庶民には冷たい風が吹き付ける!

 

 

日本の金利がどこへ向かうのか世界の投資家が手がかりを探るなか、ひとつ言えることがあるとすればこうなるかもしれない。日本銀行にもそれはわからないと。

日銀は19日、長年にわたって市場をじらし続けてきた末に、世界で最後となっていたマイナス金利政策をついに終わらせた。マイナス0.1%としていた政策金利を0~0.1%程度に引き上げた。植田和男総裁のチームはさらに、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)政策も取り払った。

ところが、市場の反応はつれなかった。日銀の措置をあざ笑ったとさえ言えるかもしれない。植田の政策転換で円が急騰するのではないかという懸念をよそに、円の対ドル相場は1.5%超下落した。他方、日本株の強気派はむしろ、やや勢いづいた。理由は、この「利上げ」の意味がすでに失われているからだ。

日銀ウォッチャーのメディアが19日の決定を仰々しく報じたのは、理解できなくもない。本当に劇的なことが起こるのを17年も待っていた人たちなら、まるで金融の世界の構造が大きく変わったかのように反応してしまってもおかしくはない。

現実はというと、日銀はこれ以上信用を失わないように最低限のことをしたにすぎない。植田が2023年に日銀総裁に就任してから、世界のマーケットは日銀の量的・質的金融緩和の打ち切りに幾度となく備えていた。だが、日銀は何度もそれをためらい、先延ばしにしてきた。

その日銀も世界のマーケットに追い込まれるかたちで、ようやく金利を少しばかり調整した。日経平均株価が過去1年で約51%上昇し、労働者の賃上げ率が33年ぶりの高さになるなかで、現状維持の立場を続けるのはもはや不可能になったというわけだ。

問題はもちろん、次に何が起こるかということである。植田自身にもわからない。1つの重要な実験を終わらせようとしている日銀は、また別の重要な実験を始めようとしている。

金利をゼロ近辺に押し下げる政策を25年も続けてきた世界3位かそこらの経済大国が、金融政策の正常化にかじを切るというのは、史上初の試みだ。また、バランスシートが日本の590兆円ほどの国内総生産(GDP)を上回る規模に膨れ上がっている日銀のように、資産・負債が自国の経済規模以上に拡大した中央銀行向けのプレーブック(作戦帳)も存在しない。

金融市場の「クジラ」と化した日銀、政策正常化は難路に
政府の債務残高がGDP比で260%ほどに達し、急速な高齢化の進む国が、金融の大混乱を引き起こさずに借り入れコストを引き上げた前例もない。日銀は日本の国債発行残高の50%超を保有しているが、この莫大な保有を減らしていくうえで参照できるロードマップもない。

金融の世界は、日銀ほど多く株式市場の一部を事実上、国有化した中央銀行が、ポートフォリオを縮小したケーススタディも知らない。

植田の前任の黒田東彦が総裁に就いた2013年以降、日銀は上場投資信託(ETF)の買い入れを通じて日本株の最大の「クジラ」になった。黒田の就任当時、市場は日銀による流動性の「バズーカ砲」について騒ぎ立てたものだ。

日銀による株式の大規模な買い入れは、220兆円以上を運用する世界最大の年金運用機関、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の役割すらかすませた。エコノミストのピーター・タスカーは日銀を、ハーマン・メルヴィルの有名な小説にちなんで「モービー・BOJ」と表現したほどだ。

植田のチームには、金融政策の正常化を進めていく際に参考にできるプログラムもない。日銀がまず国債の保有比率を引き下げれば、長期金利が急上昇して株式市場に打撃を与えるのか? 日銀がETFの購入を大幅に減らせば株価は急落し、長期金利は再びゼロ以下に下がるのだろうか。

植田日銀にとって唯一、参照できるものがあるとすれば、日銀自体が前回、金融政策の正常化を試みた時の経験だろう。これは2006~07年に行ったもので、結局うまくいかなかった。当時の福井俊彦総裁は量的緩和を打ち切り、利上げも2回行った。しかし、続いて日本経済はリセッション(景気後退)に陥ったため、政治家の強い反発を招くことになった。後任の白川方明総裁は量的緩和を復活させ、金利をゼロ近辺に戻した。

とはいえ、前回もゴールポストははっきりしなかった。2013年以降は、どこまでが日銀のバランスシートで、どこからが民間部門なのかも不明瞭になってきている。日銀による今回の金融政策正常化の道のりは、前回よりもはるかに大きな危険をともなうものになるだろう。

 

「日本のバーナンキ」は手探りで進むしかない
植田が日銀総裁に起用された時、彼が米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)で研さんを積んだことが注目された。植田はMITで、のちに国際通貨基金(IMF)副専務理事や米連邦準備制度理事会(FRB)副議長、イスラエル中銀総裁などを歴任する経済学者のスタンレー・フィッシャーに師事した。ベン・バーナンキ元FRB議長、ローレンス・サマーズ元米財務長官、マリオ・ドラギ前欧州中央銀行(ECB)総裁らもフィッシャーの教え子だ。

サマーズは昨年、植田を「日本のバーナンキ」と呼んだ。バーナンキは1920~30年代の米国のデフレやハイパーインフレの研究などでも知られる。だが、当時、あるいは1980年代、1990年代、2000年代、コロナ禍の時期の危機から得られる教訓で、日銀にとって今日すぐ役立つようなものはほとんどない。つまり、植田のチームは、自分たちで方策を考え出して状況に対処していかなくてはならない。

日銀が賢明に行動すると願うばかりだ。さしあたり、持ち出したのがバズーカ砲どころかバターナイフでは誰も驚かないとだけ言っておこう。とくに、ますます強気になっている日本株の強気派は目もくれまい。

 

 

「株価4万円超え」に沸く日本株市場が一気に崩壊するかもしれない…日銀が抱える「3つの爆弾」

荻原 博子 
 
 
「大台乗せ」に沸く市場だが
世の中は、「日銀が政策の大転換」と騒ぐが、政策な小幅修正にとどまり、日銀が約600兆円の国債や67兆円の上場株式を抱える異常な状況が消えたわけではない。

円安は売られて152円近辺となり、日銀が金融緩和をやめないと踏んだ株式市場はアク抜け感から湧き上がっている。だが、実体経済はすでに株価とは乖離し、悪化の一途をたどっている。

1ドル150円の「円安」は、輸出産業などの企業業績を押し上げてきただけでなく、「円安」による株価の割安感で外国人投資家のマネーを国内市場に呼び込んできた。
 
今年1月1日時点では1ドル140円83銭だった為替レートが3月4日に150円48銭まで「円安」になったことで、日経平均は3ヵ月で約6700円も急騰し、待望の4万円の大台に乗った。

その立役者は、「円安」を狙って買いを膨らませた外国人投資家だったことは否定できない。

日経平均4万円乗せは、経済にとって明るい話題だが、この一見好調に見える株価の上昇の先には、大きな「日銀リスク」が待ち構えている。しかも、それは1つではなく、大別して3つのリスクがある。

3つの「日銀リスク」とは、日銀の金融緩和の停止による「金利リスク」「為替リスク」「株価リスク」だ。この3つのリスクは、今後の株価上昇を阻む大きな「爆弾」となりそうだ。

まず、1つ目の「金利リスク」から見てみよう。
 
大企業だけアベノミクスで潤った
日銀による「金利リスク」とは、常態化した「金利のない世界」から、経済を「金利のある世界」に引き戻す時に起きる拒否反応だ。

2013年に始まった日銀の黒田東彦総裁の「異次元」の金融緩和は当初、「2年で2%」の安定的な物価目標に狙いを定めたものだった。

日銀が金融機関から国債を買い上げることで大量の資金を金融機関に流し、市場の金利(コールレート)を0%近くに誘導する金融政策で、これによってほぼ金利ゼロの資金を手にした金融機関が、その資金を企業の設備投資などの貸し出しに回し、景気が刺激されて2%程度のインフレが起き、経済が活性化されるはずだった。
 
ところが、現実は思惑どおりにならなかった。理由は何か。

安倍政権下で3度の法人税減税をはじめとした大企業優遇政策が強力に推し進められた結果、企業は貯金とも言える内部留保を大きく増やし、銀行の資金を必要としなくなってしまったからだ。実際に、「アベノミクス」で企業は約200兆円も内部留保を手に入れている。

大手企業は「アベノミクス」で潤ったが、中小零細企業の中には資金を借りなくてはならないところもあった。だが、こうしたところへの貸し出しにはリスクがあるため、銀行は慎重だった。デフレが進む中で、貸し倒れを恐れたのだ。
 
日銀が積み上げた350兆円の預金残高
この結果、日銀からの大量の資金は、そのままリスクなく0・1%の金利がつく日銀の当座預金に預けられた。当座預金の利率は0・1%だったが、それでも1兆円預ければノーリスクで10億円の利息を稼げる。そのせいで、日銀の当座預金残高は、4年で350兆円(累積510兆円)も増えている。

日銀は大量の国債買いで「ゼロ金利」をつくり出すことには成功した。だが、流した資金が日銀の当座預金にブタ積みされてしまったことで、景気刺激をすることには失敗した。

そこで導入されたのが、「マイナス金利政策」だった。
 
「マイナス金利政策」とは、これ以上、当座預金口座に預金したら、金利をマイナスにするというもの。つまり、貸し出しをせずに預金を増やしたら、利息をつけるのではなく逆にそのぶん金を取るという政策。

日銀は、これによって当座預金にブタ積みされた資金が世の中に金が回っていく仕組みをつくることにした。

ただ、面倒なのは、企業にお金を貸し出すと、貸し出し出したお金がすぐには使われずに企業が銀行に持つ預金口座にいったん入金されるために、銀行の預金が増加する。これがマイナス金利の対象になってしまうこともあるなど不都合なこともいろいろとでてくるので、様々なルールを設け、実際のマイナス金利の預金はそれほど多くはない。
 
黒田日銀「負の遺産」
黒田総裁退任後に総裁に就任した植田和男総裁は、先の日銀政策決定会合でついに「マイナス金利」を解除した。同時に長期金利を低く抑え込むための長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)や、上場投資信託(ETF)などリスク資産の買い入れ終了も決めた。

既にこれらに関しては、メディアを通じてリークされていたこともあり、株式市場で大きな下落はなかったが、それで金利リスクがなくなったわけではない。

だが、市場関係者は誰もが、その先に「ゼロ金利解除」があり、今まで10年以上続いた「金利のない世界」がなくなることを連想する。

株式市場は、この金利の上昇を嫌う。金利負担が重くなると、企業や投資家の投資意欲が抑制され、株式市場が好むバブルが潰されてしまうからだ。
 
日銀は、「金利のない世界」から「金利がある世界」への正常化を目指しているが、2年間だけだったはずの「ゼロ金利」というカンフル剤を10年間打ち続けたことで、株式市場はカンフル剤なしでは成り立ない状況になっている。

これは、黒田日銀の負の遺産とも言える。その後始末を迫られているのが、植田日銀総裁だ。

3月7日、日銀の中川依子審議委員が「賃金と物価の好循環が展望できる」と発言した途端、市場は、日銀はそろそろカンフル剤をやめて金利を正常な状況に戻せると思っていると理解し、株価がいきなり約1000円も下落した。続く11日の1100円以上の下げも、同じ理由だ。

日銀がつくりあげた「金利のない世界」と、「異次元の政策」が、株式市場をすでに壊しかねない爆弾となっている。
 

日銀がマイナス金利解除を決定、「金利のある世界」はどのような世界か

 
 
金融政策正常化に踏み出した日銀

長期金利の水準引き上げが必要


 日本銀行は、3月19日の金融政策決定会合で金融政策の見直しを決めた。

 マイナス金利政策を解除、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)の枠組みをやめて、短期金利は、「無担保コール翌日物」を政策金利として、金利を0%~0.1%程度で推移するように促し、長期金利は誘導目標を撤廃するなどの内容だ。利上げは17年ぶりになる。
「2%物価目標」を掲げた異次元緩和のもとで、これまで過剰な金融緩和が続けられてきたたなかで、これは、日本経済の今後に大きな影響を与える決定だ。今後、利上げをどこまで進めていくのか、明確ではないが、短期金利だけでなく長期金利を必要な幅だけ引き上げることが、日本経済にとってきわめて重要だ。
 
 これまでの成長率や2%物価目標を前提にするなら、長期金利は2~3%の水準になる必要がある。

「金利ある世界」への移行で、財政の調達コストの増加や企業の収益悪化や倒産を懸念する声もあるが、むしろこれまで低金利が過ぎたために成長が抑えられた面があるのだ。

アメリカでは長期金利の水準は

成長率や物価上昇率と整合的


 金融政策正常化や経済の健全な成長で、金利はどの程度の水準がいいのか。このことを考えるにあたっては、実質経済成長率、物価上昇率、長期金利の3つの変数をみることが重要だ。これらの間には密接な関係があり、バラバラに動くことはできない。したがって、この関係を無視して金融政策を決めることはできない。

 日本とアメリカの2001年から24年までの推移をみてみよう。

 アメリカの場合(図表1の「アメリカ」の欄)、まず01年から24年の平均実質経済成長率は1.95%だ。これは、労働力の増加率や技術進歩など、経済の実体的な要因によって決まる。また同期間の消費者物価上昇率(対前年比)の平均は、2.52%だ。
 
 
 これら2つの変数を所与とすれば、名目長期金利のあるべき水準が決まる。

 なぜなら、経済活動に中立的であるような金利(自然利子率。あるいは、均衡実質金利)は、経済の潜在成長率に等しくなるからだ。そして、金融政策は、自然利子率を基準にして運営されるべきだと考えられている(これを「テイラー・ルール」という)。

 自然利子率は、直接に観測できる変数ではないが、一定の条件の下で、経済の潜在成長率であることが証明されている。潜在成長率も直接に観測できる変数ではなく、さまざまな手法を用いて推計される。

 ここではわかりやすくするため、一定期間の現実の実質GDP成長率の平均的な値が潜在成長率(したがって、自然利子率)であると考えることにしよう。
 
 すると、図表1のa欄に示すように、経済活動に中立的な実質長期金利(自然利子率)は、アメリカの場合、1.95%ということになる。そして物価上昇率が2.52%だから、中立的な名目長期金利は、これらの和である4.47%ということになる。

 アメリカの10年国債の利回りはほぼ4%なので、ほぼバランスの取れた姿になっていると考えることができる。

日銀は「あり得ない経済」を求めて

過剰な金融緩和をしてきた


 日本の場合(図表1の「日本」の欄)はどうだったか。

 平均実質経済成長率は0.65%だ。また、消費者物価上昇率の現実の平均値は0.36%だった

 ところが、日銀はこれまで、物価上昇率を2%程度にすることを政策目的にしてきた。

 一方、2016年のイールドカーブコントロール(長短金利操作、YCC)導入以降、長期金利については、「0%近傍」に維持することを誘導目標として金融政策を行ってきた。

 実質成長率が0.65%であることを前提にすれば、経済活動に中立的な実質長期金利の水準は0.65%ということになる。そして物価上昇率を2%にしようというのであれば、名目長期金利の水準は2.65%でなければならない。

 それにもかかわらず、長期金利の目標値を0%とするのは、過剰な金融緩和だということになる。

 繰り返すが、実質成長率が0.65%、物価上昇率2%、長期金利0%というのは、整合性のとれない経済の姿であり、「あり得ない経済」だ。

 植田日銀になって、長期金利の誘導目標は変動幅拡大や上限撤廃などの「柔軟化」で「1%超え」は容認されているが、それでも低すぎることに変わりはない。

 日銀は、「あり得ない経済」を求めて、過度の金融緩和を行なってきたのだ。

物価上昇のメカニズムも問題

円安が上昇率高めた日本


 また、物価上昇がどのようなメカニズムで生じるかも問題だ。

 コロナ禍からの回復の際のサプライチェーンの混乱や資源価格上昇などによる世界的なインフレの影響はアメリカも日本も受けたが、アメリカの場合には、主として需要が増大することによって、またIT関連で新しい高度なサービスが導入されることによって物価が上昇してきた。

 日本では、物価上昇率2%を目標としたが、長い間、そうならず、22年4月から2%を超えているが、ならすと消費者物価上昇率は0%台だった。

 他方、アメリカとの間で金利差が大きく開いたので、円キャリー取引が誘発され、為替レートが円安に動いた。そして、これが21年秋以降、日本の物価上昇率を引き上げることになった。
 
 現在の物価上昇率が2%程度となっているのは、それによるものだ。したがって、長期金利を低く固定していることが、円安を通じて物価上昇率を高めたことになる。

 さらに最近では、前回本コラム「株価最高値の陰で『スタグフレーション』に落ち込んだ日本、春闘高賃上げは”悪循環”」(2024年3月14日付)で指摘したように、「賃金上昇が製品価格に転嫁される」というコストプッシュ型のインフレが起こっている可能性もある。

 物価上昇のメカニズの問題は重要なのだが、ここではこの問題には深入りしない。

従来の成長率と2%物価目標前提なら

長期金利は2~3%程度になる必要


 3月の政策決定会合では、今後、金融政策は伝統的な短期金利を主体にした市場調節によることになったが、今後、金利の正常化はどこまで進められる必要があるのかを考えることにしよう。

 実質経済成長率としては、今後の経済政策によって引き上げることが可能だが、ここでは、これまでどおり、0~1%程度と考える。そして、物価上昇率は日銀の目標どおり2%を取ることにする。

 すると、あるべき名目長期金利の水準は、2%ないし3%程度ということになる。現在、10年国債の利回りは0.7%程度だから、かなりの引き上げが必要になる。

 長期金利をこれだけ引き上げても、アメリカとの間ではなお金利差がある。だから、円安が進む可能性がある。ただし、従来よりは金利差が縮まるので円高になる可能性もある。また、アメリカが大幅な利下げを行なえば、かなり顕著な円高が進むだろう。

 国債の利回りは、リスクのない資産の利回りだ。安全な金融資産としては、国債の他に、定期預金がある。これらの間には裁定が働くので定期金利の利子率も引き上げられることになる。

 株式などのリスクのある資産に関しては、国債や定期預金などの金利にリスクプレミアムを加えたものが平均的な利回りになる。

 金利を引き上げれば株価にはマイナスの影響が及ぶと考えられることが多いが、以上のようなものがバランスのある資産市場の姿だ。

財政放漫化やゾンビ企業の存続

金利が低すぎたための問題もある


「金利がある世界」への移行に伴って、さまざまな問題が起きる。

 第1に、国債による財政資金調達のコストが上昇する。これが問題だとする意見が多いのだが、むしろ、これまでの低すぎた財政資金コストがもたらした財政放漫化のほうが問題だ。

 第2に、日銀が保有する膨大な国債が値下がりするため、時価で評価した日銀の資産が大幅に減少する。日銀が債務超過状態に陥るのはおそらく避けられないだろう。ただし、これが、日銀の業務執行上の重大な障害になるとは考えられない。

 第3に、住宅ローンの金利が上がる。また、いわゆるゾンビ企業などの倒産が増える可能性もある。しかし、これらはむしろこれまでの金利が低すぎたために生じた資源の浪費が収まる過程だと考えるべきだろう。

潜在成長率の引き上げが重要

無駄な補助金やめてデジタル化推進を


 経済成長率の引き上げは、日銀の守備範囲ではない。ただし、日本の経済政策としては、もちろん重要な課題だ。

 日本のこれまでの経済政策の重大な問題は、「脱デフレ」で金融緩和ばかりが強調され、経済の構造改革を通じて成長率を高めるための有効な政策が行われなかったことだ。これは、アベノミクスで「第3の矢」として必要性が言われたことだが有効な手はほとんど打たれなかった。多くは成長性の少ない既存産業や中小企業支援の補助金だ。

 これでは収益率の低い投資が行われることになり、潜在成長率はかえって低下してしまう。経済構造の改革は、補助金によって実現されるのではなく、むしろこうした無駄な補助金を見直すことによってこそ実現されるものだ。

 現在の日本で最も重要な政策は、デジタル化を進めることだ。しかし、実際には、ほとんど進んでいない。そして、国際収支のサービス収支でデジタル関連の赤字が増大している。こうした状況を、基本から見直す必要がある。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)
 
 

森永卓郎×森永康平 親子で語る庶民の暮らしがよくならない「最大の原因」「格差の元凶」

 
 
 ともに経済アナリストである森永卓郎さんと森永康平さん親子は、日本経済をどう見るのか。「年収300万円時代」の到来を予言した父と、人生の大半が「失われた30年」だった息子が語り合った。AERA 2024年3月25日号より。

*  *  *

森永卓郎さん(以下、卓郎):私は、今起こっている現象は人類史上最大のバブルだと思っています。もうすぐ弾けて、その後とてつもない恐慌が世界を襲う。バブルというのは世界同時に起こるんです。今回のバブルはもう世界共通なんですね。

 1920年代末のアメリカは自動車と家電のバブルでした。自動車産業のビッグ3や家電企業に異常な株価がついた。それはいつか崩壊します。1929年10月24日の「暗黒の木曜日」に暴落が起こって、3年弱で株価が10分の1になった。今、その時代と同じようなバブルが起きているので、今の株価も10分の1くらいまで落ちるだろうと見ています。それだけじゃなく、私は今回のバブル崩壊をきっかけに、資本主義そのものが終わると思っています。
 
 マルクスが予言していましたが、資本主義の限界がどこに来るかというと、四つある。ひとつは異常、ないし許容しがたいほどの格差が生まれる。二つめが地球環境が破壊される。三つめがブルシットジョブ、「クソどうでもいい仕事」が爆発的に増える。四つめが少子化。これはもうみんな来ているわけです。

■バブル庶民は無関係
森永康平(以下、康平):僕は今の日本の株価水準がバブルだとは思っていません。バブル時とは現在の日本企業の稼ぐ力や稼ぐ額が全然違うので。生活実感と株価が乖離しているとよく言われるんですが、生活実感を表すのが日経平均株価ではないので、そもそも比較することがおかしい。

卓郎:80年代後半のバブルの時も、庶民は関係なかったんだよ。バブルだったのは金融と不動産と商社とメディアだけです。バブルだから国民全体の暮らしが良くなるということはない。それはバブルが1630年代に初めて起きてから、一貫してそうだと思います。
 
 実質賃金が低下していて、個人としての生活水準はずっと悪くなっているという今の経済状況の一番の元凶は、財務省だと思っています。消費税を含めて手取りを見ると、1988年よりも今の方が少ないんですよ。手取りは名目ベースでも減っているんです。

 庶民の暮らしがよくなっていない最大の原因は、財務省が増税と社会保険料のアップをやってきたから。逆に言うと、消費税を撤廃したりすれば庶民の暮らしはよくなるんです。

康平:緊縮的な政策はもちろん、それ以外で言うと、バブル崩壊以降の処理をミスったこと。景気がいい時は銀行が用もないのにお金を貸し付けてきたのに、バブルが崩壊して一番お金が必要になると、逆に貸しはがしをしたわけですよね。そうすると、銀行には頼るべきではないという考えになるんですよ。
 
 平時では人件費を抑えて利益をいっぱい出して、それを何かあった時のための資金にしようとするわけですよね。ただ、バブル崩壊みたいなことって、そんなに頻繁に起こるわけじゃない。なのに、もしものためにといって毎年人件費を上げないで利益を繰り越して内部留保を増やして備えるということをずっとやってきたわけですよね。

 そうすると何も生み出さないお金が貯まっていくので、外国の投資家からすると非常に非効率な経営をしていると映るわけです。貯めているお金を投資に回せ、もっと効率的に金を使えと。そのようなお金の使い方ができないんだったら、お前らは経営陣から外すぞと圧力をかけられるので、すいませんでしたということで配当を出す。それで本来人件費に回っていてよかったはずのものが、配当という形で株主に出ていってしまっている。そういう問題点はあると思います。

 それは今も続いていて、例えば法人企業統計を見てみると、1人当たりの給料も1人当たりの役員報酬もほとんど横ばいなのに、配当だけはおかしなぐらい右肩上がりで上がり続けている。本来だったらもうちょっと労働者がもらえているであろう人件費が、配当に回されちゃっている。それが今の格差社会を生み出している元凶。そこはたぶん親父と同じだと思うけど。

■強引な不良債権処理
卓郎:ちょっとだけ違うんですよ。銀行を悪者にすることもできるけれども、さっき言った財務省の緊縮政策と両輪でやったのが、アメリカの圧力に屈したということなんですね。特に小泉政権時に当時のブッシュ米大統領の圧力で、不良債権処理を強引にやらされたわけです。

 不良債権って、バブル期に調子に乗って誰も来ないようなテーマパークを作ったといったようなイメージを持つ人が多いけど、それは数パーセントに過ぎないんです。不良債権の大部分は、担保割れだったんですね。

 バブル崩壊で大都市の不動産価格がオーバーシュートして下がり3分の1以下になった。その結果の担保割れにどう対処するかというと、一つはその企業を全部潰してしまえというのと、もう一つはいずれ価格は戻るんだから放っておけばいい。小泉政権は片端から潰しにいった。

 つまり小泉政権の時に不良債権処理をしなければ日本経済ははるかによくなっていた。やらなくていいことをやって従業員を失業者にして、日本の大切な企業資産を二束三文でハゲタカに売り飛ばしたわけです。だから日本の経済力が大きく落ちた。

 そして1985年の日本航空123便の墜落事件以降、対米全面服従路線が始まるんですよ。典型的なのが、85年のプラザ合意で、為替を2倍の円高にさせられたんですね。翌86年に日米半導体協定を結ばされて、それまで5割だった世界シェアが今1割を切るところまで落ちた。

 その後日米構造協議があって、片っ端からアメリカの要求をのまされるようになる。そして「年次改革要望書」という、アメリカがここに何か書けば日本は全部服従しなきゃいけないという日本経済の「デスノート」なんですが、小泉内閣のときにそこにいたる流れが作られました。そんなことをやっていたら、経済は落ちるに決まってるわけです。10年以内にベスト10からも落ちると思う。

(構成/編集部・秦正理)

※AERA 2024年3月25日号より抜粋