主張
マイナス金利解除
ゆがんだ金融政策正してこそ

 

 日銀が19日の金融政策決定会合で、「異次元の金融緩和」の一環として実施してきたマイナス金利の解除を決めました。長期金利を0%程度に抑制する政策もやめ、株式上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J―REIT)の新規買い入れを終了しました。

 大規模な金融緩和によって2%の物価上昇を実現すれば、賃金が上がり、経済の好循環が生まれるとの触れ込みで、2013年に安倍晋三政権下で始まった政策でしたが、破綻に陥っていました。財政と金融にもたらしたゆがみはあまりに大きく、異常な政策全体を正すことが迫られています。

物価押し上げ格差拡大
 異次元緩和を開始した際、当時の黒田東彦日銀総裁は「2年程度で2%の物価目標を達成する」と豪語しました。日銀が金融市場で大量の国債を買い入れ、膨大なマネーを供給する政策でした。しかし景気は上向かず、16年にマイナス金利政策が追加されました。

 民間金融機関が日銀に預けている当座預金の一部に「マイナス0・1%」の金利をつけ、逆に預金からお金を徴収する政策でした。金利を極端に低く抑え込むとともに、民間銀行が日銀当座預金を増やせば、損が出るようにし、貸し出しの増加につなげる狙いでした。それも効果はなく、金融政策は手詰まり状態でした。

 1990年代から続く経済の長期停滞の原因は、賃金抑制や社会保障の削減によって国民が疲弊していたことにあります。安倍政権による2度の消費税増税はさらに消費を冷え込ませました。暮らしを応援し内需の低迷を克服する政策が必要なのに、金融頼みで大企業・富裕層の利益を増やす政策を行ったところに根本的な間違いがあります。

 異次元緩和は、円安を進め、輸入物価の上昇を通じて物価全体を押し上げました。実質賃金は22カ月連続でマイナスです。

 その一方、円安による海外マネーの流入や、ETFの大量購入は株価を押し上げ、大企業・富裕層に多大な恩恵をもたらしました。物価高に苦しむ国民との格差は広がる一方です。

 異次元緩和は日本経済の今後を危うくする重大なひずみをもたらしました。国の長期債務残高は、日銀の国債買い入れに支えられて1000兆円を超え、GDP(国内総生産)の約1・8倍です。今後、金利が上昇すれば、国の利払いが膨らみ、社会保障などの予算を圧迫します。

 日銀が保有する長期国債は595兆円にのぼり、発行残高の半分以上を占めます。物価の安定を使命とする日銀が政府の借金を大量に引き受けることは本来、財政法で禁じられています。


正常化へ政治の転換を
 

 政府も日銀も、金融頼みがもたらした弊害に何の反省も示していません。植田和男日銀総裁は「当面、緩和的な金融環境が継続する」として国債の大量買い入れを今後も続けることを表明しました。岸田文雄首相は、異次元緩和を決定づけた、13年の政府・日銀共同声明を見直さないと述べました。

 これでは「失われた30年」といわれる経済の長期停滞を打開することができません。経済政策を抜本的に転換し、金融政策を正常化するために、自民党政治を一刻も早く終わらせることが必要です。

 

今回のように、政府や財界から歓迎される利上げは逆に不気味だ。逆説的だが、不十分だから歓迎されているのではないだろうか。
 

 

非伝統的な金融政策を全部やめ 
 日銀が17年ぶりに利上げした。アベノミクスに伴って採用した非伝統的な金融政策を一掃した点では、植田和男総裁率いる執行部は大胆だった。だが、拍手喝さいとばかりは言えない。20日の米国の金融政策決定会合、FOMC後も円は1ドル=151円台で日銀会合後に2円以上の円安となり、利上げ催促の相場となっている。

 

 植田日銀は18、19日に政策決定会合を開いた。翌日物コール金利の目標範囲をこれまでのマイナス0.1~0%を0~0.1%とし、0.1%の利上げを実施し、マイナス金利政策から脱した。

 長期金利を抑え込むためのイールド・カーブ・コントロール(YCC)も廃止した。YCCのための国債購入は取りやめたわけだが、量的緩和策としての国債買い入れは、これまで通りの月6兆円を維持した。

 機動的に買い増すこともあるとして、長期金利が跳ね上がるようなら対応する余地を残している。ただ、植田総裁は会見で、遠くない将来には量的緩和策からも脱する姿勢を示している。

リフレ派の反対論を一蹴
 米イェール大学名誉教授の浜田宏一氏らアベノミクスを推進したエコノミストは、金融緩和を続けるよう一貫して求めていた。それだけに、安倍首相に選ばれた黒田東彦総裁のもとでは難しかった金融政策の転換だ。安倍首相が亡くなり、政治資金問題もあって、安倍派系政治家の発言力が落ちていることは日銀には利上げしやすい環境だった。

 発足から1年で、植田日銀は非伝統的な金融政策から脱出し、いわゆる金融政策の「正常化」をほぼ達成した。あとは国債買い入れの減額だけだが、それも道筋がついている。脱マイナス金利、その次にYCCの撤廃というように段階を踏むのではなく、一気呵成に丸ごと脱アベノミクス策を果たしているのは、見事な手腕だ。

円安で市場は利上げ催促

 もっとも警戒すべきだった長期金利の上昇はなく、むしろ政策決定の公表後にわずかだが低下した。植田総裁が会見で「当面、緩和的な金融環境が継続する」と当面の利上げを否定したフォワードガイダンスを示していることが市場の安定を醸成した。長期金利の低下に連動して日経平均株価も上昇に転じた。

 市場は大きな波乱なく、17年ぶりの利上げをやり過ごした。総裁発言とともに、事前の地ならしが奏功したといえる。円安に推移したのをもって、追加利上げの催促が始まったとみることもできるのだろう。

 

景気減速下での利上げ
 だが、あえて言えば、この0.1%という利上げ幅ならば、植田総裁の就任直後の1年前、3月か4月でもこなせたのではないか。遅くとも昨年12月、YCCの上限の引き上げた時には実施できたのではないかと思える。12月の段階でも、今回の春闘での賃上げが昨年を上回ることはかなり蓋然性は高かった。

 利上げをするくらいだから、日銀の景気認識は19日の発表でも「ゆるやかな回復」となっている。だが、四半期ベースの国民総生産(GDP)統計で個人消費をみると、3四半期連続でマイナス。こんなことはリーマンショック直後以来だ。

 海外でも、日本の輸出依存度が高い中国経済がさらなる縮小過程に陥るリスクは小さくない。景気は上振れよりは、下振れ可能性を孕んでいるというタイミング。景気軟化のなかでの利上げは、ちょっと異例の事態ではある。

利上げ幅0.1%はかわいらしすぎる小幅

 0.1%上げはとても小幅だ。短期の貸し出し金利、変動型住宅ローンの基準金利にもなる短期プライムレートも変わらない可能性すらある。実は、引き締め効果はないに等しい利上げだ。だから、景気が下向きでも副作用のある非伝統的な金融政策に幕を引くのに、大きな異論の声は上がらないだろう。

 だが、もっと早く利上げしていれば、いまごろは2回目利上げが浮上するころだったのかもしれない。資産インフレの方は、昨年後半から加速がつき始めていた。今月中に発表予定の地価公示で、地価の上昇は全国の都市圏に広がり、とりわけ東京都心部ではかなりの上昇になっているだろう。都心のマンションは、昨年、初めて平均販売価格が1億円を突破している。

利上げのバブルへの警鐘効果が見えない
 一時日経平均が4万円を超えた株価は日銀の利上げに疑心暗鬼になったこともあって、先週は日経平均が1日で1000円以上も下落したこともあった。株価が2%以上下がると黒田総裁の時には、自動的に株式をETF(指標型投信)として買って、相場を支えた。先週は日銀は動かず、19日の発表ではETFの購入もこれ以上は実施しないと表明した。

 株式購入は他の中銀には例のない政策なだけに、マイナス金利やYCCとともに廃止するのは非伝統的な金融政策からの脱出という意味で妥当な施策だ。日銀としてもバブルの進行を警戒してはいるのだろう。

 だが、株価は日銀が追加利上げには慎重なことを察すると、さっさと下落前の4万円台にまで戻っている。今回の利上げの資産インフレに対する警鐘効果はまったくみえない。

 

中央銀行はバブル警戒を第二の柱に据えてきた

 日銀は白川総裁時代に、他の中央銀行と同様に、消費者物価の高騰への警戒を政策目標の第一の柱とし、金融の不均衡、すなわち資産インフレに対しても常に警戒することを第二の柱と位置付けてきた。黒田、植田総裁はバブル問題に言及はほぼないが、それはバブルが問題になる局面がなかったからで、日銀としてバブル警戒の第二の柱を取り下げたわけではない。1988、89年のようなバブル時ほどの過熱感はまだないが、80年代を経験している人を中心に、「ミニバブルだね」という声が不動産業界や金融界ではかなり多い。私も若い世代から「いまはバブルなんでしょうか」と聞かれることが増えた。

不動産の値上がりは、中国人マネーの影響も
 現状の不動産の買いの一部は中国人が香港などを通じて持ち出した資金であり、それが種火になっている。海外マネーに踊っている部分があるということだ。だが、値上がり見込みがなければ、資金流入があっても日本人の売りで地価高騰は抑えられたはずだ。中銀が警戒警報を鳴らすのが遅れたのではないか、との懸念はぬぐえない。

 ことし1月末の東京都内での銀行貸し出しは前年比7%近く増えている。23年の1月末の増加率は4%台だった。コロナで貸し出しはイレギュラーに増減しており、増加分16兆円のすべてが不動産向けかどうかはわからないが、30年間貸し出しはほとんど増えず、むしろ減っていた時期も多かった日本経済にとってこれだけの貸し出し増加は警戒すべき現象だ。

利上げ遅れは、まさか政権への贈り物?
 岸田政権が、デフレ脱却宣言をしたがっているのは間違いない。もうデフレには戻らない宣言なのだそうだが、欧米がインフレの鎮静にまだまだ利下げしきれないでいるし、日本だって消費者物価が日銀のインフレ目標値を大きく上回っていた後で、いまさら脱デフレと言われてもピンとこない。だが、日銀の利上げの遅れが、まさか政府のデフレ脱却宣言に歩調を合わせるためだったとは思いたくないが、つい気になってしまう。

 日銀が金融政策の正常化をうまくこなしているのは、手練れと感じる。だが、どの策もすでにほぼ骨抜きになっていたので、今回の措置は大転換というより現状追認に近かったとも言える。もっと早く、あるいはもっと大胆に利上げしていたら、円安や不動産価格上昇に対する予防的な措置になっていたのではないかとの思いは禁じ得ない。円安はそれ自体インフレを加速するが、大きすぎたのかもしれない春闘賃上げがインフレ的であることへの警戒感のあらわれとみれないだろうか。

 利上げには本来は逆風がつきものだ。痛みがあるから長い目で見て効くのであり、一時的な孤立を恐れずに断行できるように、日銀は独立性が与えられている。今回のように、政府や財界から歓迎される利上げは逆に不気味だ。逆説的だが、不十分だから歓迎されているのではないだろうか。

土屋 直也(ジャーナリスト)

 

 

日銀利上げでもなぜ「円安」のままなのか?アメリカ人は日本の「異次元緩和」終了をどう見ているのか?

 
 日本銀行は、3月19日に金融政策決定会合を開催し、その結果を公表するとともに、植田和男総裁が会見を行って、緩和政策の終了を宣言した。黒田東彦前総裁が2013年に実施し、その後もずっと継続していた「異次元緩和」政策は、ここに終了した。

 このニュース、米国での扱いは限定的だ。まず、あまりにも専門的すぎて、一般ニュースにはなじまないので、扱っているのは基本的に経済ニュースが中心だ。

 その報道内容だが、現時点ではあまり鋭い論評というのは見られない。まず、17年にわたって利上げがされなかったという歴史、そしてこの間のデフレ経済の問題などが回顧的に説明されるだけ、という記事が多い。

米国にとって日本は「別世界」で「興味深い」事例
 説明としては、とにかく少子高齢化に直面し、消費マインドが極端に落ち込んだ日本では、企業の設備投資も意欲が減退しており、これに対するカンフル剤として徹底的な緩和政策が取られたというストーリーだ。米国の場合、金融を引き締めて自国通貨を強くし、世界中からの投資を呼び込むというのが「タカ派の金融政策」だとされている。反対に、金利を下げ、市中に流動性を供給するのは「ハト派」とされる。

 安倍晋三政権が当時の日銀の黒田東彦総裁と共に実施した、「アベノミクス第一の矢」、つまり「異次元緩和」というのは、米国的な視点から見れば「極端なハト派政策」ということが言える。その意味で、極端なハト派の金融政策が13年から11年も継続し、それでもハイパーインフレになることなく、反対にデフレ圧力と拮抗しつつ、そのデフレを何とか沈静化させたというのは、クロウト的には「興味深い成功例」ということになる。

 米国の場合は、特に20年以降のコロナ禍の中で、トランプ政権もバイデン政権も、巨額の資金を市中にバラマキをして、サービス業などコロナ禍でダメージを受けた業種を救済したり、公共投資により経済を刺激し続けたりした。これに対して、コロナの収束後は、市中に資金がダブつく中で異常な景気の加熱が続く中、極端なインフレという副作用を伴っている。
 
 その意味で、日本経済というのは米国とは好対照という見方もある。極端な高齢化に直面し、消費マインドが冷え込む日本は、分厚い現役世代の人口が旺盛な消費を続ける米国から見ると、全く正反対ということも言えるだろう。その意味で、今回の日本の利上げのニュースとその背景にある日本経済の特徴というのは、一般的な米国人の視点からは「全くの別世界」ということにもなる。

日本株は「高リスク投資」
 もう一つは、投資先としての日本という視点での見方だ。米国の投資家の中には、日本株への関心は比較的高い。

 何よりも中国市場が不動産バブル崩壊の中で、非常に不安定となる中で、その代わりに比較的安定した日本への投資を強めるという動きがある。著名な投資家、ウォーレン・バフェットが日本の総合商社について、業界の専門知識を持って世界中の案件に投資を行う特殊なファンドだという特性を見抜き、その上では割安感があるとして投資を成功させたニュースは比較的良く知られている。

 こうした日本株への関心は、日本が中長期に成功しそうだという見方から来ているかと言うと、そうでもない。むしろ、株価の上下と、為替相場の上下が掛け算される中で、ボラティリティ(上下変動の可能性)が大きく取れることから、自分の資産ポートフォリオの中に「高リスク投資」として組み込むという動機が大きい。

 その意味では、米国の投資家からは、円安時に仕込んだ日本株を、この後にもしも円高になれば、ドル換算で大きな差益を伴って売却できるという思惑がある。もちろん、円高になれば日本株は下がるかもしれないが、その直前に、円は高くなってドル建て株価が膨張する瞬間があるはずで、そこで売って利益を確定しようというのである。

 こうした観点からは、今回の利上げに対して為替相場が反応しなかったことは、少々気がかりのようだ。米国の連邦準備制度理事会(FRB)は既に、これ以上の利上げを停止するとして、反対に利下げの可能性も示唆している。であるならば、今回の日銀の利上げによって、日米の金利差は急速に縮まることが考えられる。にもかかわらず、円が上がらなかったというのは、米国の投資家からはやや失望感を伴っているようだ。

 この点に関する解説としては、植田日銀が19日の時点では追加利上げの見通しを示さなかったので、円は上がらなかったというストーリーが一般的だ。こうした見方を受けて、20日から21日にかけては、世界中のアナリストが「7月追加利上げ説」であるとか「いや次の利上げは10月」あるいは「全ては米国のFRBの動き次第」などとさまざまな予測を打ち出し始めた。だが、それで市況が動くわけでなく、1ドル150円から151円と、円は依然として弱含みである。
 
「円高メリット」を生かせ
 もしかしたら、米国の、そして世界の投資家の見方としては、日本経済のファンダメンタルズが相当に弱くなっており、円の実力を150円以下に置いているのかもしれない。仮にそうした悲観論が浸透するのであれば、世界から日本への投資はゆっくりと細っていくかもしれない。

 とはいえ、本番は、4月以降である。新年度入りして以降が、本当に今回の利上げへの世界の評価が見えてくることになるだろう。そこで円がある程度買われて、円高になっても、そこで日本株が持ちこたえれば、今度は「円高メリット」が出てくる。

 例えば、エネルギーや資材などの価格が落ち着くことで、日本国内の国民生活にも落ち着きが出てくるであろう。また、なかなか難しかった日本から世界への留学生も増えるのではないか。更に、日本でも国際労働市場で戦えるような給与を払うことができれば、優秀な人材を招聘して各産業を活性化することも可能になる。

 一部の外国人投資家は、この後にやってくるかもしれない一時的な円高のタイミングで、日本株を売り抜けるかもしれない。その弊害を限定的な範囲にとどめ、とにかく円高メリットを活かすことで、日本経済を再度活性化することにつなげてゆくべきだろう。

冷泉彰彦

 

外信コラム 「日本GDPが4位転落」の主因 情報の洪水、その裏側にひそむ数字の怖さ ポトマック通信

 
日本の国内総生産(GDP)が世界4位に転落-。ニュースサイトで目にした見出しで暗い気持ちになった記者は、日本経済への不安を米首都ワシントンで働く国際機関の職員に投げ掛けた。

しかし返ってきた言葉は、主因は為替相場における円安との説明だった。中長期的にドイツに追い上げられていたものの、2023年の経済成長率はドイツがマイナスなのに対し、日本はプラス成長だ。

記者が抱いた「日本経済がどんどん悪くなっている…」というイメージは、数字の背景をしっかり理解しないまま推測した不正確なものだった。

情報が洪水のように押し寄せる現代社会の人々が陥りやすい問題を自ら経験し、その怖さを痛感した。

後日、米大学院で勉強する学生と貧困問題を議論する中、自身の反省を踏まえ統計データについても意見を交わした。日本の貧困率が米英などに比べ悪いと指摘されているからだ。

学生は、貧困問題の解決には数字の背景を理解し、比較するデータとして適切かどうかも判断する必要があると指摘していた。

米国では11月の大統領選に向け世論調査が連日、公表されている。数字を読み解き、世論の傾向をどうつかむか。候補者の陣営とともに、世論調査を報道するメディア側も力量が問われている。(坂本一之)