「終わりのない成長を目指し続ける資本主義体制はもう限界ではないか」

 そんな思いを世界中の人々が抱えるなか、現実問題として地球温暖化が「資本主義など唯一永続可能な経済体制足りえない」ことを残酷なまでに示している。しかしその一方で、現状を追認するでも諦観を示すでもなく、夢物語でない現実に即したビジョンを示せる論者はいまだに現れない。

 

 本連載では「新自由主義の権化」に経済学を学び、20年以上経済のリアルを追いかけてきた記者が、海外の著名なパイオニアたちと共に資本主義の「教義」を問い直した『世界の賢人と語る「資本主義の先」』(井手壮平著)より抜粋して、「現実的な方策」をお届けする。

 

米で相次ぐストライキ

 

 2023年はアメリカの労働運動が大きな転換点を迎えた年となった。長年、労働組合の組織率下落と影響力低下が相まって進行してきたアメリカだが、5月、映画やテレビの脚本家で構成する全米脚本家組合(WGA)が15年ぶりにストライキを決行した。ネットフリックスなどの動画配信サービスの普及に応じた報酬の増額や、人工知能(AI)を使って過去の作品から新たな脚本を作ることの禁止が主な要求だった。

 7月には全米映画俳優組合(SAG‐AFTRA)も11パーセントの賃上げなどを求め、43年ぶりとなるストを実施。脚本家組合は9月、映画俳優組合は11月、要求の大半を制作会社側に認めさせるかたちで合意に達した。ストの影響で、人気シリーズ『ミッション:インポッシブル』の続編をはじめ、さまざまな映画やTVシリーズが制作の延期などを迫られた。

ストライキで生まれ変わった全米自動車労働組合
 さらに社会的に大きなインパクトを持ったのが、約15万人の現役組合員を擁する全米自動車労働組合(UAW)によるストだ。UAWは2023年9月、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード・モーター、旧米クライスラーを傘下に持つステランティスを相手に工場などでのストを実施。ビッグスリー(大手3社)同時のスト入りは史上初めてで、さらにはバイデン大統領が現職大統領として初めてピケ現場を訪れ、組合員を激励するなど、異例ずくめの事態となった。

 UAWは1980年代に日本の自動車メーカーの本格的なアメリカ進出が始まって以来、ほぼ一貫して守勢に立たされ続けてきた。GM、クライスラーが経営破綻する直前の2007年には、2007年以前に採用された労働者と以後に加わった労働者の間でまったく異なる時給や年金、医療保険といった組合員間格差の受け入れに追い込まれた。さらに近年には組合資金の不正流用や会社側からの裏金受領など、執行部がスキャンダルにまみれる中、2023年、初の組合員全員投票により500票弱の僅差でショーン・フェイン新会長が選ばれた。

 もともとは工場労働者出身のフェイン氏はほぼ無名の存在だったが、「妥協しない、癒着しない、格差を認めない」の3つの「ノー」を掲げて草の根の支持を集めた。第一回目の投票では現職候補に僅差で敗れたが、過半数の票を得た候補がいなかったため実施された決選投票で選出された。会社からの提案書を「ゴミだ」と吐き捨ててゴミ箱に放り込む映像を組合員向けに公開するなど、公約通りに会社側に対し強硬姿勢を貫いている。

 2023年の労働協約更新交渉では、ティア・システムと呼ばれる雇用時期で労働条件が大幅に異なる制度の廃止を訴えた上で、ビッグスリーの最高経営責任者(CEO)は過去4年で平均40パーセントの報酬増額があったことから、組合員に対しても今後4年間で40パーセントの昇給を求めるなど、大胆な要求を掲げた。

 

 

給料が125%UP!?…アメリカの自動車労働組合がストライキで使った革新的な「手法」

 

 

ストライキを成功させた革新的な戦術
フェイン執行部は、要求内容だけでなく、戦術的にも革新的な手法を採用した。従来のUAWのストはGMならGMと、ターゲットとなる会社を定め、その会社のすべての工場でストを打っていた。これに対し、2023年の賃金交渉では、3社すべての工場からストの対象を選定し、しかも事前に次のスト先を予告せずに徐々に対象を増やしていくという戦術を採った。

アメリカではストの最中に会社側が代替要員を連れてきて工場のラインなどに就かせることが認められているが、このように抜き打ちでストをやられると、会社側はそのような準備がまったくできない。業績への影響予想も立てられなくなる。実際、フェイン会長はフォードとの交渉の中で、会社側が新たな提案を出してこなかったことへの対抗措置として、フォード工場の中でも最大で、ドル箱のピックアップ・トラックなどを生産していることから利益面での貢献も最も大きいケンタッキー州ルイビル工場のスト入りをその場で決断。ケンタッキー支部に指示を出し、同工場はその日の晩からストに入った。

 

こうした本気の交渉が実を結び、UAWは今後4年半で25パーセントもの賃金アップをビッグスリーから勝ち取った。これは過去20年以上の昇給幅を上回る増加だ。それだけでなく、見習い工レベルの時給から最高ランクの時給に到達できる年数を大幅に短縮したほか、ティア・システムも廃止。インフレに合わせて賃金も上がる物価スライドも認めさせるなど、近年には想像すら難しかったような大幅な譲歩を次々と勝ち取った。

 

ひとつのストライキが他社や他産業へ与える影響
もちろん、こうした労働運動の成果が、賃金上昇が物価上昇を上回る好循環を社会全体に起こしていくのか、それともビッグスリーの競争力低下につながり、リーマン・ショック後のGMの経営破綻のような、会社も労働者も不幸な事態を招いてしまうのか、結論を出すには早過ぎるだろう。

だが、一つだけ確実に言えるのは、UAWが今回の賃金交渉で会社から勝ち取った譲歩は、労組が存在するビッグスリーだけでなく、労組のないトヨタやホンダ、テスラといったアメリカに生産拠点を持つ他の自動車メーカー、さらには他の産業にも波及していくということだ。

トヨタなどの米国工場の労働者たちはこれまで、UAWによるオルグ(組織化)を拒否してきたが、今回の成果を見せつけられれば、UAWによる団体交渉に参加したほうが自分たちの利益になると考える労働者は増えるだろう。会社側とすれば、UAW傘下の労組が誕生するくらいならばと、そうなる前に労働条件の改善を図る可能性が高い。

仮にUAWによるオルグの脅威を考慮しなくても、単純に求人の面でも、ビッグスリーに激しく見劣りするような条件では人を集められないため、時給の引き上げは不可避となる。引き上げの動きは既に出ているが、自動車産業は就業者数が多い上、他の製造業などとの移動も活発で、経済全体へのより広い波及効果も期待される。

 

以上、映画業界と自動車業界という代表的な事例を取り上げたが、米国では2023年に入り、教師から看護師、料理人に至るまで、近年になかったペースでストが頻発している。米コーネル大の集計では、2023年にストに参加した労働者の数は50万人超で、2022年の約3倍に上り、年間でも1986年以来最大となる。

また、これに先立つ2022年以降、米国ではアップルストアやスターバックスなど、これまで労働運動とほぼ無縁だった場所での労働組合結成が相次いでいる。スターバックスは経営陣の反組合姿勢で知られる。組合側はこれまで目立った成果を得られていないのにもかかわらず、360超の店舗で組合が結成された。組合との交渉に応じないスターバックス本社に対しては連邦政府も問題視する姿勢を強めており、交渉の行方が注目される。

 

 

地球温暖化を信じない「共和党」支持者たち…政治思想による断絶間近の「アメリカの現状」

 
地球温暖化はどこで起きている?
 地球温暖化ほどスケールの大きな話を描く場合、どこに現場を求めるのかは簡単なようで難しい問題だ。影響は地球上のおよそあらゆる場所で現れているように見える。

 だが、全体として人間の経済活動が温暖化を招いていることは疑う余地がなくても、個々の事象を見ていくと、温暖化のせいであると証明することは時として大きな困難を伴う。少なくとも日本国内では、台風や大雨の深刻な被害がここ数年増えている感覚こそ多くの人々が共有しているだろうが、アメリカやカナダのような山火事はまず起きないし、林野庁によると、山火事の総件数も「短周期で増減を繰り返しながら長期的には減少傾向で推移」しているという。

 少し前までは定番とされていた海面上昇で沈みつつある南太平洋の島国ツバルに至っては、実は海面上昇による国土縮小どころか、むしろサンゴ礁の成長により国土が拡大しているとの指摘もあるほどだ。

 いずれにせよ、これを見れば事態の深刻さが一目でわかるというような現場は意外と見つかりにくい。問題が大きすぎて、人類が進化の過程で培った視野から大きくはみ出しているとも言える。
 
現実を直視する人、目を背ける人
 そんな時、もう一つまったく別の語り方があるということに気付かせてくれた映画がある。アダム・マッケイ監督、レオナルド・ディカプリオ主演の映画『ドント・ルック・アップ』(2021年)だ。ある日突然、地球を目指して宇宙の彼方からやってくる彗星が発見されるというストーリー。人類滅亡の瞬間が刻々と迫る中、危機を避けるための国際協調は成立せず、主にアメリカ人の登場人物たちは結局、彗星衝突という危機の存在を信じる人たちと信じない人たちに分かれて党派的な言い争いに終始する。お金と権力のある人たちは、自分たちだけ助かればいいと、地球外への脱出を計画する。

 この場合の彗星とは、明らかに温暖化のメタファーだろう。米国のシンクタンク、ピュー・リサーチ・センターによると、アメリカでは民主党支持者の78パーセントが温暖化を深刻な脅威ととらえているのに対し、共和党支持者ではその割合は23パーセントにまで下がる。本来、政治とは無関係の自然科学の領域に属するはずの話ですら、党派によって分断が進んでいるのが今日のアメリカの病理だが、こうした分断にいつまで日本が無縁でいられるかは予断を許さない。

 真正面から危機を訴えることも大切だが、必ずしもすべての人が聞く耳を持ってくれるとは限らない。特に、はじめから見たい現実だけしか見る気がなく、温暖化の脅威も否定したい人たちの目をどう向けさせるか。想像力や創造性の発揮しどころだ。