団的な物乞いに過ぎない」との言葉通り、ストの可能性を排除し続ける限り、労働者側は経営者に「物乞い」を続けなければならない恐れすらある。

 

 

ただ、日本と欧米の労働組合では決定的な違いがある。それは、日本では実質的な労働運動の担い手が企業別労組なのに対し、欧米では産業別労組が中心で、企業別労組はたとえ存在しても、その支部的な役割に過ぎないという点だ。

 

 

日本の労働組合は「ごっこ遊び」レベル…「労働運動後進国」に生きる我々が今すべきこと

 

強い労働組合
「UAWはアメリカン・ドリームを救っている(The UAW is saving the American Dream)」

ビッグスリー(大手自動車会社3社)すべてから、4年半で25パーセントの賃上げをはじめとする大幅な譲歩を引き出し、闘争収拾の方針を示した際、全米自動車労働組合(UAW)のフェイン会長が放った言葉だ。

 

アメリカン・ドリームという言葉はしばしば、勝者総取り方式のアメリカ型競争社会を勝ち残った一握りの人たちが手にする巨大な富を指すと誤解されることがある。だが、言葉の本来の意味は、工場労働者であっても一軒家に住み、子どもを大学に行かせることができ、老後は年金で苦労なく過ごせる——つまり、まじめに働きさえすれば「中流」の人生を送れることを指した。それを可能にした重要な要素の一つが、強い労働組合だった。

 

労組の名に値しない日本の労組
試算によると、2023年の賃金交渉の結果が反映されれば、GMやフォードの工場で働く労働者であっても、年収10万ドルに到達することが可能になるという。工場がある地域の物価水準を考えれば、十分に快適な人生を送れる水準だ。貧富の差の拡大が続くアメリカで過去のものになりつつあったアメリカン・ドリームは、たしかに息を吹き返しつつあるようだ。

一方で、日本の労組のほとんどは労組の名に値しない——。

この指摘を「何をいまさらわかりきったことを」と感じるか、驚きをもって受け止めるかは人それぞれだろう。労組自体にまったく接点がなく、何のイメージも持っていないという人も増えているだろう。

 

だが、アメリカの自動車産業などで起きていることを見れば、労組が本来経済の中で果たしうる役割も、翻って日本に本当の労働運動がほとんど存在しないという言葉の意味するところもよく見えてくる。

 

「産業別労組こそが本来の労組だと言っても、現に日本でも産別組織はあるではないか」と思う人もいるかもしれない。たしかに、日本にも自動車総連や電機連合、日教組など、産別組織は存在する。だが、日本の産別組織は統一的な要求を掲げることはあっても、それは単なる目安であり、満足のいく回答が得られなければ一斉にストなどということは万に一つもあり得ない。

期待できないストライキ
そもそも、「労使協調路線」の名の下に、大企業では会社側の人事ローテーションの一環に組み込まれており、経営側と本気で対峙するつもりなど最初からない労組も多い。そんな労組ではストなど期待のしようもないし、ストという最大の武器を放棄して徒手空拳で経営側に何を求めても、結果は目に見えている。

 

つまり日本の場合、特に大企業の企業別労組やそれらが加盟する産別組織、ナショナルセンター(全国組織)である連合や全労連は、悪く言えば単なる労組ごっこである。あるいはどんなに好意的に解釈しても、世界の労働運動の潮流からはかけ離れたガラパゴス的進化を遂げ、職場の改善要求の受付窓口や会社側の諸施策の広報機関といった極めて限定的な役割しか果たさないものと言わざるを得ない。前年比3パーセントを超すことが常態化した物価高を前にして、「3パーセント以上」の賃上げと2パーセントの定期昇給を求めることしかできなかった連合の2024年春闘「基本構想」が何よりもそのことを如実に物語っている。

 

日本ではいつしか首相が経団連などに賃上げを要請するのが当たり前の光景となってしまったが、放っておけば圧倒的に強い経営側に対し、労働者の取り分を拡大させる役割は一義的には労組が担うものである。そのためには、個々の組合の意識改革に加えて、産業別を軸にした労働界の大胆な再編が欠かせない。息を吹き返したアメリカの労働運動を見ていると、改めてその思いを強くするばかりだ。

 

 

民間企業を妄信する日本…世界の潮流に逆行して「水道民営化」を進めたヤバすぎる信仰

 

パリの挑戦
「今のように物価が上がっている時は特に、民間企業なら値上げの理由をいくらでも挙げただろう。われわれは違う。水は“コモン”(共有財)であり、低所得者でも水道代を払えることが重要だからだ」

フランス・パリ水道公社(オー・ド・パリ)で事務方トップを務めるベンジャミン・ガスティンは誇らしげに語る。パリは世界中で水道事業を手がける「ヴェオリア」と、同社が買収を決めた「スエズ」の「水メジャー」2社が本社を置き、長らく水道が民営化されてきた。水道民営化の中心地とも言えるパリで異変が起きたのは、2008年のことだ。

 

左派市政の下、パリは2008年11月、水道を再び公営化することを決めた。水道料金は約25年間で3・6倍にも上がったのに、原価はブラックボックス化しており、妥当性が判断できないという問題意識からだった。すべての人に必要な水道という公益事業の運営ノウハウが、市当局から失われているという危機感もあった。

 

水メジャーの抵抗
世界的に注目される国際都市で、本拠地でもあるパリでの契約を失うことに抵抗する水メジャーと市当局の暗闘は激しかった。ガスティンは「彼らは強大な政治力を使い、市に水道の管理は無理で大失敗に終わるというキャンペーンを張った」と振り返る。2社は料金徴収に必要な顧客台帳や、どの水道管の補修をいつ終えたかといった記録すら提供を拒んだという。

他の自治体の助けも借り、公社が事業を開始したのは2010年1月。一年あまりの準備期間しかなかったが、その後の実績は目を見張るものがある。

2023年1月時点で一立方メートル当たりの水道料は1・06ユーロ(約160円)。東京都が標準的な一般家庭の例として出している約100円は上回るが、物価が上がり続ける中、再公営化当初と比べ約5パーセントもの値下げを実現した。

 

 

さらに、水源地での水質保全のため、パリから遠く離れた農村地帯での有機農業推進にも乗り出した。水源付近一帯の農家に、農薬や殺虫剤を使わないことに対する補助金を公社が支出する。

 

脱民営化、欧州各地で
ガスティンは「こうした取り組みには30年先、40年先まで見据えた計画が必要で、短期の利益を追う民間企業にはそのような経営は不可能だ」と力説する。

値下げも農家への補助金も、公営化によって必要がなくなった株主への配当や経営陣への高額の報酬を回すことで実現した。

市民らが経営を監視する諮問委員会を設け、議事録をインターネットで公開するなど、情報公開も徹底する。オランダのシンクタンク「トランスナショナル研究所(TNI)」の研究員ラビニア・スタインフォートは「公益事業に民主的な統治を取り戻した点で、パリは際立つ事例だ」と評価する。

パリの例を追うようにフランスでは各地で水道の脱民営化が進む。この間、新たに水道を民営化した事例は一つもない。

 

脱民営化の流れはフランスの水道にとどまらない。英国では国鉄民営化が列車の遅延・運休の多発や設備投資不足による事故に結び付いたとして、一部を再び実質国営化する。TNIによると、ドイツでは2002年以降、電力会社を中心にエネルギー分野だけで282件の公営化が起きた。

 

日本の逆行
日本ではこうした流れに逆行した動きが続く。

 

民営化の前提には、民間企業のほうがより良い経営ができるという信仰がある。だが、郵政民営化では土曜日の普通郵便の配達中止といったサービス低下に加え、かんぽ生命保険の不正販売などの問題が噴出するなど、反証となる事例も多い。

2018年には自治体による水道事業の民間委託を促進する改正水道法が成立した。法改正を受け、宮城県は上下水道と工業用水の20年間の運営権を一括してヴェオリアなどの企業グループに10億円で売却。2022年4月には民間企業による水道運営が始まった。

 

 

拓殖大教授の関良基(環境政策学)は「水道のように競争が存在しない場合、民間企業で経営が改善することはあり得ない。成功例だと思われている国鉄民営化も、大都市圏の利益を過疎地の路線維持に使う仕組みがなくなり、北海道や四国では悲惨な状況だ」と訴える。

 

 

「誰のためのJRか?」9000億円もの利益は株主に還元…国民をないがしろにするJRの「今後」

 

J Rは誰のものか
関が指摘するように、たしかにJRは民営化の成功例だと広く考えられている。だが、それは民営化以前の国鉄が「親方日の丸」の官僚体質、赤字体質でサービスも悪かったことが理由として大きい。巨額の赤字を毎年垂れ流す状況から、現在のように少なくとも上場4社は安定した利益を上げられるようになったことそれ自体は、改善といっていいだろう。しかし、旧国鉄の問題は公営であるがゆえに必然的に起きた問題だと思われがちだが、パリの水道の事例を見てもわかるとおり、本来、それらは所有の形態とは切り離して考えるべき問題である。

 

JRが営利企業になったことで、駅舎内スペースの商業施設としての活用など、利用者の利便性向上につながった面もあるが、不採算路線は切り捨てられることになった。新型コロナの影響が表れる直前の2018年度(2019年3月期)決算で見ると、上場しているJR4社の純利益は、東日本が2952億円、東海が4387億円、西日本が1027億円、9州が492億円である。しかしそもそも、鉄道ほど公共性の高い事業がそれほど巨額の利益を上げる必要が本当にあるのだろうか。

 

国民ではなく株主に還元
分割民営化時には37兆円の債務を抱え、13兆8000億円もの国民負担とともに誕生したJRグループである。だがたとえばJR東日本は、配当と自社株買いを合わせた株主還元が純利益に占める割合(株主還元率)を中長期的に40パーセントまで高める方針を掲げている。もはや詮ない議論かもしれないが、本来、利益を還元すべきは株主ではなく、国民だったのではないか。上場企業でなければ、株主還元など考える必要はなく、自社の従業員にしかるべく分配した後に、残る利益を使って通勤、通学の定期代を安くして国民の懐を助けたり、長距離運賃を下げて地方への人の移動を活性化させたり、社会のためにできることはいくらでもある。しかし、民営化した今となっては、少なくとも上場しているJR4社は国民のために活動する企業というより、株主のためにせっせと利益を稼ぐことを義務付けられた存在である。

 

日本では進歩的な知識人ですらこうした議論を提起することは昨今ほとんど見ないが、世界を見渡せば、同じような問題意識を前面に打ち出す人たちがいた。しかも、資本主義創業の地とでもいうべきイギリスの政界中枢に。

 

公共性の高い事業の再公営化を求める動きは、長らく民営化のフロントランナーとされ、中曽根政権時代の民営化の手本となった英国でも確実に起きている。2010年以来、政権を維持してきた保守党が、数々の失政から支持率を落とし、最近の支持率では野党の労働党に大きく水をあけられているのだ。このまま行けば、鉄道の再国有化などをマニフェストに掲げる労働党が次回の総選挙で政権を奪還するのは確実視されている。

 

 

給料が足りず週2で献血…あのスターバックスが従業員にした冷酷すぎる「仕打ち」

 

 

アメリカの困窮

 アメリカほど労働運動が衰退してきた国で、なぜ今になって労組の活動が再び盛んになってきているのか。当事者たちの話を聞くべく、各地のスターバックスで労働組合結成に踏み切った人たちに連絡を取ってみた。聞こえてきたのは、毎年のように日本円換算で5000億円前後の純利益をたたき出す企業の末端で、想像以上に悲惨な窮乏生活を強いられ、やむにやまれず立ち上がった若者たちの声だった。

 「誰も労組とは縁がなかったが、自分たちの要求を実現するにはこれしかないと思った」。コロラド州デンバーのスターバックスで組合を結成したライアン・ディナロさん(22)はこう語る。

物価上昇に追いつかない昇給

 ディナロさんによると、店でコーヒーをいれるバリスタたちの時給は15ドル(約2200円)から始まるが、歴史的な勢いで上がり続ける物価にはとても昇給が追いつかない。

 ディナロさんは月1400ドルの家賃を年内に1700ドルに値上げされると大家から通告され、途方に暮れていた。店の同僚でも既に住居を失い、ホームレス向けのシェルターに入った人までいるという。

 自身を含め、献血を収入の足しにしているバリスタたちも多いと話す。毎週2回、月に8回の成分献血をすることで700ドル受け取れるという。

 ディナロさんは約2ヵ月間かけ、同僚たちの署名を集めて労組設立の投票を実施。2022年5月に組合が発足した。

 カリフォルニア州レイクウッドのスターバックスで働くタイラー・キーリングさん(26)も自身の店で組合を結成した。スターバックスが米証券取引委員会(SEC)に提出した資料によると、同社社長の報酬は2020年の約1400万ドルから2021年には約2000万ドルに増えていた。

 キーリングさんは「経営者は何百万ドルも報酬を増やしながら、現場には満足な賃上げがまったくなされていない」と批判する。

初めての労働運動

 


 

 キーリングさんは2022年8月、初のストライキを実施した。他業種労組や常連客も応援に来たほか、店の前を通り過ぎる車もクラクションを鳴らして連帯を示すなど、幅広い支持を実感したという。

 ただ、盛り上がる労働運動に対し、会社側は徹底した対決姿勢で応じている。ディナロさんの店では組合結成後、地域を統括する部署から“監視役”が送り込まれ、さまざまな理由をつけて次々と組合員が解雇された。

 最後まで残ったディナロさんも、半年間で2度目の遅刻を理由に解雇された。「シフトの開始時間を勘違いしていた。4年間勤めたが、こんな理由で解雇された例は見たことがない」と話す。

 スターバックス本社の広報担当者は取材に対し「従業員の団結権は尊重するが、組合員だからといって社内規則の適用外にはならない。規則は全店で一貫して適用していく」と述べ、組合つぶしとの疑惑を否定した。

 だが2022年8月には、テネシー州のスターバックスが解雇した7人の復職を同州の連邦地裁が命じた。スターバックスは、労組のない支店に限って昇給やアルバイトの服装といった就業規則の緩和を実施したが、政府の全米労働関係委員会(NLRB)はこれも労働者の団結権への不当な干渉だとしている。

 今後の焦点は、組合が会社と労働協約の締結にこぎ着けられるかどうかだ。協約には賃金に関する取り決めのほか、正当な理由のない解雇を禁じる条項を盛り込むのが一般的だ。米国の労働法に詳しい一橋大名誉教授の中窪裕也は「解雇が原則自由の米国では、この条項だけでも労働者への恩恵は大きい」と話す。

労働者側の復活

 戦後、隆盛を誇った米国の労働組合は、担い手だった製造業の衰退とともに1970年代以降、弱体化の一途をたどる。2021年の加入率は10.3パーセントで、最も古いデータが残る1983年の半分まで低下した。ただNLRBは「現在、全国的に労働組合結成の動きが過去10年間になかった勢いで起きている」としている。

 IT大手アップルの店舗やインターネット通販のアマゾン・ドット・コムの倉庫でも近年、初の組合結成が相次ぐ。違法性も指摘される激しい妨害工作が伝えられるが、それ自体が会社側の焦りの表れともいえる。「勝者総取り」が進む経済で、労働者側が力を取り戻せるか、注目される。

 ディナロさんは現在、空港で荷物運びなどの仕事をしながら、不当解雇を申し立て復職を求めている。「最後まで見届ける責任がある。復職して、協約をこの目で見てみたい」と力を込めた。