病院や診療所などが患者に提供した医療サービスに対して受け取る「診療報酬」が6月に改定される。今回は、介護保険制度の報酬改定と同じタイミングで実施。高齢化が急速に進む中、医療や介護の将来も見すえた内容になっているという。東海北陸厚生局長などを歴任し、医療行政に詳しい藤田医科大保健衛生学部長の堀江裕教授=写真=と中身を読み解いた。 (佐橋大)

 



◆生活習慣病 悪化防ぐ
 「厚生労働省はここ15年あまり、2025年を目指して社会保障の改革をしてきた。今回の改定は、そのまとめと言える」。堀江教授は、こう指摘する。
 2025年は、戦後生まれの「団塊の世代」が全員、75歳以上になる年。高齢者が増え、医療現場への負荷が大きくなると予想される中、救急医療の仕組みを変革し、脳梗塞や心疾患などにつながる生活習慣病の悪化を防ぐようにするのが、今改定のポイントだという。

 生活習慣病の患者に関わる診療報酬は、食事や運動などの療養計画作りまで求められる「生活習慣病管理料」(月1回算定)を中心にすえ、病状の悪化をくいとめる。計画の実施にあたっては、管理栄養士などとの連携を推奨。糖尿病の患者については、糖尿病と歯周病が相互に悪影響を及ぼしていることを踏まえ、歯科の受診を促すことが管理料の要件になる。堀江教授は「生活習慣病から、脳梗塞などに進ませないようにとの意図が込められている」と話す。

 

 低栄養や体の不活発でフレイル(虚弱)になるのを防ごうと、さまざまな場面で、リハビリテーションの専門職や管理栄養士などとの連携を評価する報酬体系にしたのも今回の改定の特徴だ。

 例えば、急性期医療では、リハビリを土日祝日も切れ目なく提供する▽管理栄養士が早くから栄養状態を把握する▽患者の口の中の状態が悪い場合は誤嚥(ごえん)性肺炎などを防ぐために歯科医師につなぐ-などを満たすと、多職種連携が強化されたとして報酬が加算されることになった。

 「リハビリテーション、栄養、口腔(こうくう)ケアの3点セットで、健康寿命の延伸を目指す。入院や外来、ほぼ全ての場面で多職種連携の評価がつく」と堀江教授は指摘する。

 

 

◆介護との関わり強化
 医療と介護の関わりも促す。介護施設と平時から連携する医療機関の医師が、体調を崩した入所者を往診し、必要な場合に入院を受け入れると報酬が加算される仕組みなどが導入される。

 医療を支える人材の確保にも心を配った。今回の報酬改定では、人件費に相当する「本体」部分を0・88%引き上げ、看護師、病院勤務の医師らの賃上げに充てる。これらは患者が支払う初診料や再診料、入院基本料のほか、「ベースアップ評価料」の形で上乗せされるという。

 他には、子育て支援策の一環で、新生児集中治療室(NICU)の入院や医療的ケア児の対応に手厚く報酬がついた。

 堀江教授は「今回の改定は、医療職の働き方改革や処遇改善を進めながら、リハビリテーション、栄養、口腔ケアの専門職との連携の強化や、医療と介護の連携、高度な医療を担う3次救急病院と地域の医療機関などの役割分担を評価している。すなわち、各医療機関に自院の位置づけの明確化を求める内容になっている」と総括した。

 今回の診療報酬改定の目玉は、高齢者の救急搬送の変革だ。医療現場では既に取り組みが始まっており、名古屋市東部では昨年7月、重篤な患者に対応する3次救急病院の日赤愛知医療センター名古屋第二病院(八事日赤)を中心に「ワンストップ救急医療連携」が動きだした。

 

 今回の診療報酬改定の目玉は、高齢者の救急搬送の変革だ。医療現場では既に取り組みが始まっており、名古屋市東部では昨年7月、重篤な患者に対応する3次救急病院の日赤愛知医療センター名古屋第二病院(八事日赤)を中心に「ワンストップ救急医療連携」が動きだした。

◆相互バックアップ

 今年2月中旬、同市天白区の女性(92)が救急車で八事日赤に運ばれてきた。診断は、慢性心不全の悪化。これまでは10日ほど入院することが多かったが、女性は病状が安定し、2日後には車で約10分の聖霊病院に転院した。女性は今、歩行訓練のリハビリを受けており、来月にも自宅に戻れそうという。

 連携のきっかけは、救急搬送者の急増だ。八事日赤の救急受け入れ数は2022年度に1万2千件を超え、要請の2割は断っている。救急患者の多くは高齢者。1993年度は29%だったが、22年度は62%で、約30年で倍増した。

 ワンストップ連携では、八事日赤がまず周辺5区の救急患者を可能な限り受け入れる。そのうち、高齢者に多い誤嚥(ごえん)性肺炎や尿路感染、脊椎圧迫骨折などの患者はできるだけ早く、聖霊病院に移ってもらう。今年2月末までに56件の転院(うち38件は当日搬送)があった。

 

 この連携で八事日赤は空き病床を増やし、重症患者の受け入れ増を目指す。第一救急科部長の稲田真治さん(58)は「まだ目に見えて空床は増えていないが、ほかの病院からも連携希望が出ており、今後に期待したい」と話す。

 一方、一度に多くの救急患者の受け入れが難しい聖霊病院などは、その部分を八事日赤に担ってもらえる。別の3次救急病院とも連携しており、副院長で看護部長の古城敦子さん(67)は「3次救急病院のバックアップをしながら、地域で高度救急以外の機能を果たしていきたい」と言う。

◆報酬改定 連携促す
 今回の報酬改定では、聖霊病院のように、3次救急病院からの高齢患者を受け入れ、早期からのリハビリなどで在宅復帰を支援する「地域包括医療病棟」の項目を新設し、入院料を1日3万500円と手厚くした=右面表。3次救急病院に対しては、連携する病院への早期転院搬送を評価した。

 「3次救急病院は安静第一なので、高齢者はADL(日常生活動作)が急速に低下しやすい。高齢者の救急を分担し、3次救急病院の受け入れ負担を減らしながら、各患者のニーズに応えられる体制をつくろうとしている」と藤田医科大の堀江裕教授は説く。

 報酬改定の後押しもあり、ワンストップ連携のような取り組みは今後広がると見込まれるが、課題もある。受け入れ先の病院が「地域包括医療病棟入院料」を得るには、患者10人当たり看護師1人、リハビリ専門職常勤2人以上など厳しい要件が必要だからだ。

 聖霊病院の古城さんは「人材不足の中、リハビリのスタッフを集めるのは難しく、新規に地域包括医療病棟を始めるのは厳しいのでは。当院でも病棟をどうするかはまだ決めていない」と言う。八事日赤の稲田さんは「連携は診療報酬ありきで始めたわけではない。地域や医療現場がどれだけ必要性を感じているかが、この仕組みが実現する鍵になる」と指摘する。

◆厳しい要件 課題に
 患者や地域住民の理解も欠かせない。ワンストップ連携では、転院の際に「追い出された」と不満を漏らす患者がいたという。八事日赤の佐藤公治院長(65)は「転院後の症状が悪化すれば再度こちらで治療することもある。今のままでは救急現場がパンクする恐れがあり、地域の病院が役割分担しないと回らない状況を理解してほしい」と話す。

 患者の退院後を危惧する声もある。

 第一なるみ病院(名古屋市緑区)は、急性期の一般病棟から回復期リハビリテーション病棟まで備える。約3キロ離れた3次救急病院の藤田医科大病院(愛知県豊明市)と密に連携し、高齢の入院患者の転院も多く受け入れている。

 

 リハビリや退院支援にも力を入れ「地域包括医療病棟」の条件を満たせそうだが、名乗りを上げるかは「検討中」。患者の平均在院日数が急性期病棟並みの21日以内、自宅などへの退院率は8割以上などの要件がネックだという。第一なるみ病院の久崎真治院長(55)は「最近は、身寄りがない高齢患者も増えており、本人の状態が整えばすぐに退院できるという人が減っている。退院先のない患者の対応についても考慮してほしい」と話した。 (大森雅弥、佐橋大)