<アベノミクス以来の「異次元緩和」終了の決断は、ソフトランディングで進んでいるように見えるが>
植田和男総裁率いる日本銀行は、3月19日に金融政策決定会合を開き、黒田東彦前総裁が2013年にスタートして以来続いていた「大規模緩和」政策について、終了を宣言しました。具体的には、マイナス金利を解除すると同時に、長期金利を抑制するための長短金利操作の撤廃も決定しています。
また、上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)などを日銀によって買い入れ、市中にキャッシュを回す政策の終了も決めました。黒田前総裁が「異次元緩和」というニックネームとともに実施し、アベノミクスの「第一の矢」と言われた政策は、ここに終わりを告げました。
この「緩和の出口戦略」については、数日前から気配があったのですが、国際為替市場は大きくは反応していませんでした。緩和政策を止めるということは、金利の引き上げを意味します。そうなれば、円は買われるはずでした。アメリカの連邦準備理事会(FRB)は既に利上げを停止するとともに、反対に利下げの可能性も示唆しています。ということは、今回の日銀の決定によって日米の金利差は急速に縮まることが考えられるからです。
そうなれば、急速な円高が起きてもおかしくはありませんでした。コロナ禍以来、いやリーマンショック以来、世界の各国は経済を刺激するために、歳出を増やし、より大きな債務を抱えるようになっています。そんな中で、日本は巨額の債務を抱えてはいますが、これが個人金融資産で帳消しになるため、通貨発行国としての財務内容は決して最悪ではないという見方があります。
■大きく円高に振れることは防いだ
ですから、長い間続いた緩和政策を終わらせる、しかもアメリカとの金利差が急に縮まるということになれば、大きく円高に振れる可能性はありました。そうなれば、海外比率を極端に高めている日本発の多国籍企業の円建ての業績は収縮してしまいます。また海外で株価が形成される、同じく日本発の多国籍企業の株価も急落してしまいます。
これを避けるために、少なくとも3月末の企業決算のシーズンを過ぎてから、緩和を停止するという可能性は取り沙汰されていました。ですが、植田総裁はその前の、この3月のタイミングで緩和中止に踏み切ったのです。春闘の結果、多くの企業で賃上げが確定したことを見計らって動いたとも言えます。その上で、円高に振れるのを防いだばかりか、東京市場の株価は下げるどころか好感しています。
ということは、この「大規模緩和の出口戦略」について、植田日銀はソフトランディングに成功した、少なくとも現時点ではそのように見えます。ちなみに、円高にならず、株も下がらなかった理由としては、日銀が追加利上げの方向性を示さなかったからという解説がされています。
ですが、見方を変えるのであれば、実体経済を反映した「円の実力」が相当に落ちており、その結果として緩和政策を止めても、市場からの円高圧力は生まれなかったという可能性はあります。そして、円高にならないのであれば、海外で収益を作ってくる日本発の多国籍企業の収益は縮小しません。ですから株は上がるというわけです。
中長期的に見れば、このトレンドは日本経済の宿命かもしれません。ですが、今回の緩和政策の出口において、期間限定でもいいので一時期の円高というのは、起きても良かったように思います。また、この後で起きるのであれば、そのメリットを活かすべきです。
<円安トレンドが続けば格差拡大の懸念が>
具体的には、その円高の期間に、多くの若者を英語圏などに留学させる、輸入しなくてはならないエネルギー、資材、原材料などの価格を下げて物価を沈静化させるといった、「円高メリット」を日本経済に注入するのです。
また、円高になれば多国籍企業における「日本国内の生産性」は厳しく問われるようになります。だからといって、これを契機に更に空洞化を進めるのではなく、久々の円高を利用して、後には引けない格好で国内の生産性アップを実現する改革を行う契機にもなるかもしれません。
まだ年度明け以降の動向は分かりませんが、ソフトランディングということでは、今回の「異次元緩和の出口戦略」は成功しているように見えます。ですが、それでも円が上がらない中で、今後も中長期的な円安トレンドが延々と続くのであれば、格差は広がっていくだけです。つまり、日本経済は、グローバル経済とリンクした部分と、純粋に国内向けの部分に、よりシャープに分かれていくということです。
冷泉彰彦(在米作家)
森永卓郎氏 ゼロ金利解除に「また歴史は繰り返すかもしれない」と見解「それでいいと思っている人が…」
日銀は19日の金融政策決定会合で大規模な金融緩和策の柱であるマイナス金利政策の解除を決めた。2007年以来17年ぶりの利上げで、約11年に及ぶ大規模緩和策の正常化を始め、金融政策は歴史的な転換点を迎えた。
これを受け、リスナーから「せっかく上昇しかけた景気の腰を折るなんてことにはならないんですか?」と質問を投げかけられた森永氏は「前は2006年だったかな。ゼロ金利解除っていうのをやって、一気に景気が失速して、そのあとリーマンショックになったんですよ」と2008年に起きた世界的な金融危機を挙げ、「また歴史は繰り返すかもしれない」と見解を示した。
パーソナリティーの垣花正アナは「いや~まあホントにそれぐらい大きな転換点を迎えてしまったんですね。リーマンショックって聞くと、みんな苦い記憶があるわけじゃないですか」と驚きを口に。森永氏は「でも、それでいいと思っている人がいっぱいいるっていうこと。金融村以外でも偉そうな人がみんなそう言ってる」と指摘した。
日銀マイナス金利解除で…年金生活者を待ち受けるのは「賃上げ値上げ」の地獄
連合の集計によると、今年の春闘の平均賃上げ率は5.28%と、33年ぶりの高水準が実現。賃上げの動向を重視してきた日銀内では大規模な金融緩和策の転換機運が高まっていたが、今後予想されるのは「円安の解消」だ。
為替市場は日銀の政策転換を織り込み、やや円安に振れているが、恐らく1ドル=150円超という記録的水準から、さらに加速することはないだろう。円安は庶民生活を苦しめてきた物価上昇の要因のひとつ。しかし、一難去ってまた一難で、円安の収束後も新たな物価高要因が待ち受ける。
それでも日銀は高水準の賃上げを受けて消費は回復し、22カ月連続マイナスの実質賃金もプラスに転じると分析しているようだ。その視点は「現役世代」に偏り過ぎており、今や国民の約3割を占める「年金生活者」は完全にカヤの外である。
増え続けている単身高齢女性の暮らしはとりわけ厳しく
ただでさえ、年金支給額は来月の新年度から「マクロ経済スライド」が2年連続で発動され、実質目減り。賃金の伸び率よりも0.4%低く抑えられ、物価上昇率にも追いつかない。年金支給は度重なる抑制・削減強化により、過去12年間で実質7.8%減額されたとの試算もあるほど。「賃上げ値上げ」まで襲ってくれば、年金暮らしは干上がってしまう。
とりわけ増え続けている単身高齢女性の暮らしは厳しい。
厚労省の資料によれば、そもそも女性の年金受給額は男性の3分の2以下、月額10万円以下が全体の8割強だ。1人で生きていくには窮する額だけに、65歳以上の単身女性の貧困率は44%と深刻な水準だ。
「マイナス金利を解除しても、日銀は急速な利上げには慎重なので、ゼロ金利は続きます。よって老後に備えて蓄えた預貯金は延々と金利が付かず、物価上昇で目減りの一途です。なけなしの老後資金が底をつけば『人生100年時代』の長生きリスクは増すばかりです」(斎藤満氏)
5%超の賃上げは年金生活者に恩恵ナシ。むしろ、その代償の「賃上げ値上げ」で地獄の苦しみを味わうハメになる。